ラグーナベルデへ

一歩。また一歩。
足は砂に埋まり、権兵衛(自転車)のタイヤもズブズブと砂に沈んでゆきます。
最大限、食料と水を満載した権兵衛は軽く70kgを超える重量を持っているはずです。
ハンドルを持って押すだけでは動くことが出来ません。

一歩。一歩。

70kgを超える権兵衛を動かすにはフレームに手をかけて、持ち上げるようにしなければ動きません。

 ここは標高4000mに広がる砂漠。ボリビア南部のラグーナベルデへ向かう途中。でも決して道ではありません。
そこまで続くものはツアーの四駆が作った轍のみ。もちろん、標識もキロポストも存在しません。

 轍はラグーナベルデへ向けて、何千、何万と平行な筋を作り、4000mに広がる砂漠がまるで、綺麗に畝を作った永遠に広がる畑のようになってます。
しかし、その畝は砂でできているので、権兵衛のタイヤを容赦なく吸い込んで、走ることを許してくれません。

 進むなら、進む戻るも、動くなら、権兵衛を押すしかありませんでした。

一歩。一歩。

 轍に沿って、権兵衛を押します。砂の浅いところを選べばおのずと自分の足は砂の深い、畝に当たるところを歩かなければならないことになります。
それでもタイヤは砂に沈み、足場の悪いとろこで、踏ん張って、権兵衛を持ち上げながら、

一歩。一歩。

 進んで行くしかありませんでした。

標高4000mに広がる砂漠には容赦なく冷たい強風が吹きつけてきます。
その、あまりの強さに恐怖を感じる風は殆どが、右か、前から吹き付けてきました。

一歩。一歩。

 権兵衛に取り付けたスピードメーターは0km/hを示したままです。
自転車用のメーターなので、3.5km/h以下の速度は検出してくれません。
ただ、スポークに取り付けた磁石がタイヤが一周するたびにピックアップの前を通り、電気が走るので、その回数だけは確実に数えます。

一歩。一歩。

タイヤが一周するたびに2m弱進んだ事実だけをスピードメーターは積算していきます。
スピードメーターの距離計は10m単位。私が進んだことを実感できるのはタイヤが5周ほどして、距離計の少数第2位の位が動いたときだけです。

一歩。一歩。
一周。一周。

 10m進むのも遠く感じるのに、砂漠に続く轍は地平線まで続いて行きます。
強風の吹きすさぶ中、地平線まで、これは本物の地平線ではなくて、丘のようなものなのですが、そこまで到達すると、また次の地平線まで砂漠の上の轍が続いていきます。
何度も、何度も地平線まで行っては絶望を感じました。

 靴には砂や小石が入り込んで、いつの間にか、靴擦れと、小石が足の裏ですれたらしく、足の指の辺りが摺れて切れだして普通に歩くのも痛みを伴うようになる始末。
ペルーで、なまじハイカットのなんちゃって登山靴なんて買ってしまったものだから、砂や小石を出そうとするたびに靴紐を解いて、結びなおさなくてはなりませんでした。
でも、出してもすぐにまた入ってくるので、しょっちゅう靴を脱いだりはいたりも出来ずに我慢しているうちに擦れてしまったようです。

 足は痛く、進みはのろく、先は気が遠くなるほど続いて、風は強く吹きすさみ、何度も絶望を感じているうちに日は西に傾いていきます。

この強風の中で、テントを立てるのは殆ど不可能に近い、どこかに風を防ぐ場所を見つけなくてはなりませんでした。
しかしそこは標高4000mに広がる砂漠、風を防ぐものなどどこにも見当たりません。
そんな絶望的な状態は焦りを生み、いろんな判断を狂わせます。

この旅の間に、何時の頃からか、私は風に対して、恐怖心を持つようになっていました。
強風に吹かれ続け、寒さを感じたり、ちょっと呼吸が苦しくなったりして、このまま風に吹かれたら、体温をドンドン奪われてしまうんじゃないかとか、いつか、呼吸が出来なくなるんじゃないかとか、そんな心配が産まれて、自転車で走っている時は、そこに逃げ場がないという恐怖が重なって、軽くパニックを引き起こすくらいになってました。
心拍数が上がって、上手く呼吸できなくなって、気が遠くなり、ちょっと発狂しそうになったことがあります。
一度そんな思いをしてから、めっきり風に恐怖を感じるようになってしまいました。
でも、それじゃ、パタゴニアにはいけません。
風は克服しなければならない障害の一つでした。
でも、落ち着いて、深呼吸を一回して、大丈夫、風に吹かれても呼吸は出来る、ちゃんとした装備をして、風に吹かれても体温は奪われない。自分にゆっくり言い聞かせることで、パニックに陥らずにすむことが分かってきました。
チベットでは、あんまり強風で、恐怖心が芽生えてくるようなら、かぜに背を向けて、休憩すると自分を落ち着かせることが出来ることを知りました。その時は背中ってこのためにあるだなぁって、真剣に思ったほどでした。

10年前にもこの辺りには来た事があったので、この辺りの風が強いことは予想していました。
ラグーナベルデまでの道のりは、10年前の雪辱のみならず、風を克服すること、そして、寒さを乗り越えること、が最大の目標になるものと思っていました。

・・・が。

 実際に行ってみたら、困難は風、寒さ、以上に、道路状態でした。

 強風に吹かれ続けても、どうにかなりそうな気はしました、でも、走れないということは、テントをはれる場所まで到達できないという、新しい恐怖を生みました。
上記のように、本当に全然走れなくて、しかも、権兵衛を押して歩くのも非常に辛い、という道のりはそれほど長いものではなかったかもしれません。
でも、権兵衛に乗れない区間は結構長いものでした。

 権兵衛を押せば何とか歩ける状態にある路面は、大体車のタイヤの幅しかありません。そして、そういうところに限って、コルゲーションと呼ばれる、車のサスペンションによってできる、洗濯板のような、凸凹が出来ています。
50cmに一つの割合で、凸凹を超えていかなければなりません。

 くだりでもまったく乗れずに押さなければならないところもありました。

 砂が浅くなって、ちょっと乗れるかな、と思ってもその幅は車タイヤ1本分。そこをはずれれば深い砂にタイヤを取られてしまいます。もちろん、コルゲーションで、洗濯板の上をタイヤ一本の幅で走らなければならないような状態でした。
自転車というのはこぎ始めが一番ふらつくので、そこで失敗すれば2mと進むことが出来ません。何とか最初のひと漕ぎ、ふた漕ぎがうまく行ったとしても、50cmごとの凸凹と、横から吹き付ける強風で、バランスを崩して、右か、左の砂の深いところに嵌ってしまいます。
砂漠地帯では30m、進めればいいほうでした。km単位で自転車に乗れるなんて奇跡でも起きなければ有りえない状態でした。
権兵衛に乗れるなら、乗ったほうが早く、楽に進むことが出来ます。でも、すぐ漕げなくなるなら、乗ったり降りたりするたびに体力も消耗するし、返って遅くなるので、諦めて、ゆっくりでもいいから押した方がいいじゃないだろうか。でも、権兵衛を押してると、もしかしたら、ここは結構乗れるんじゃないか?そんな風に思ったりします。
一日に進める距離が30kmくらいの日もありました。早く無人の砂漠地帯を抜けなければ水や食料がそこを尽きてしまいます。それどころか、この強風を防げるところを見つけられなければテントすら張れないと思うから、気は焦るばかりで、乗るか、押すかの判断も鈍ってきます。
焦りは全然乗れそうにないところで、一生懸命乗ろうとして、体力の浪費につながっていきます。

権兵衛を押しながら、強風に吹かれ、絶望に打ちひしがれながら、自分に強くなれ、強くなれと、時に声に出しながら言い聞かせて

一歩。一歩。

ラグーナベルデへ向かって行きました。
この7年(ちょっと早いですが)で、一番辛い走行(歩行?)になりました。

そして、そんな思いをして、10年間、行こう、行こうと思って、到着したラグーナベルデは・・・
確かに綺麗は綺麗だったですが、到着したときに、その姿を目にしたときに何の感動もありませんでした。
もともと、あまりの辛さに今回は景色を楽しむ余裕はまったくありませんでした。
見ていたものは、前方2mの路面だけで、何が綺麗で、何が醜いのかとか、どうでも良くなって、ただただ、早くこの状況から抜け出したいという願望しかありませんでした。
山は自分の位置確認の道具にしか過ぎませんでした。地図と見比べて、アレが何とか山で、これがボルカノナントカだから今私はこの辺で、ああ、つぎはあの山とあの山の間を行けばいいはずだ。という具合に。

この区間で、唯一救いだったのはLaguna saladaにあった温泉だけでした。

温泉には管理棟のような建物はあるものの、ここには宿泊施設がないために、ツアーの車も立ち寄るだけで泊まることがありません。
私は管理棟の側で、風のあまり吹き込まないところにテントを張らせてもらいました。

 夜は誰もいないので、温泉を独り占めにすることが出来ました。
その夜は計らずとも満月で、西に日が沈むと時を同じくして、東の空から満月が昇ってきて、その月がゆっくり天空に昇って行くさまを見ながら1時間半ほど湯に浸かっていました。
身体は芯からあったまったようで、氷点下の風にも寒さを感じることなく、テントの中でも朝まで寒いと思うことなくゆっくり眠ることが出来ました。

その標高4000mの温泉だけが唯一の救いであって、最高の贅沢だった様に思います。

 ボリビアのウユニから、9日間をかけて、ようやくチリのサンペドロアタカマに着いたのがすでに3日前になってしまいました。
でも、9日間のダメージは思った以上に大きかったようで、足は靴擦れと小石のせいで、未だに傷が癒えず、やっぱり強かった日差しに目と唇がやられて、目は昨日まで痛くて、直射日光の下を歩くことも出来ませんでした。
唇の方は3日間、殆ど外に出ず、室内で日差しを避けていたにもかかわらず、未だに水ぶくれだらけです。

 傷が癒えたら、またアンデスを越えて、アルゼンチンに向かいます。
ここは10年前にも通ったpasso sicoという峠です。ここは峠が5つも連続しています。
10年前、半年間の旅行の中で、寒さと風とダート道と、無人地帯で一番きつかったところですが、今回はもう少し楽に感じることが出来るでしょうか。

で、前回あんなことを書いておいて、その下の根も乾かないうちに一つ、逃げようかと考えているルートがあります。

passo sicoをこえて、アンデスを下らずにまた山の中に入って行くルートがあるんです。途中にsalar de hombre Muertって言う塩湖を突っ切るんですが、この塩湖の名前のsalar de hombre Muertって、“男の死の塩湖”って意味なんです。
そして、多分250kmほど続くそのルート上に村が一つ。更にそのルートを終えてすぐまたチリに抜ける峠を越えるというコースを取るつもりでした。
でも、ここ、今回ので、ちょっと懲り懲りしてて、このコースだと全然補給できるところがなく、アンデスを越えて、アンデスの山の中を走って、またアンデスを越えてチリに戻ってこなければならない羽目になってしまい、ちょっと現実的に今度こそ死ぬかもしれないって思って逃げてしまおうかなって思ってます。
その代わり、カファジャテ渓谷という、ちょっとツーリストにも有名な綺麗な渓谷を通るルートを通るつもりです。
でも、この道はこの道で、南米最高の峠、4890mくらいの峠を越えるそうですが。

 ここから、あと4回くらいアンデスを越えて、チリとアルゼンチンを行ったりきたりしながらウシュアイアを目指したいと思っています。

今回、思ったのは、自転車に乗れない道は面白くありません、ただの苦行でした。ラグーナベルデには是非ランクルのツアーで。ってことでした。
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by fuji_akiyuki | 2010-11-26 11:54 | チリ・アルゼンチン
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