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Joyeux Noel!! (Noël)@キガリ(ルワンダ)

1日遅れですが、メリークリスマス。フランス語ではJoyeux Noelといいます。
昨日25日に首都のキガリに着いたのですが、昨日はどこも休みでインターネットにアクセスできませんでした。というわけで1日遅れです。
(画像は管理人が勝手に挿入しており、本文と全く関係ありません)

最悪です。この国、ルワンダ。
何が最悪って人が悪すぎます。
自転車で走っていると子供たちや自転車に乗った大人たちが後ろから追いかけてきます。これはブルンジでも同じでした。これだけでもうざったくていやだったのですが、ブルンジを走っているうちにこれに関してはだんだんなれることができるようになってきたのですが、ルワンダに入ったとたんからこれが違ってきました。

 ブルンジの人間はただ本当に興味本位で、好奇心で私を追いかけてきました。はじめはちょっと怖かったし、慣れてきてもいい気持ちはしませんでしたが、まあ、無害であることがわかるとほうっておけばいいのだという気持ちになってブルンジを抜けるころにはそれほど気にもならなくなっていたのですが、ルワンダ人は追いかけながら
 「donne moi d'argent,donne moi d'argent,」
と繰り返し繰り返し叫んできます。これはフランス語で「お金をくれ。」という意味です。

 ブルンジではこうやってお金をねだられることは一日に数回しかありませんでした。それがここルワンダでは毎日毎日何度も何度もこれを耳元で繰り返しながら追いかけられます。
 こんなこと言われながら走っていると何もなくても何かとられるんじゃないかと気が気でありません。
 お金をくれと叫ぶだけでなく、私の自転車の後ろに積んである荷物を引っ張ったり、盗ろうとしているのか触ってくる人間もいます。

 そして、ルワンダ2日目、盗られてはいなかったのですが、後ろにサンダルをゴムのストラップでくっつけていたのですが、そのストラップがはずされているのに気づきました。その日も何度か荷物を引っ張ったり触ったりしているのがいるなとは思っていたのですが、確信しました。ここは泥棒の国です。

 それからはもうこの国では人を見たら泥棒と思うことにしました。いや、やっぱり人とは思えません。追い払っても追い払ってもついてきて、スキあらば何かを盗ろうとしている、ハエとか、蚊並みにうざったくてどうしても私は彼らを人間としては見ることができません。

 この間、何人かの子供たちがやっぱりいつものごとく上り坂で追いかけてきたのですが、追い払うと彼らはさらに面白がってついてきちゃいます。もうどうしようもありません。人の嫌がることをいつまでたってもやめようとしません。だから無視するのが一番なのですが、この悪がきどもは私が自転車に乗っていると何もできないと思って自転車を引っ張ったりといたずらを始めたので、これは何とか追い払わなければと思い
 「ついてくるな」 と何度か言ったのですが、もちろん逆効果。
そこで、今度は自転車を止めて振り返って睨むと、ガキどもはサッと逃げてある程度の距離を置いて、あろうことか、今まで自分がやっていたことには悪びれることもなく、ずうずうしくもあの乞食がよくやる惨めったらしい表情をして、
 「おなかがすいている、何かくれ」
 というジェスチャーをしながら「donne moi d'argent」
といってきたのです。このときはさすがにこのガキの顔には虫唾が走りました。白々しくもよくもそんなことがいえたものだ。怒り心頭、そしてあまりの不気味さに身の毛もよだつ思いでした。
 もう私には彼らを人間としては見ることができない。 そう思いました。
 このガキ本当にこんな状態でお金がもらえると思っているのだろうか?そう思って100フラン札を出して差し出してみました。
 もし盗りに来るようならとっ捕まえてしばらく小突き回してやろうか、と思っていたのですが、それはあちらもわかっているようで何とか金だけ取って逃げようと思っているようで必要以上には近づかないようにしていました。またその小ざかしい態度が腹が立って仕方ありません。
 サル以下です。

 こうしてこの国を走っていると黒人を人間としてみることができなくなってきます。こんな状態になったのは西アフリカ以来ですが、ルワンダはさらに悪い状態になっています。
 自分自身が少し神経質になりすぎているところもあるかもしれません、被害妄想もあるのかもしれませんが、彼らの目からはどうしても何か盗ろうとしてる意思を感じてしまいます。ついて来る人も私ではなく荷物のほうに視線を送っています。

 アフリカには黒人以外を呼ぶ言葉があります。これは場所によっていろいろですが、このあたりやスワヒリ語権では「ムズング」といいます。
 
 私も走っていると「ムズング、ムズング」とよく呼ばれます。
「ムズングだ、ムズングがきたぞ。ムズングが自転車で走ってる。お金くれ!!何かくれ!」
「ついて行こうぜ。ムズング、お金くれ!」
多分こんな様なことを話しながら集団でついて来ます。

 こんなこと同じ黒人の大人には決していわない言葉です。失礼にもほどがあります。
 つまり彼らの中にはムズングは何かくれる。お金をくれるもの。そして、ムズングにはどんなに失礼なことをしてもいい。そう思っているとしか思えません。
 この考えは乞食から大統領まで変わってないように思います。アフリカの場合、国の大統領だって何かしようというとき、「じゃあどこの国に援助してもらう」ということを考えるようです。
ムズングは何かくれる。何かしてくれる。そして、ムズングには何をしても許される。
 彼らは肌の色の違いでわれわれを、白人も東洋人も一色単にしてムズングとして人種差別をしているのです。この態度を見ていると彼らが白人から差別されたのもよく納得がいくし、白人からの差別の場合は決して肌の色の違いによるものではないということも納得の行く話しです。

 彼ら黒人が白人に対してムズングムズングとえもいわれぬような失礼な態度をとります。誰しもがそんな黒人とは対等に付き合えるはずがありません。人種差別を始めたのはもしかしたら黒人たちのほうからだったのではないかとかんぐるようになってしまいました。

 まあ、ルワンダが今そんな時期にあるのかもしれません。国際協力や援助が入って、白人がものやお金をルワンダにわんさか落として行き、甘い汁を吸ったルワンダ人は白人と見るや何かもらおう。と思ってしまうのかもしれません。

 ブルンジはまだそこまで白人がいないのでただ本当に興味本位で私の後をついてきただけだったのかもしれません。ブルンジももう少し治安がよくなって旅行者が多くなるとルワンダのようになるのかもしれません。協力や援助は現地の人をスポイルしてしまう一面もあるようです。

この国のようにお金をねだる国で、ひどかったのはマラウイ、レソト、カメルーン、ガーナ、セネガル。といったところでしょうか、少し治安が安定して援助や協力が入って白人の多い国ばかりです。でもルワンダのように追いかけてきて荷物をとろうとしてくる国はありませんでした。

 もうこの国にいるのもいやだし、この国にお金を落として行くのも癪に障るので、あす、キガリを出てウガンダに向かいます。
 まあ、キガリは白人もいるようで、私が歩いても大きな混乱はないし、それほど居心地が悪いわけでもないのですが、目明千人盲千人。白人もあなたたちと同じ人間ですよ。とわかっている人もいれば、まったく理解できない大ばか者もいます。そして私を追いかけてくるやからはその大ばか者が大半だからルワンダがいやになるということはわかりました。
 田舎にも目明きはいるはずですが、近づいてくるのは盲ばかりということでしょうか。

 とにかく早めにこの国は出ます。

 ところで、来る1月1日元旦にまたラジオ出演する可能性があります。NHK第1ラジオの’地球ラジオ’という番組で、たぶん午後6時頃からの「旅でござんす」というコーナーです。
 元旦から暇な方はお聞きください。 
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by fuji_akiyuki | 2005-12-26 18:54 | ルワンダ

70と90@ブルンジ国境付近の町(ルワンダ)

今日ブルンジを出てルワンダに入国しました。まだ国境に程近い小さな町ですが、インターネットカフェがあってビックリです。さすがに日本語を読むのは無理でした。

ブジュンブラから登るのが嫌でこちらの道に来たのに、今日はすさまじい登りで、それも未舗装だったので思いがけず大変な思いをしました。途中で中国人に拾ってもらって登りの3分の1程は助けてもらいました。それでも大変な1日でした。

ルワンダのビザは月曜日に出ることは出たのですが、5時前に行って結局出たのは6時頃でした。どうもパスポートを探しているようだったのでもう少しで無くされるところだったようです。

ブジュンブラからルワンダ国境まで川沿いで平坦なはずなのに誰に聞いても山の方に案内されました。ルワンダ国境を越えたところがブガラマという町で私はブガラマに行きたいと聞いて回ったのですが、どうもルワンダ側の町のはずなのに通りがいいなと思ったら、実はブガラマという地名がブルンジの山の上にもあるらしく、みんな口を揃えて自信たっぷりにあっちだと言って案内するので朝から明後日の方向に6km程山を登ってしまいました。

いつかこんなことが起こるんじゃないかと思っていたのですが、今回は見事にやられました。

ブルンジに比べてルワンダの方が多少栄えているようです。

ところでここ最近気づいたのですが、フランス語で70はsoixante-dix、90はquatre-vingt-dixといいます。soixanteは60を表して、dixは10を表すので、フランス語には直接70という単語がなく、70は60+10という言い方をします。また、quatreは4、vingtは20で、quatre vingtで20が4つ、つまり80を表し、quatre-vingt-dixでその80+10で90を意味するので、やはり直接言い表す単語がありません。ところがブルンジには、なぜか70と90があったのです。70はseptante、90はnonanteと言っていました。

ブルンジでは「R」の発音がしっかりしていたのでちょっとビックリしましたが、オリジナルのフランス語にない70と90ができているのにも驚きました。でも、無い方がおかしいですよね。このせいでなかなか数字を覚えることができなかった覚えがあります。

アフリカ仕込みのフランス語を覚えて帰れそうです。帰る頃には忘れている?
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by fuji_akiyuki | 2005-12-22 00:47 | ルワンダ