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再びサンルイ@サンルイ(セネガル)

僕はサンルイに再びいます。

これから「協力隊」の何人かの方に彼らの仕事について話を聞きに伺います。そしてダカールではアタールで会ったベルギー人に会いました。モーリタニアでの名前はServaasとOribieです。彼らはボランティアをするためにダカールに来ました。そして6月17日にベルギーへ帰国予定です。そのため大きなパーティーが催され、僕もパーティーに参加し、楽しみました。

次に「協力隊」での体験談についてお話を聞きにいくつもりです。これからセネガルの北部を回るのでラジオで報告したいと思います。
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by fuji_akiyuki | 2004-06-18 00:00 | セネガル1

ダカールの学校での写真@ダカール(セネガル)

ベルギー人がボランティアで来てる学校で撮った写真です。ベルギー人は実はモーリタニアのアタールで会った人で、ダカールに来るなら寄ってくれと言われて行ってみたのでした。
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by fuji_akiyuki | 2004-06-15 00:00 | セネガル1

6月27日(日)に再びラジオに出演します@ダカール(セネガル)

僕は今ダカールにいます。予防接種のためにここに1~2週間滞在しなくてはなりません。とはいうものの、ほとんどカオラックの青年海外協力隊の方の家に滞在しています。カオラックはダカールから東に約190kmの街で、車で約4時間かかります。そのため、予防接種の時だけダカールに行き、それ以外はカオラックに滞在しています。

ここでは日本からの電話を受けることができるので、今月27日(日)にラジオに再び出演することになりました。NHK第一で18時から5分ほど出るのでお聴き下さい。おそらくそれまではカオラックにいることになると思います。
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by fuji_akiyuki | 2004-06-08 00:00 | セネガル1

カオラックより@カオラック(セネガル)

26日にSt.Louisを出た日にkebemerという町まで走りました。この町にいる海外青年協力隊の隊員の家にお世話になったのですが、実はこの日に体調をくずしてしまって、このkebemerに3泊もしてしまいました。kebemerを29日に出て、Mbakeという町まで走り、30日にkaolackと言う町まで走り、今はそこにいるやはり海外青年協力隊の隊員の家にお世話になっています。

いまお世話になっている方はモロッコのマラケシュで偶然出会った人で、ここ、kaolackで空手を教えています。久々にその方と再開して、昨日はその方の家に他に5人の隊員の方が泊まりにきていて、総勢7人で美味しい料理とお酒をいただきました。

しかし、料理やお酒よりも隊員の方たちの絆が固く、一緒に料理を食べている中にいるだけで、その結束の強さとかお互いに信頼しあっている姿が垣間見れた事がうれしかったです。大学時代のサイクリングクラブのクラブ員のことが思い出されました。

協力隊の方も各任国に送られる前に日本で3ヶ月近く訓練を受けて合宿をしてから来るようでそこで培われたチームワークとか、それこそ、文字通り一つ屋根の下で暮らし、同じ釜のメシを食っているわけで、イヤでも協力し合っていくうちに生まれてくる信頼関係やお互いの接し方があってこその気心知れた仲間という感じを受けて、更に任国に来れば活動は一人一人バラバラにそれぞれの町や村でそれぞれの専門の仕事をやらなければならないわけで、そんな中で久々にあった仲間同士の喜びはひとしおであったでしょう。その輪の中にちょっとだけ、入れてもらってすごく幸せな気分でした。

きっと彼らは一生付き合える仲間になっていくのではないかと思わずにわいられませんでした。まるでドンパのように。

しかし、彼らとの出会いは私に考えされられる事も沢山ありました。表面では明るく、昨日はとても楽しい食事を一緒にとらせていただいたのですが、彼らは現地の言葉を解し、現地の人と暮らし、その苦楽をともにしたり、仲良くやっていったり、問題を抱えたり、上手く行く事もあれば、そう簡単にいかずにどこか壁に衝突したりして、それぞれに悩みなどもあるようです。それはただただ旅行をしているだけの私には計り知れない苦労や悩みを抱えながらそれを一つ一つ解決に向けてそれぞれが頑張っているようです。そしてそれがきっと隊員たちには深く記憶に残り、そこで考えた事、悩んだ事がきっと彼らをひとまわりもふたまわりも成長させていくのだなあと実感しました。

彼らは貴重な体験をして、人生の友を得て、それぞれ大きく成長して日本に戻っていくんだろうなと思うとちょっと彼らがうらやましくも思うのです。

そこで自分はというと世界一周が夢だと思いつつも本当にそれが夢なのか、何が目的でこの旅を始めたのか、そんな思いに駆られてしまいます。ただ、旅人として、町から町に走り抜けていく。やな奴にあったり、いわれもしない言いがかりを付けられて嫌な思いをしたり、そうかと思うと、この上ないような善処を受けたりしながらも、自分はただの旅人で言葉も片言で、その国その国を深く理解する事も無い。自分の一方的な感想を持ちながらひたすら走っていく。少しその事に疑問を持ち始めました。

その中でも思いもかけない善処を人から受けると、もちろん多大なる感謝の気持ちとともに、旅でイライラしがちな自分のおろかな心に気づくのです。イライラするのは相手を深く理解できずに一方的に自分が腹を立てているだけだという事実に自己嫌悪に陥る事もあります。

身勝手な旅行者は自分の思い通りにならないと、自分の常識に相手がそぐわないと馬鹿みたいに腹を立ててしまいます。心に余裕が無くなり、相手のちょっとした態度が気に食わなかったりしてしまうのです。異国の土地を走らせてもらっているという謙虚な気持ちを忘れているのです。

隊員たちはお互いをよく理解したうえで問題に取り組んでいるというのに、自分は何て情けないのだろうと考えるのです。

そもそも旅に出た理由はなんだったんだろうか。日本での生活で、自分が本当に生きているという実感が得られない。毎日判で押したような生活が耐えられなかった。自分のやっていることにどうしても本当にこれがお前のやりたいことなのかという内からの疑問に答える事ができず、ここでこんな事をしていていいのだろうか、南米のアンデスを超えている時、暑いカンボジアの荒野を走っている時、南アフリカの山の中で水を切らして路頭に迷った時、アルティプラノ高原で凍えながら朝を待つ時、辛かったが、確実に自分が生きている実感があった。そしてもう一度、そのときの生きているという実感を得る為に、そして、もう思い残す事の無いようにと職を辞して出て来た旅であったように思うのです。

しかし、旅に出て、こうやって人のために頑張っている日本人や、しっかりとその地を見据えて生きている現地の人に出会い、涙の出るような恩を受け、迷惑をかけ、自分のしている事を考えると恥かしくなる思いです。しかし、そんな時は、そこで自分も何かを考え、悩む事で、自分も成長しているのだと信じる事でしかこの旅を続ける事はできないのだろうかなどと考えるのです。

これからも多くの人に出会い、腹を立てたり、迷惑をかけたり、恩恵を受けたり、喧嘩したり、そんな事が多くあるでしょう。でもそこで何かを学んで、いつかこの恩を誰かに、その本人には無理でも誰かに返す事が自分の義務なのかもしれません。この旅が終わったら、まだまだ早い気もするのですが、いつかこのたびで受けた恩を返していく事を忘れずれずに生きていく事が大事だと今は考える次第です。

そして、今は一生懸命走って、まず、しっかり世界を元気で一周したいと思っています。

最後に宣伝ではないですが、海外青年協力隊はきっと人の為のボランティア活動という面よりももっと自分にとって貴重な体験と仲間を得る事ができる大きなチャンスだと今ここで、彼らと生活をともにして強く思っています。今後の進路などに迷っている人がいれば考えてみてもいいのではないでしょうか。
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by fuji_akiyuki | 2004-06-01 00:00 | セネガル1

サンルイより@サンルイ(セネガル)

僕は今サンルイにいます。昨日ここに着き、今日もここに滞在するつもりです。ここサンルイは潮風のおかげで気候は穏やかです。

一昨日は日中40℃以上の気温の中、200km以上走りました。頭を「河童」のように濡らさなければなりませんでした。昨日はわずか100kmしか走れませんでした。というのもモーリタニアとセネガル国境を渡るフェリーが遅れたために出発が10時になってしまったのです。そんなわけで恐ろしく暑いなか走らなくてはならなくなり、とても疲れてしまい、少し休まなくてはならなくなりました。

ここサンルイは多くの食べ物と飲み物があります。

セネガルは緑が多く、今まで走っていた砂漠地帯とは違って暑くても何となくホッとします。川があるので暑い時には飛び込みます。昨日は3回ほど川に飛び込んでクールダウンを図りました。セネガルでは小さなビニール袋にジュースを入れたりミルクを入れたりして凍らせて、それをクーラーボックスに入れて売ってます。これが東南アジアを彷彿させられてちょっと懐かしいです。この袋入りのジュースがいろいろあっておいしいのですが、たまにハズレもあります。白いミルクに砂糖を入れたものが一番おいしいのですが、似た色で生姜の入ったものがあってこれがまずいのです。確かにジンジャーエールや生姜湯なんかもあるので飲み物に生姜を入れることはそれほど珍しいことではないようですが、生姜ミルクはちょっときついです。他に緑色したミントミルクもあってこれがけっこういけるのでちょっと癖になっています。とにかく食べ物や飲み物はモーリタニアとは比べ物にならないくらい豊富なので、過ごしやすいには過ごしやすいです。モーリタニアではどこが店でどこがレストランとかもよくわからなかったので。

セネガルに入り、今まで話していたハッサニアンが通じなくなり、今はウォロフという現地語を少しずつ覚えています。「ありがとう」は「jerejof」というそうです。

明日はまた走ろうと思っています。日本を出て3ヶ月になろうとしています。そろそろ日本食が恋しくなってきました。
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by fuji_akiyuki | 2004-05-25 00:00 | セネガル1