オリーブオイルは本当に美味しいのか?

先日、オリーブオイルは美味しいのか、という話題で、日記を書いてみました。
世間ではオリーブオイルは美味しい、パスタには絶対オリーブオイルじゃなきゃダメみたいに言う人までいるようですが、どうしても私にはオリーブオイルの美味しさというのが分かりませんでした。
オリーブオイルの美味しさを実感できない私にオリーブオイルの美味しい使い方について、いくつかコメントも頂きました。
オリーブオイルは熱して、にんにくを炒める(アーリオ・オーリオというらしいですが)とおいしくなるとか、柚子胡椒を使うと美味しくなるか。。。

でも、それって、にんにくが香ばしくて美味しいのでは?柚子胡椒がおいしいのでは?

て、疑問に思ってしまったんですよね。すみません、屁理屈みたいで。(屁理屈って漢字で書いてみると“屁”と“屈”って似てません?)

で、本当にオリーブオイルが美味しいのかどうか、実験してみました。

 スパゲッティを茹でて、にんにくと玉ねぎ、ほうれん草、塩、胡椒でさっと炒めてみました。
2つ作って、一つはサラダ油、もう一つはオリーブオイルを使ってみました。

重さや量を全く同じにするためには秤とか計量スプーンが必要ですが、その辺が用意できなかったので、塩や胡椒の量は大体同じくらいにしか出来ませんでしたが・・・

 同じものを二つ作ってた結果、私の感想としてはオリーブオイルのほうが少しだけ青臭いってことしか分かりませんでした。
青臭いと言っても嫌な青臭さじゃなく、この微妙な青臭さを好ましいと思うのかどうかも私には判断付きませんが、多分慣れれば納豆やブルーチーズのように好むようになるのかもしれません。
もしくは私には知覚出来なかった味や香りの差があって、分かる人には分かるのかもしれません。

ただ、ここ、アルゼンチンのカラファテではオリーブオイルの一番安いのを買ってもサラダ油の10倍以上もするんですよね。サラダ油の方も一番安い奴で比較してますが・・・
この微妙な青臭さのために10倍…無理です。

 しかし、私には分からないオリーブオイルの良さを世間の人は“もちろん知ってます。オリーブオイルはサラダ油なんかより断然美味しいじゃないか!!”といわんばかりにオリーブオイルを使いたがるようです。
ここ、カラファテで管理人をしていても我も我もとオリーブオイルを買ってくるお客さんを目の当たりにしてちょっと不思議に思ったりしてます。

例えばコレがごま油だったら全然理解できるんです(文法的には間違ってますが)。ごま油だったら確かに一滴入れただけでも香ばしい香りが広がって確実に美味しくなりますからね。
でも、オリーブオイルって本当にそんなに美味しいんですか?本当にみんなそのおいしさがわかって使ってるんですか?みんなが言うからなんとなくそんな気がしてるだけなんじゃないですか?

 かつて私もそうだったんです。“オリーブオイルは美味しい。”これは絶対“真”の命題だと思い込んでいました。
でも、メンドーサのオリーブオイル工場でテイスティングさせてもらったエクストラバージンオイルとか言う何が過剰で何が処女なのかさっぱり分からないオリーブオイルをパンにつけて食べたときから“オリーブオイルは美味しい。”という命題に疑問を抱くようになりました。
だって、そのオリーブオイル付きのパンを食べた瞬間、全然美味しくありませんでした。隣の白人老夫婦はまるでわけしり顔で納得してましたが、私には全然美味しくない、味もしない、バターかマーガリンの方が100倍マシ。って感じてしまったんですよね。
それから、オリーブを美味しいと思ったことが今まで無かった、というか、オリーブオイルが入っていると実感したことも無かったことに気が付いたわけです。

“オリーブオイルは美味しい。”

本当にそう思ったことのある人ってどれだけいるんでしょうか?料理にオリーブオイルが使ってあったら分かるっていうひと、どのくらいいるんでしょうか?
私のように“オリーブオイルは美味しい。”ということを実感したことの無い人にとって、オリーブオイルを使う意味ってあるんでしょうか?

私には“オリーブオイルは美味しい。”というのは迷信で、迷信だけを信奉する多くの人々によって、オリーブオイルの価値だけが釣り上げられているんじゃないか。そんな気がしてなりません。
 
で、オリーブオイルってなんかちょっと小洒落た感じがしませんか?
これがまたちょっと、小賢しいというか、腹立たしいというか、“オリーブオイルを使ってみました!!”みたいなセリフの裏に“ちょっと洒落てるでしょ”とか、“コレで美味しくなったでしょ”みたいな雰囲気がチラチラしてるのがなんか気に障るんですよね。
あなたはオリーブオイルを使うことによって、どこがどう美味しくなるのか本当に分かってるんですか?みたいな疑問が頭に浮かんでくるわけです。
もっと言ってしまえば、どうせ違いも分からないくせにオリーブオイル、オリーブオイルって騒ぐから、オリーブオイルは高くなっちゃうし、迷信が一人歩きしちゃうんだよ。
って、言いたくなってしまうわけです。

 まあ、オリーブオイルに限らず、その、迷信みたいな。本当にわかって騒いでるの?とか、そういうのが多いなぁ、とか、物事の本質を見てますか?って言うのがじつは今回の話なんですが。

ローリエの葉っぱとか、サフランとか。買ったこと無いし、検証もして無いから、なんともいえませんが、ローリエの葉っぱって入っててじゃまだと思ったことしかないんですよね。美味しいんですか、ローリエ。
サフランは高すぎて買えませんが、ここ、カラファテでは0.4gで36ペソ、約9ドルで売ってます。1グラム20ドルちょっとの計算です。1グラム2000円くらいでしょうか。
昔、金って1グラムで3000円くらいって聞いたことがあったので、もしかして、金に匹敵するのではと、慌てて調べてみたら、金は今1グラムで5000円近くするようですね。
よくサフランって、味や香りというよりも、黄色の色付けのために使うというようなことを聞きます。でも色をつけるためだけにこんな高いものは買えませんよね。
ちなみに銀はいま1グラムで110円程度でした。金には及ばないものの、銀の20倍近い値段ですよ。本当に?サフランにそんな価値があるの?
って思ってしまうわけです。
 
ちなみにちょっと調べてみたら、サフランって、日本だと1gで500円から1000円くらいで買えるみたいですね。恐るべしカラファテの物価って感じです。

 ローリエやサフランは私が勝手にその効果と値段がつりあって無いんじゃないかと思うだけ何でまあどうでもいいんですが、みんなが信じて疑わないけど・・・それ本当と思う迷信も多いと思うんです。

例えば、“アルゼンチンの肉は安くて美味しい。。。”

結果的に言うと私の実感ではアルゼンチンの肉だって、安いのは不味いし、美味しい肉は高い。
確かに美味しい肉はありますが、まず、キロ10~20US$は出さないと日本じゃまずお目にかかれないくらい硬くて美味しくないか、骨だらけで食べるところがないし、その値段だったらあんまりまわりの国とかわらないか、むしろ高いくらいだと思うんですよね。
日本と比べれば昨今の円高も手伝ってちょっとは安い感じもしますが、でも、日本でも100g100円前後でお肉を捜していた私にとってはあんまり安い印象がないんですよね。
この間、1泊で、ビザクリのためチリに行ってきたのですが、肉はチリのスーパーの方が安い印象でした。
安い印象って、ちょっと不確かな言い方しか出来ないのはどうもチリとアルゼンチンでは部位の呼び名が違うようで、カラファテ(アルゼンチン)で良く買う肉のがチリで々呼ばれているのかが分かりませんでした。
でも、この肉美味しそうだな、骨もないなって思うような肉で、大体1kgあたり7~8ドルくらいだったので、安い印象を受けたってことなんですが。

 アルゼンチンの肉は赤身が多くて、油が少ないので、焼きすぎると固くなる気がします。だから薄切りにして料理に入れたり、肉じゃがにしたり、牛丼にしたり焼肉のようなものを作ってみると日本の肉ほうが美味しい気がします。
ただ、塊で売ってるので、分厚いレアステーキかバーベキューにするとアルゼンチンのお肉も美味しいのですが。

だから、“安くて美味しい”って本当ですか?実感しました?コレは本質ですか?と私は問いかけたいのです。

ほかにも、例えば、旅行者がよく言う田舎がすき、都会が嫌い、みたいな。。。

これは私が自転車で旅をしていることが大いに関係してはいるのですが、本当に田舎が好きなの?本当に都会が嫌いなの?って思ってしまいます。
私は全くその逆で、田舎は退屈で嫌い、都会は大好き、それも大きければ大きいほどなおよし、って思ってるんです。
私は町に到着するのが楽しみだし、大都市であれば大都市であるほどテンションが上がります。
“田舎はのんびりできる、都会はどこに行っても同じ”
って言うの本当ですか?
田舎がのんびりできるのは確かだけど、別に働いてないし、都会でものんびりできるんじゃない?
大体、田舎こそどこに行っても同じじゃない?都会こそ人がたくさん住んでる分その国の特色とか文化とか、違いが出てくるんじゃない?
 例えばボリビア名物(名物かなぁ)のサルティーナやトゥクマナはラパスにはたくさんあって店によって味や値段も違ってて食べ歩くだけでも楽しかったけど、コパカバーナ(ペルーとの国境近くチチカカ湖の湖畔の小さな街)ではその店を探すのすら一苦労って感じでした。
自転車で走ってる途中の誰も名前を知らないような町や村では売ってさえいませんでした。
ラパスにはおいしいアイスクリームもたくさん売ってたし、大きなメルカド(市場)もありました。
 街が大きくなれば大きくなるほどメルカドも大きく売ってる品物も豊富に、そして食べられる料理も豊富になります。
そして、街が大きくなって、人が多くなればなるほど、価格は競争が激しくなるので、安くなっていきます。
“田舎は物価が安い”って良く言われますが、私はほとんど実感したことがないんですけど。。。
 好き嫌いなんて人それぞれですから、もちろん田舎が好きでも全然かまわないんですけど、それにしても旅行者には田舎好きが多すぎると思うんですよね。
旅行って、普段に無い刺激とか、日本との違いを求めてするものなら、そんな旅行者にとってこそ、都会の方が魅力を感じませんか。
自称田舎好きの人って、本当に心から田舎好きなんですか?みんなが言うからそう思い込んでるだけじゃないんですか。
田舎好きがトレンディとか、かっこいいとか、田舎好きの俺ってクールだぜ!!とか、酔ってませんか?
好みだから、好きでも嫌いでもいいんですが、なんで田舎が好きなのかを訊くと大体誰もが言ってる事しか返ってこないんですよね。
ゆっくりできる、のんびりできる、人が良い。
ちなみに私は都会より田舎の方が取り立てて人が良いとは思ったことがありません。前にも書きましたが、旅行中は別に働いてるわけでも、時間に追われてるわけでも無いので、都会にいてものんびりゆっくりできる私には全く実感がわかないんですよね。
なんで同じ旅行者なのにこんなに田舎好きばっかりなんだろうって良く思うんです。本当ですか?

そんな、これって本当?って思うような話は結構ゴロゴロしてて、私は疑問を感じずにはいられません。

 マイナスイオンは身体にいい
 遠赤外線の出る石やら、繊維やらを身体に巻いたり身につけたりすると体があったまる。
 ピップエレキ絆は血行を良くする。
 味の素は身体に悪い。
 ケミカルは身体に悪い、ナチュラルは身体にいい。

 みたいな誰もがちょっと怪しいとか、本当かなと思うようなものから、

 ダイオキシンは猛毒である。
 遺伝子組み換え食品は身体に悪い。
 一般家庭ではエアコンの設定温度を2度上げるのが節電に一番効果がある。
 有権者は選挙に行くべきであり、投票することはいいことである。

などなど、世間一般に広く信じられることにもどうも同意できなかったりします。

 私自身が天邪鬼なのか、ひねくれているのか、周りが言うことにどうも素直にうなずけないというか、自分自身が実感して納得できないと収まらないたちみたいなんですよね。
そして、最近本当かよ?って思うのが、上にあげたようなことだったりします。

 話をすると結構信じてる人が多いので、私はそういうの、色々疑ってるんですよって、いちいち言うのが面倒なんですよね。
だからちょっとここで書きますが、

マイナスイオンはまずその言葉自体どのイオンを指して言ってるのかはっきりしない曖昧な言葉で、最近はエセ科学の代表的な扱いを受けているようで、言及するまでも無いですよね。
遠赤外線っていう、電磁波の一種は確かにあるし、どうも遠赤外線が身体を温めるのに効率が良いというところまでは納得できます。
そして、全ての物質には黒体輻射とか黒体放射と呼ばれる、物質固有の波長の電磁波を放射する現象があるのは知ってます。物質によってはその波長が遠赤外線の範囲にあるだろうことも想像は出来るんです。
でも、それはあくまでもその物質が周囲よりもエネルギー状態が高い場合、簡単に言えば温度が高い場合の話で、そうでなければ仮にその物質が遠赤外線を放射していたとしても、それは周囲からもらうエネルギーと平衡して、収支はゼロになるはずなので、もともと温度を上げる機能を持たないただの石とか、繊維には何の効力も無いはずなんですけどね。
遠赤外線で、検索してみると結構出てくるんですよね。何とか繊維みたいな商品とか、コレを着るだけでぽかぽか暖かいみたいな奴です。  
私は全部信じてません。

ピップエレキ絆については、かねがね、磁石からだに貼っただけで、血行が良くなったり、肩こりが治るわけ無い。フレミングの法則なんてもちだされても、屁理屈にもならないんじゃないの。って思ってたんですが、ちょっと調べてみたら、
『米医学専門誌「アメリカ苦痛管理ジャーナル」にて磁石による医学的効果が認められないことが発表された。ただしこの記事は、磁気によって神経が電気的刺激を受けるという説を否定したものであって、それ以外の医学的効果まで否定したものではない。』
なんて記事を見つけました。
ま、この専門誌でどんな実験をして、どんなことを検証すると効果の有無が確かめられるのかも胡散臭いですけど。
でも、磁石貼るだけって、なんかありえないですよね。いまだに売られて、類似品もたくさんって言うのが、私には不思議でしょうがありません。
信じるものは救われる、プラシーボ効果の方なら信用できますが。

味の素に関しては前にもちょっと書きました。化学的に合成しようと自然のものから、抽出しようと同じ物質は同じ物質なんですよね。どんなに頑張っても。
だから、昆布の表面に付着する白い粉の主成分がグルタミン酸ナトリウムであることを発見し、それが(後に?なのかな)うまみ成分と呼ばれるアミノ酸の一種であることを突き止めて、化学的に合成して売り出してくれた「味の素」の成果は賞賛こそすれ、けなされるものではないと信じています。
化学的に合成されたものって、純度が高くなる傾向にあるのは理解できますし、自然のものから、抽出したものには雑味が混じって、それが逆に美味しかったりすることもあるのは納得できます。
だから物によっては量に気をつける必要があるときもあるんだろうなとは思いますが、世界中に広がる味の素が身体に悪いとはにわかに信じられないんですよね。よく言う人はいますが。。。
味の素にはお世話になってます。

ま、ちょっとコレに関連してですが、例えばフグ毒のテトロドトキシンはナチュラルです。トリカブトだってアヘンだって、化学的に合成されたものじゃありませんよね。
逆に薬局で売ってる薬やサプリメントの方がよっぽど工業的、化学的なものが多い気がするんですよね。
だから一概にナチュラルなら何でも身体にいい、ケミカルなら何でも身体に良くないみたいな考え方には首をかしげずにいられません。

“ダイオキシンは猛毒である。”
って、信じ込んでる人って多そうですが・・・
ダイオキシンで死んだ人とか、ダイオキシン中毒で入院した人って聞いたことありますか?
 私が小学校の頃はまだダイオキシンなんて騒がれていなかったので、小学校に焼却炉があって、掃除の時間に児童が2,3人番をして、各教室から出てきたゴミを燃やしてましたが、猛毒のダイオキシンによって、倒れたり気分が悪くなったりしたなんて話は聞いたことが無いんですよね。
ある時ふとそれが不思議に思って調べてみたら、(世の中は便利になったもので、疑問に思ったらすぐにインターネットで調べられるようになっちゃいましたね。)ダイオキシンの毒性の程は、こと人に対する影響については、良く分かってないそうですね。
動物実験などでは毒性があることは確認されているそうなので、無毒ってこともなさそうですけど、そんな騒ぐほどなんでしょうか・・・?
と、私は結構懐疑的です。

遺伝子組み換えに関しては、これこそ近い将来、食糧危機を救う切り札になりかねない希望の技術じゃないんですか?
神を冒涜してるとか、生命をもてあそぶとか、そんな事言ってる場合なんですか?
遺伝子組み換えた食品を食べたからって、遺伝子に影響が出るとでも思ってるんですか?
豚の遺伝子を食べたら豚になるんですか、牛の遺伝子を食べたら牛になるんですか、大豆の遺伝子を食べたら芽が出てきたりするんですか?
遺伝子組み換えなんて人類が昔からやって来た品種改良をもっと効率よくしただけのものじゃないですか。
ドンドン人口が増えて、食糧難になっていく世の中で、広く環境に適応できて、たくさん実る大豆が出来るなら飢え死にする人を放っておくより寝覚めが良いですよね。
戦争とか、内乱とかで、人が死んでゆくのを嘆くとしますよね、アフリカや発展途上国で、子供の死亡率を下げて、子供を助けるために医療面での国際協力だ、国境なき医師団だって騒いでみますよね。
でも、そうやって人の命が助かるなら、助かった人は食べなきゃならないんですよね。
戦争賛成なんていえないですよね、死んでいく子供なんて放って置いたらいい、なんて思わないですよね。助けられるものなら助けたいというのが人情なら、進んで遺伝子組み換えの大豆を食べたら良いじゃないですか。意外とそっちの方が美味しかったりするかもしれないですよ。

 私は全くエコにも省エネにも興味が無いので、自宅でエアコンの設定温度は18度でした。非難されようと村八分にされようと、暑い夏に涼しい部屋は心地よいんですよね。
だいたい、エアコンって、設定温度まで下がったらあんまり電力使わないですよね。って思って調べてみたら、エアコンつけて数十分から、数時間たつと、エアコンの使う電力は100w以下にになるという報告もあるそうです。
設定温度を26度から28度にしたところで、テレビ一個消す方が節電効果ありなんて記事も見つけました。
そういった記事を鵜呑みにするわけじゃないし、エアコンなんて使ってる部屋の広さや空気の出入り、日光の差込具合とかで、変わってくるだろうし、一概にテレビを消した方が節電効果があるとは言えないかもしれませんが、昔から、100wの白熱球を2,3個消した方がいいんじゃないかとは思ってたんですけどね。
でも、電力会社が節電を呼びかけるのは電気の消費が激しいピーク時だそうで、そんな時間に白熱球はあんまり使って無いし、その時にエアコンを多くの家庭でいっせいにつけるのが問題なんだそうですね。だったら付けっぱなしにして置けばいいんですよ。って話なんですかね。
本当にどうしても電力不足で、一般家庭にどうしてもエアコンの設定温度を28度までにして貰わなければならなくなったら、27度以下の設定ができるエアコンが電気屋さんから姿を消しますよね。そうなったら私の家でもエアコンは28度にしてみるかもしれません。


 自慢じゃありませんが、私は今まで一回も投票に行ったことはありません。単純に興味がなかったからですが。
選挙にいこうとか、国民は選挙に行くべきだと、世間が騒ぎ出して本当かなってちょっと疑問に思いました。何で選挙に行かないだけで肩身の狭い思いをしなきゃならないんだろうって思いました。
投票所に行ったところで、誰に投票すればいいのか分からないのに?こんな無駄なことに労力使う必要ってあるのかなって。
日本で暮らしている時に政策に不満を持ったり、政治に対して、こうしたらいいとか、コレはダメだ、なんて強く思うことも無いのに選挙に行くことがそんなに大事なことなんですか?
でも、世界中を旅行してみて選挙に対してこんなにのほほんと構えてられるのは実は幸せなことなんだなって思いました。
多くの国は民主主義なんて名ばかりで、選挙のたびに不正だ、暴動だ、クーデターだ何て物騒な話になるし、国によっては、あんまり街に出ないほうが言いなんていわれるところもありました。
選挙だからって、お酒が買えなくなったりするのはまだかわいいほうです。

でも、選挙のたびに騒がなくてもよくて、選挙や政治に興味を持たなくても過ごしていける日本ってやっぱり平和なんだろうなって思うようになりました。
つまり、生活が圧迫されたり、脅かされたりするほど、悪い政治じゃないんですよね。きっと。
誰が当選したって、政治は変わらない。って嘆くより、誰がやってもそれなりに動くようにシステムが出来上がってるんだなと感心するようになりました。
それなら、政治にもの申す!!と意見を持つ人が一票投じてくればよくて、そういう力に突き動かされることも無く、政治を変えなきゃなんて危機感も持たない私が無責任な一票を投じる必要なんて無いんじゃないかって思うわけです。
投票率なんて、当選者の説得力にしかならないんじゃないですか。投票率が80パーセントで当選しようと、10パーセントで当選しようと、投票しなかった人は誰が当選しても良いって思ってたわけだろうし、もっと数学的、統計的に公平に考えるなら、完全に無作為に国民の1パーセントの代表を選んで投票させれば、それで十分国民全体の標本として成り立ちますよね。
そうした場合は私のように政治に興味がなくて、誰に入れればいいのかわかんなくて、適当に入れる票も含まれるわけですが。。。

まあ、つまり、私のように政治になんて興味ないよ、って、生活しててもあんまり問題なく暮らしていけるうちは幸せなんじゃないでしょうか。
投票率の低さ、つまりは選挙に参加しないということは、そうする必要性に駆られて無いって事の裏づけで、目くじら立てるような悪いことでもないんじゃないかなって思うわけです。
悪政を敷いたら、きっと投票率は上がるんでしょね。私だってマニフェスト読み漁って投票所に駆けつけるかもしれません。
国民全部が、政治に興味を持って、マニフェスト読み漁って、事あるごとにデモだ集会だと騒がなきゃならなくなるより、餅は餅屋に、政治のことは政治家に一任して、のんびりしてられる現状ってそう悪くないと思うんですよね。
そして、適当にだれかに一票投じてくるより、良く考えて、マニフェストとか読んで、この人に投票しようと確固たる意思を持って投票する人に選挙のことは一任した方が良いんじゃないかって思うわけです。
人によっては選挙に行くこと=悪政が敷かれた、もしくはそう判断した。ということになるなら、選挙に行くこと=いいことともいえないんじゃないでしょうか。

とにかく、のほほんと構えてられるうちはきっとそんなに日本も捨てたもんじゃないと私は思います。

ひねくれたいわけじゃないんですけどね。世間一般的によく言われてることとか、真相真理ははっきりしないけど信じられていることとか、どうも自分なりの考察を挟まないとどうしても鵜呑みに出来ないんですよね。
そして、そうすると何故かだいたい一般とは逆を考えてしまうんですよね。
ひねくれてますかね。
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by fuji_akiyuki | 2011-09-10 15:12 | チリ・アルゼンチン
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