カイラス@カイラス(中国:チベット自治区)

> カイラスはうんこ。コルラする価値なし。
> 一回したけど、残ったのは失望感だけ。
> しょぼい。

先行するチャリダーから入ったメールの一部です。

これを受け取ったのはカシュガルでした。これからアリを経由して、カイラスに向かうというときでした。

「もう、何だよ。これから行くって時に、なんて失望させるメール送ってくるんだこいつは?」
とちょっと腹も立ち、まあ、自分の目で見てやろうという気にもなりました。
彼も自転車乗り。あのアクサイチンとか、5000mを超える峠とかすばらしい景色の数々を目にして、すばらしい体験をしてきている人。きっとごみが多いとか、巡礼路を歩く人のマナーとか、そんなところに腹立たしいところがあったのだろうかと想像しつつ、とにかく行ってきました。

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カイラスはチベット仏教、ヒンドゥー教、チベットに昔からあるボン教の聖地です。

まあ、確かに聖地と呼ばれるような類の場所は往々にしてどうしようもない場所だったりするのですが、カイラスは町だったり、寺院だったりするわけではなく、ひとつの山です。
私は登山や、トレッキング、アウトドアが好きなので、6000mを越える山をぐるりと1週52kmで回っている巡礼路を歩くことにある種、ほかの聖地とは違う期待を持っていました。

ところがこのメールです。いったいカイラスってどんなところなんだろう。という疑問がわいてきました。

カイラスのふもとの町。タルチェンは巡礼の窓口になる町で、その町に近づくにつれて、カイラスの雄大な姿が見えてきました。

タルチェンに入った日はカイラスの本当に頂上付近だけちょっと曇っていて、なかなかその雲が取れなかったのと、町まで何kmか、広大な平原を歩くのが気持ちよくて、自転車を押して、雲が取れるのを待ちながら、平原を歩くことを楽しんでいました。

そのとき、カイラスの雄大な姿を見ながら、コルラすることを楽しみに思っていました。

タルチェンに一泊して翌日。町を出て、巡礼路に入ると確かに飴の包み紙とか、ジュースのパックとか、落ちてます。もう人間が来るとしょうがないことなんだろうなと最初はあまり気にしないようにしていました。

しばらく歩いていると、あることに気がつきました。
巡礼路を歩く私たちの左側に自動車の入れる道があって、ランクルや観光バスのような車が走っています。

まさか、車でコルラもないだろうと思っていたのですが、どうもそれが図星だったようで、1日目の3分の1くらいの行程を終えたところにある寺院まで来るまで来ている人たちが大勢いました。
しかもそのほとんどはインド人。そして、車から下りると今度は馬に乗ります。
馬子はチベタン。つまりチベタンの引く馬に乗ってコルラしてるのです。

これってコルラの意味あるの?
 
そう思ってちょっとムカつきました。さらに、よくよく考えてみると、落ちてるゴミ。半分くらいインドのジュースのパック。
そういえば、チベットの人。結構ゴミ箱使います。もちろん回収するようなシステムはないから集めたゴミは結局外に掘った穴の中に捨てられるだけですが、そこ以外の巡礼路に落ちているゴミの半分くらいはインドのもの。

そうです。途中まで車に乗って、車が入らなくなると馬に乗って楽をして、ゴミは撒き散らして帰ってる張本人はインド人でした。

たしかに、チベット人や中国人もみんながみんなちゃんとゴミ箱を使って、ゴミを路上に投げ捨てないとは限りませんが、インドを見てきて、さらに巡礼路上に落ちているインドのお菓子やジュースのパッケージを見ているとこれ全部インド人の仕業じゃないかと勘ぐってしまいます。

少なくともインドのお菓子やジュースはインド人がインドから持ってきたもの。

「わざわざ国境を越えて、別の民族の住む土地にまで来てインドから持ってきたゴミを聖地に撒き散らしていくのか、インド人は?」

かなり幻滅しました。

コルラだって自分の足でするから意味のあることだと思うし、聖地なのだからそれなりの敬意を払うのが礼儀なんじゃないのかと思います。
それとも聖地にゴミを撒き散らすのがヒンドゥー教の礼儀なんですかね。

カイラス。山頂はちょっとピラミッドみたいに見えるちょっと変わった形の山で、山やら湖やらといった自然が好きな私にも、カイラスは山として見てきれいだなと思います。

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Photo: Wikipedia


しかし、ヒンドゥー教ではこのカイラスが「シバのチンポ」だそうで、「シバのチンポ」だから聖地としてあがめているそうです。

こんなこと言われたら、せっかくきれいな山も台無しです。はっきり言ってゲンナリです。

私は宗教や思想といったものにはあまり興味がありません。宗教なんてどっかの誰かが作った人工物です。それに比べてカイラスは自然が永遠に匹敵する長い時間をかけて作り出したヒマラヤ山脈の一部で、その造形美と雄大さと長い時間を感じるだけで十分神秘を感じられるのに、そこに人間の作り出した神とか仏とかが介入すること自体どうかなっていつも思っているのですが、それがチンポとか表現されてしまうのは侮蔑以外の何ものでもないと思ってしまうのです。
 
しかもインド人は自分の足で歩かず、ゴミを撒き散らして、まったく聖地に来たという感じが伝わってきません。
ただ、聖地を汚して帰ってるようにしか思えません。

こんな宗教には神を語る資格なんてあるはずがない。と、かなり腹立たしい思いをしたカイラスコルラでした。

でもインド人でも裸足で歩くおばあちゃんを見たときはちょっと応援したくなりましたけど。

そして、五体投地でカイラスを回るチベット人。これには感動しました。こんな人たちのひたむきな信仰心には心を打たれます。でもこんな人たちが怪我をしないためにも巡礼路にゴミを捨てるようなナンセンスな人間がいなくなることを願います。
 
> カイラスはうんこ。コルラする価値なし。
> 一回したけど、残ったのは失望感だけ。
> しょぼい。

カイラスのコルラよりもっともっとすばらしい体験をした自転車乗りならこう思っても仕方ないかも。

でも山自体はきれいでした。
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by fuji_akiyuki | 2007-08-25 17:12 | チベット
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