いま、私はアルゼンチン南部、パタゴニアのカラファテという町にある日本人宿、藤旅館で、来シーズンの再出発に向けて管理人をしてい
ます。 藤旅館に到着して、管理人を始めてから、早2ヶ月が経とうとしています。 藤旅館には庭があります。もともと斜めになった土地に建てられている家なので、玄関から入って裏口に抜けたところにある庭は床より一 階分くらい低くなっていて、裏の扉を開けて階段を下りて庭に出るようになっています。 階段はアパートやらマンションの外階段みたいな感じで、金属で出来た簡単なもので、段の踏み板は金網になっています。 藤旅館には庭があるんですが、犬や猫は飼っていません。でも、周りの家がどこもかしこも判で押したように犬を飼っているせいか、藤旅 館の庭にはのら猫が集まってきます。 2ヶ月前、藤旅館に到着した頃から藤旅館の庭を憩いの場として、2匹の仔猫と一匹の真っ白な成猫がよく遊びに来ていました。 仔猫はまだ本当に小さくて可愛いし、来たらついつい階段の上からパンやお肉の切れ端、鳥の骨なんかをあげたりもしていました。姿を 見ればちょっと何かをあげるみたいな感じで。 最初、2匹の仔猫も、真っ白な成猫も警戒心が強く、全く触ることは出来ませんでした。 ただ、エサもうえからばらまくだけでなく、ちょっと小さな器に入れて、扉を開けた階段の一番上においてみたりするうちに、階段を登っ てくるようにもなり、今では2匹の仔猫は大分なついて、抱き上げることもできるくらいになってきました。 この3匹の猫たちはいつも一緒に現れるので、多分親子だろうと勝手に思い込んで、いつの間にか白い成猫はママ、灰色の仔猫がチビ、ちょ っとまだらで毛がふさふさしている仔猫がモコとかモケとか、モジャとか呼ばれるようになりました。 モジャは初めから物怖じしない性格で、好奇心も強く、一番最初に捕獲できました。チビは怖がりで警戒心が強く、未だに手を伸ばすと逃 げていきます、抱き上げるには一瞬の隙を突いて、えいやっとひっ捕まえるようにしないと未だに触ることが出来ません。そのくせ藤旅館 から人が出てくるとうるさいくらいにニャーニャーとないて、えさをねだります。 しかし、ママは全く人になつこうとせず、エサをあげても全く寄り付こうとしません、階段の上から投げてやるか、階段の上にそっと置い て、扉を閉めないと階段の上には上がってきません。未だに触ったことがありません。 そんな3匹の様子を見ていたのか、あそこに行けばエサがもらえると思ったのか、いつの間にか他の猫もたまに顔を出すようになりました 。 安全で、旅行者がひっきりなしにえさをばら撒いてくれる家。藤旅館にはキッチンもあるし、旅行者は好き勝手にご飯を作って、食べて もらっています。キッチンのすぐ後ろが庭に通じる扉で、料理をしながらふと外を見ると猫が座っていたりします。 なんとなくちょっとツナ缶の一つまみ、ソーセージの一切れ、チーズのかけら、そんなものを投げてやりたくなったりします。 そして、それをそれぞれの宿泊客がそれぞれにすれば猫のほうからすれば実は結構ひっきりなしにえさが飛んでくるのかもしれません。 3匹の次に姿を現したのは茶色いシマシマで、その次が黒と暗い灰色のシマシマでした。 茶色も黒もシマシマだったので、茶トラと黒トラと呼ばれるようになりました。名前の付け方は単純きわまりありません。 茶トラと黒トラはまだいつも現れる面子ではありませんでした。でも、犬がいなくて安全で、エサのたくさん降ってくる家は魅力的だっ たのかもしれません。 そして、それは犬にとっても魅力的だったのかもしれません。。。 庭の向こうがわの隣家に飼われていた大きな黒い犬がいつの間にかフェンスの下を掘って、うちの庭に侵入してきていました。 あーあ、犬まで入り込んできちゃったよ。と、そのくらいの気持ちでした。 犬も入ってきたかったのかもしれません、エサもらえるかもしれないし、猫を脅かすのも面白そうだと思ったのでしょうか。 暇を見て、フェンスのアナをふさいでおこうと考えている矢先でした。 「藤さん、猫の様子がおかしいよ」 一人の旅行者に言われました。 階段の下、一番下の段の踏み板の下、よく猫たちが寝ている場所でした。 茶トラが寝ています。でも、なんか様子がおかしい。ピクリとも動きません。 朝、というか、日の出が9時半くらいだから、お昼の12時でもまだ、朝っぽい気分なので、朝といいますが、朝一番で、見に行ったら誰かに えさをもらって、階段の上まで元気に上がってきて、嬉しそうにえさを食べていた茶トラでした。ほんの2,3時間前です。 茶トラは最近良く見かけるようになって、人になれているのか、最初の頃から、結構触ることの出来る猫でした。目にする回数も増えるに したがって藤旅館の庭に慣れてきているようでした。 その茶トラが殆どピクリとも動かずに階段の下に寝転がっています。 よくみると、何か苦しそうにしています。でも、外傷らしきものも、出血も見当たりません、ただ、お尻から糞をもらしていました。 一体何があったんだろう、一体どうしたらいいんだろう。 大体うちの猫じゃないし、野良猫なんて放っておいてもいいかもしれない。。。 でも、茶トラは苦しんでるし、こんな寒空に放っておいたら、確実に死んでしまうんじゃないだろうか。 苦しんでる茶トラを見ていたらやっぱり放っておくことは出来ませんでした。 って言っても獣医じゃないし、専門知識なんて全く無いし、どうしたらいいのかは分かりません。 とにかく暖めてやることしか思いつきませんでした。 箱を用意して、旅行者が忘れていったタオルを敷いて、茶トラを寝かせ、その上にこれまた旅行者の忘れた洋服をかけてやって、家の中に 入れてみました。 家の中は暖房が効いていて、ちょっと暑いくらいだし、日陰だともう霜が一日中溶けないような気候の中外に放っておくよりはいいと思い ました。 そのくらいしかできることは思いつきませんでした。ミルクを温めて飲ませてみようとも試みましたが全くそんな状態じゃありませんで した。指につけて口元にもっていっても反応しません。 茶トラは苦しそうにしていました。時々痙攣したり、苦しそうな声を上げたりもしていました。 一体何が起きたのかは分かりませんでした、庭に入ってきた隣の家の大きな黒い犬、こいつの仕業じゃないか?とも思いましたが、車に 轢かれたのかもしれません。もしくはどこかから落ちたのかも。。。 でも、出血は見当たりませんでした。茶トラも成猫です。いつもと同じように暮らしていたのなら、そう簡単にこんな事態になるとは思え ませんでした。 そうすると、やっぱり昨日と今日で違っていたことは、庭に侵入してきていたあの犬の仕業じゃないのか?と疑ってしまいます。 茶トラは安心しきって、庭で寝ていたのかもしれません。この庭には犬なんて入ってこないって油断していたのかもしれません、そこに あの黒い大きな犬がフェンスの下のトンネルを完成させて意気揚々と入ってきて、油断している茶トラに噛み付いたのかもしれません。犬 がよくやるようにぶんぶん振り回されて、恐怖とパニックでショック状態になってしまったのかもしれません。もしかしたら、外には見え ない骨折とか、大きな怪我も負ったのかもしれません。 でも、茶トラは命からがら逃げたのか、動かなくなった茶トラに犬が飽きてどっかに行ったのか、とにかく開放された茶トラはきっと何か を思ってアノ階段の下に入り込んだのでしょう。いつも野良猫たちが集うあの階段の下に何かの救いを求めたのかもしれません。 たいしたことはしてやれなかったけど、後はもう茶トラが元気になってくれるのを祈るしかなくなりました。 もしかしたら、大したこと無くて、一眠りしたら元気になるかもしれません。どう見てもそんな感じじゃなかったですが。。。 でも、もう見ているのも辛くなってしまったし、どうせもう見守ることしか出来ないと思って、一本映画を見ることにしました。 映画を見てからもう一度様子を見てみようと思いました。 映画を見ている途中、茶トラは一回痙攣を起こしました。そしてそれから、しばらくして茶トラは力尽きてしまったようです。 怖かったろう、痛かったろう、寒かったろう・・・ かわいそうに。。。 もっと何してやれたらよかったのに、もう少し早く見つけてやれていれば・・・ 茶トラは助けてもらおうと思ってあの階段の下にもぐりこんだのかもしれないのに・・・ そもそも、犬が入ってきたのを見たときにすぐフェンスをふさいでいれば・・・ 映画が終わるともうすでに茶トラの身体はこわばって固く冷たくなっていました。見たところ外傷も出血も見当たらないのに・・・ 遺体は庭の隅に穴を掘って埋めました。花も咲いていないこの季節、花の一つもたむけてやれませんでした。 もし、茶トラが助けを求めてあの階段の下に逃げ込んだのなら、ココに来れば誰かが助けてくれる思って最後にココを目指したのなら、何もしてやれなかった自分は情けなく、不甲斐なく、悔しくて、申し訳なく、やり切れません。 茶トラ、ごめんね。
by fuji_akiyuki
| 2011-06-11 17:29
| チリ・アルゼンチン
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