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旅人失格?@サナア(イエメン)

インド洋に浮かぶ島、スコトラ島にいってきました。

ホント行くときは飛行機を乗り間違えたのかと思うようなハプニングもあり、乗り合いタクシーに乗車拒否されたりとかいろいろ大変だったのですが、ソコトラ島はすごかったです。本当に秘境という言葉がぴったり来るような島でした。

初日にいったのが遠浅のビーチで遠くに砂州が見えてそこまで歩いていけちゃうようなところです。歩いている途中にはカニやらエイやらがうじゃうじゃいて、砂州の先が外海になっていてそこで思う存分泳ぎました。
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2日目は竜血樹と呼ばれるバオバブにも負けず劣らず変な形の木が生い茂る谷。帰りに海によってシュノーケリング。私はこのシュノーケリングがよかったです。海ガメとかフグとかも見れて大満足でした。
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3日目は千尋の谷みたいなところを4WDで下りていってこれこそ秘境というようなエメラルドグリーンの湖で泳ぎました。
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いや、ホントどっぷり秘境体験できた3日間でした。

大変だったのはここからです。ソコトラには総勢7人の日本人を集めていったのですが、5人が途中降機して、ソコトラを出て以前に100ドル貸した友人とともに2人でアデンまでいきました。

さて、まず困ったのがどうやって市内までいくのか?いつもは自転車があるので何一つ迷うことなく自転車を組み立てて町はどこかと訊いて走り出せばよいのですが、今回は足がありません。空港に出入りするタクシーは法外な値段を言ってきます。そこで友人と相談して、空港の外でミニバスを捕まえることに。そこまではまだよかったのですが、降ろされたところは初めて来た土地、どこに何があるのかまったくわかりません。一応ガイドブックのコピーは持っていたのですが、自分がその地図のどこにいるのかもわかりません。

重い荷物をもって炎天下をしばらく歩いてようやく自分がどこにいるかわかり、ホテル探しを開始、ホテルも一軒一軒歩いてみると結構距離があって自転車のようには行きませんでした。回ったのは4件くらいでしたが結構大変でした。

その夜、友人とサナアに戻る前にどこによるかを相談。ガイドブックも地図もない状態でどこによろうなんて決められるはずもなかったのですが、なんと友人が高校生用の地図帳をなぜか持っていて、イエメンの載っているページを開けてみると、赤字で「ザビード」とかかれて世界遺産のマークが入ったところを発見。しかもちょっと寄り道すれば行けそうな場所。と、いうことでその場でたった二人のザビード決死隊が結成されていったい何が世界遺産で何があるのかわからないザビードにいくことになりました。

次の日、ザビードがホデイダという街の近くにあることを知った我々は、ホデイダ行きの乗り合いタクシーに乗って途中下車。ザビードを観光してからもう一度何かに乗ってホデイダに移動して、ホデイダで1泊。と完璧な計画を立てたはずだったのに…。

まず、ホデイダ行きの乗り合いタクシーの発着場までいかなくてはなりません。そのためにはそこにいくミニバス乗り場をまず探す作業から始まります。

ここだろうと目星をつけていたミニバス乗り場で
 「ここじゃないあっちいけ」
といわれて迷走。

どうにか見つけたミニバス乗り場から乗ると今度は下ろされた乗り合いタクシー乗り場で
 「ホデイダ行きはここじゃない」
といわれて再度迷走。

ようやく見つけた別の乗り合いタクシー乗り場でホデイダ行きに乗り込みようやく発車。と思いきやすぐに検問につかまりパスポートチェック。パスポートをチェックするだけならなんでもないのですが、この検問いくつもあって、中にはアラビア語で何か質問してくる警官もいます。で、我々がまったくアラビア語を解さないのにアラビア語で質問を繰り返し、見かねた同乗者が何を質問しているのか説明してくれるのですが、これまたアラビア語。

まったくことが前に進みません。何で全く英語を解さない人を外人のチェックに当てるのか不思議です。パスポートを見せているのに
 「どこから来た」
と訊くくらい英語がわかりません。パスポートの表紙に大きく”JAPAN”と書いてあるのにそれが読めないらしいです。

そんな無意味なチェックポイントの連続に飽き飽きして、いらいらしながらもザビード到着。ザビードはいったい何なのか?それすら知らない我々ザビード決死隊はザビードが村の名前で、下ろされた村で
 「ザビードってどこ」
って訊くと当然のように
 「ここ」
という答えしかかえって来ません。

それ以上のアラビア語も話せないザビード決死隊の我々はザビードの村を当てもなく放浪。英語を話せる人か世界遺産らしきものを見つけようと汗水たらして歩いていると、勘違いした現地の人がホテルに案内してくれました。しかしホテルにも英語をしゃべれる人などいません。何となく古そうなミナレットを見つけて行ってみると、そこのモスクがどうも世界遺産だったようで、ザビード決死隊は何とかミッションクリアー。やっぱり何の情報もなしに旅をしてはいけないとわかった一日でした。
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ホデイダは本当に何も情報がなくて、乗り合いタクシーを降りたところから散々遠回りをして2時間くらい歩き回ってやっとホテルを見つけたといった次第で、憔悴しきってしまいました。

ホデイダからサナアには乗り合いタクシーよりクーラーの効いてそうな大型バスで帰りたかったのですが、バスに載る手順としてはバスのチケットを買うところから始まるのでこうなります。

1. バスのチケット売り場を見つける。
2. そこまでどうにかいく手段を考える
3. バスのチケットを購入してバスの出発時間と場所を聞く。
4. バスの出発時間までにバスの出発場所を見つける。
5. バスの出発時間までに出発場所までどうにかいく手段を考える

この間にミニバスに乗ったり、タクシーに乗ったりしなければならず、ぼったくられたり、あさっての方向に連れて行かれたり…。いったいどうやってバックパッカーの人たちはこの困難を乗り越えているのか?私には神がかり的な能力の持ち主としか思えませんでした。

こんな気の遠くなることはする気も起きず、結局クーラーをあきらめて乗り合いタクシーでサナアまで帰ってきた次第でございます。ホント尊敬しますバックパッカーの皆様。私はバックパッカー失格かもしれません。

とんだバックパッカー体験記でした。
もちは餅屋、自転車乗りは自転車に乗ってなさいってことでしょうかね。

とりあえず、あしたカイロに飛びます。
イエメン旅行もこれで終わりです。
いろいろあったけど楽しかったです。
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by fuji_akiyuki | 2006-05-25 15:41 | イエメン

何?@ムカッラ(イエメン)

今日、インド洋沿岸の町、ムカッラに到着しました。

世界遺産のシバームはサユーンという町の近くにあります。ところがこのサユーンへはバスで行くのがなかなか面倒で、パーミッションを取ったり、パーミッションを持っていてもバス会社がバスのチケットを売ってくれなかったりするので、思い切って飛行機で、行くことにしました。
サナアからサユーンはずっと内陸で、海も湖も、川すらもほとんどない乾燥した台地の上を飛ぶことになります。 

ところが、14日の夜中にアディスアベバで100ドル貸していた友人が到着して同じ部屋に入り、一晩中話し込んでしまいました。翌15日、予定通り、空港に到着、チェックイン、そして飛行機に乗ったまではよかったのですが、前夜にまったく寝ていなかったので飛行機の中でぐっすり…そして目が覚めると…

「なんで、どうして?なに、なに、なに、何が起こった?何で海の上を飛んでるの~!?」

内陸を通るはずの飛行機が起きてみるとなんとなぜか海の上を…ハイジャック?それとも間違えた便に乗ってしまったのか?これからどこにこの飛行機は向かっているんだ?

わけがわかりません。とにかく一人でパニクって、周囲を見回してみたのですが、誰一人あわてる様子もありません。

「この分だとハイジャックの線は消えたかな?」
「と、いうことはやっぱり乗り間違い?どうしようこれがもし国際線だったりなんかしたら…」

ふと上を見ると画面にな、な、な、なんと飛行経路が出ているではありませんか?
よく目を凝らしてみると…

「あ゛~寝過ごした~」

なんで、マジで?こんなことあるの? 飛行経路はサユーンを通り越して、沿岸沿いの町Alg…なんとか、という町まで来ていました。
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「やばい…」
胃がきりきりと痛んできます。

これからどこに行くんだろう???

聞くのも怖かったのですが、勇気を出して、隣に座っているお兄さんに自分のボーディングパスを見せて恐る恐る聞いてみると。

「サユーンにいきたいんですけど…」

「何でさっき降りなかったんだ?」
…と言う答えが返ってきたらどうしようと思っていたのですが、

「次だよ。」
へっ??? 次?

そう、この飛行機ちょっと変わっていて、サユーンという町に行くのにサユーンを一回通り越して、別の町に着陸、それからまた同じようなところを飛んでサユーンに帰るというわけのわからない航路を飛んでいたのです。ホント、もう、経由地はチケットを買う時に教えてください。って感じでした。おかげで寿命が7年縮まりました。

*  *  *  *  *  *  *  *  *  *

とにかくそんなこんなで、もう一度飛行機は飛んで、サユーンに到着、まったくサユーンの情報がなかったので、歩いていける距離なのにタクシーに乗ってしまったり、ホテル探しに苦労したりしましたが、何とか落ち着くことができました。

その到着した日の夕方と、その翌日、シバームを見学してきました。10年あこがれた砂漠の摩天楼。実際シバーム自体はこんなのが
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シバーム自体は本当にこれが何百年も前に立てられたのかと思うと空恐ろしいというか、畏敬の念に駆られるというか、とにかくすごいなの一言に尽きるのですが、実はシバームの周りに結構町ができていて、砂漠に突然現れるという、蜃気楼的で幻のようないでたちを期待していたのでちょっとがっかりでした。札幌の時計台のようながっかりです。

まあ、でも中を散策して結構楽しめました。シバームは今でも多くの人が住んでいて、生活臭のあるなんか暖かい感じすらしました。さらにこういった観光名所で、世界遺産というのにまったくお金を取らないところも興ざめしなくてよかったです。総合的に見てやっぱり10年あこがれていただけのことはあるなと思ったシバームでした。

*  *  *  *  *  *  *  *  *  *

今日はそのシバームのある町、サユーンからムカッラに来たのですが、これまた一騒動あって、大変でした。
 
イエメン国内の移動は特に陸路での移動の際はツーリストポリスからパーミッションを取らなければならないことがしばしばあります。

このパーミッション自体は結構簡単に取れるので、私自身、今回の旅程を全部書いて、ツーリストポリスに持っていって、パーミッションをとってきました。だからサユーンからムカッラの移動もなんら問題はないと思っていたのですが・・・

朝5時30分。乗り合いタクシーの発着場に到着。タクシーの運転手がパーミッションを確認。私はサナアでもらったパーミッションを差し出しました。すると、彼はこれではだめだと言い出します。それもすべてアラビア語。さっぱりわかりません。しかし、幸運にもそこに居合わせた人で、英語の堪能な人がいて、私のパーミッションを見ると、そのパーミッションはバスと飛行機用なので、タクシーがかかれていないからだめだというらしいのです。

あまりにもばかげてます。バスも乗り合いタクシーもなんら変わりありません。ともすれば乗り合いタクシーのことをバスと呼ぶ国だってあるくらいなのに。そんなどうでもいいことのために乗車拒否されて、サユーンのツーリストポリスに行ってもまだあいてないし、大体パーミッション自体アラビア語しか書いてないので、持っている本人も何がパーミットされているのかさっぱりわからないのも問題。

とにかく何度もその英語を介する人を挟んでドライバーとツーリストポリスを往復して、どうにかポリスをたたき起こして、パーミッションをもらってタクシーに乗せてもらうことに。人によってはサユーン、ムカッラ間はパーミッションなどなくてもいけるというので私はどうも神経質なドライバーにあたってしまったようでした。

とにかくようやくムカッラ到着。しかし、ムカッラからソコトラ島に飛ぶ飛行機は朝7時発、空港には6時までにいかなきゃならないのに、空港までは車で30分もかかり、その上朝はタクシーもバスもなし、ホテルでタクシーを呼んでもらって法外な値段を払うよりほかにないようです。

ああ、自転車があれば楽なのに…バックパッカーって、ある意味自転車よりつらいかも…と思った一日でした。
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by fuji_akiyuki | 2006-05-18 01:42 | イエメン

いざ、シバームへ@サナア(イエメン)

とうとう明日。シバームへ行ってきます。

イエメン国内は移動が難しく、どこに行くにもパーミッションが必要だったりして、自転車どころかバスさえも面倒だったりします。と、いうことで自転車は置いて、すべて飛行機で回ることにしました。
カイロに行く便が決まっているのでなかなか今までのようにいつ出発しても良いかって具合には行かないのが悩みの種で、結局効率よく、確実に回るためには飛行機が一番ってことになってしまいました。

ところで、今度行くシバーム。以前に行ったシバームとは違って世界遺産の砂漠の真ん中に突如出現する摩天楼という触れ込みのなんともエキゾチックな町です。

10年前、イエメンの近くまで来た時からイエメンに興味を持って、ちょっと調べてみるとこのシバームの写真が。実はこのシバームの写真で決定的にイエメンに行ってみたくなったのでした。

さらに今回旅行をしていてイエメン帰りの人である島に行った人に会うと絶対にそこは行くべきだと強く勧める島もあることを知りました。そのある島とはソマリアの北東に位置するソコトラ島と言うところですが、ビーチがきれいで、さらに竜血樹とか言う変な木があるところらしいです。

マダガスカルといい、ソコトラといい、どうも変な木があると聞くと行ってみたくなる性分のようです。

と、いうわけで明日、これからの予定ですが、
15日 サナア - サユーン(シバームの近くの町)(飛行機)
18日 サユーン - ムカッラ(ソコトラ行きの飛行機の出る町)
19日 ムカッラ - ソコトラ島(飛行機)
22日 ソコトラ島 - アデン(サナアの南の港町)(飛行機) 
24日 アデン - サナア
26日 サナア - カイロ(エジプト)
とこんな感じで移動です。飛行機を使うのでかなりきっちり予定が立ったので書いてみました。
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by fuji_akiyuki | 2006-05-14 15:51 | イエメン

急速電脳化@サナア(イエメン)

アフリカを出てイエメンまで来ると旅行者にも多く出会い、カルチャーショックを受けました。

ナイロビでは20何人かいた日本人の中で、パソコンは4,5台が限度でしたが、さすがに中東はバックパッカーのレベルも違います。サナアの宿で、10人近くの日本人に会い、なんと、すべての人がパソコン持参で旅行していました。信じられません。もう時代についていけない化石化した自転車乗りの私にはなすすべもありません。

しかし、私もついつい影響されて急速に電脳化してしまいました。なんと、アディス(管理人注:アディスアベバ@エチオピア?)であった自転車乗りの人に電子手帳をもらってしまい、さらにサナアではラジオまで購入してしまったのです。これで、今まで持っていた唯一の電子機器、コイルヒーターと合わせて電化製品は3つになってしまいました。

この調子で、電気炊飯器と洗濯機が増えればかなり快適なのですが、さすがにこれはどこにも小さいのが置いてないので困っています。

日本を出てもう2年以上たつし、アフリカにはあまり旅行者もいなかったので、知らないうちにパソコンがバックパッカーの必需品になっていたようです。この調子だときっと日本には手のひらサイズの電気炊飯器とか洗濯機が出回っているのでしょうか?

それにしても韓国と日本が新幹線で結ばれてるなんてぜんぜん知らなかったです。恐るべし日本。帰ったらついていけるだろうか?
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by fuji_akiyuki | 2006-05-12 03:11 | イエメン

シバームにいってきました@サナア(イエメン)

まったく何もない、本当に砂だけの砂漠を期待していたのにちょろちょろ草が混じっているのが期待はずれでした。父の住むアルコバールからリヤド(共にサウジアラビア)に向かう途中、そんな砂ばかりの砂丘を期待して車の中でカメラを用意していた私はちょっとがっかりしていました。



-10年後

今日は日帰りでシバームにいってきました。

シバームというと世界遺産のシバーム(イエメン)を思い浮かべる方もいるかもしれませんが、今日私が行ってきたのはここ、サナアから45kmほどのもうひとつのシバームという町です。40kmちょっとで往復しても80~90km、荷物も置いていくし、たいしたこともないだろうと思ってなめてかかったらとんでもないことになってしまいました。

結局今日走った距離は115km結構本気で走ってしまいました。

なぜそんなことになったのか?実はシバームという町は崖の下にあり、崖の上にコーカバンと呼ばれるもうひとつの町があり、二つ合わせて双子の町としてちょっとした観光の目玉になっているのです。と、いうことはもちろん二つとも見なければ意味がない。と、いうことは崖を上らなければならない。
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手前の町がシバーム、崖の上に見えるのがコーカバン

後で気づいたことですが、ここ、サナアは2300mほどだそうで、シバームは地図によると3300m以上あるようです。つまり、45kmとはいえ、シバームまで1000mUP、シバームに着いて見てみるとコーカバンははるか崖の上、200mはかたかったと思います。その上、行くまでにまっすぐ上がったのではなく、2,3個峠っぽいのも越えているので帰りも考えると1500m以上、おそらく、2000mくらいは今日一日でUPしたのではないかと思います。

しかもシバームからコーカバンに上る自動車道はメインからずれているからか馬鹿みたいな勾配で、最初の2km幌見の壁が右へ左へ5,6回繰り返して、きれいな九十九折れを作っているような道でした。毎日走ればトレーニングにはいいと思いますが、私は絶対いやです。

でもこれは峠ののぼりなので実は結構景色もよく、何のためのUP、DOWNかわからない上り下りを繰り返させられるよりはぜんぜん走り甲斐もあってよかったのですが。

それにしてもほんと、レソトを思い出す傾斜でした。レソトはこれがすべてダートだったのでもう物理的に上ることが無理だろうというレベルでしたが。

シバームは距離からいって、サナアの郊外と言えると思うのですが、そこの行くまでの間、ものすごく不毛の地が続くのですが、なんとそんなところでも土地はほぼすべて耕されていて、畑にされて、悲しくなるほど綺麗にうねが作られていました。時期のせいか、そのほとんどは何も作物はなっていなかったのですが、こんなやせた土地でもやっぱり耕して農業を営むんだなと思うと、アフリカのあの緑豊かな土地でほとんど畑を見なかったことはやっぱり不可解でしょうがありません。確かに背の低いアカシアと草くらいしか生えないようなアフリカの中でもやせているといえる土地でも、今日見てきたイエメンのやせた土地に比べれば生い茂っていると表現しても過言ではないと思うのですが。

そして、10年前にサウジアラビアに行ったときに言われた言葉を思い出しました。

「この時期はいい。少ないがこのサウジアラビアの土地にも緑が見える。サウジの国民はみんなこの時期を待っているし、好きだ。でも、観光客はまったくの砂だけの砂漠を見たいからこの時期に来るとがっかりする人が多い。」

まったく図星でした。でも今考えてみると、やっぱりせっかく耕した畑が茶色一色なのは痛々しいです。だからそのときの言葉がずしりと胸に響いてきました。

でもやっぱり、砂だけの砂漠も見たいものですが。

今日行ってきたコーカバンという町はとても気分のよい町でした。シバームは普通の町で、市場があり、人が多く、暑くて、ごみごみしていたのですが、コウカバンのほうは城塞都市のように崖の上に大きな壁が築かれていて、入り口はたったのひとつだけで、自動車用の道からはそこからしか入れないのですが、その壁の後ろに連なっている町の景色はこれまた格別、それも崖の上に作られた街だから、まるで、マチュピチュのようでした。(どっかでも同じようなことをいったような気がしますが。)コーカバンは人も少なくとてつもなく寂れていて、店も少なく市場などはないのですが、それが返って趣があり、観光客も多いのか、英語が堪能な人も多かったです。かといってすれてるわけでもなく、とてもいい感じの人たちでした。

コーカバンとシバームには崖をつなぐ人の歩ける登山道のような道があるようで、きっとコーカバンの人たちはそれを使って買出しに行ったりしているのではないかと思いました。
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by fuji_akiyuki | 2006-05-10 23:41 | イエメン

アルミサッシに噴水@サナア(イエメン)

昨日は午後、宿から少し離れたところにある大きなスーパーマーケットに行ってきました。
行く途中に、なんとアルミサッシのスライド式の扉と窓を見ました。スライド式の扉や窓などアフリカを旅行している間はまったく見なかったので、危うくあれは日本独自のものだと思い込んでしまうところでした。

今日はスーク(市場)にちょっと出かけてみました。オールドサナアというチョコレートでできたような建物が所狭しと立ち並ぶ間を縫うようにして道が走り、そのいくつかに市が立ちます。モロッコのメディナのようなところですが、モロッコのそれほど込み入ってはおらず、歩きやすいことは歩きやすかったです。

さすが、イエメン。イエメン人が腰に挿しているジャンビーヤや、女性の着る黒い衣装、金物細工や、アラビックコーヒーのセットなど、アフリカにはないものが所狭しと並べられ、独自の文化を持っているんだなあと感じさせられました。お店のレイアウトも結構楽しくて、お菓子の上にまくようないろんな色の小さなチョコレートの粒や砂糖の粒なんかを透明なガラスのいた2枚の間にいろんな模様になるように上からうまく入れていったりして、ディスプレイしていたり、ちゃんとほこりを払って商品をきれいにしていたり、とにかくアフリカではありえないことが次から次へと・・・もうびっくりしすぎて死にそうです。
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今日は宿の近くの噴水から水が噴出していました。今まで噴水があったとしても、水が出ているなんてことはなかったです。

昨日行ったスーパーではオロナミンCが売ってたし、ポカリスエットもありました。ポッカのジュースまで置いてあって、ああ、やっと世界と繋がったんだなと思った瞬間でした。
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by fuji_akiyuki | 2006-05-07 20:21 | イエメン

アザーンの迫力に圧巻@サナア(イエメン)

イエメンすごいです。とにかくびっくりしたのは町にゴミ箱はたくさんあるし、歩道はきれいだし、町を歩いていても言い寄ってくるわけのわからない人もいないし、野次すら飛んできません。アフリカと決定的に違うのは自分たちの文化を持っているということです。

私は今、イエメンの首都サナアの新市街に宿を取ったのですが、マプートで出会った旅人と再会し、彼に旧市街、オールドサナアというところに案内してもらいました。
 
イエメンは世界最古の摩天楼と称される町がいくつもあります。オールドサナアもそのひとつで、茶色い壁に白い窓枠と装飾の施されたイエメン独特の建物が所狭しと立ち並び、その一つ一つはまるでお菓子の家のように見えるのですが、おびただしい量で、所狭しと並んでいる様子はまさに摩天楼そのものです。これが、西洋文化の入ってくるずっと前、400年とか500年前に立てられたものだというのだから、その歴史の深さには敬服させられます。
つい100年前まで、壁画を描き、明らかにほかから入ってきたものを自分たちの文化だと信じ込んでいたアフリカ諸国とは比べる土台から違っているようです。

そんなオールドサナアにオールドサナアパレスホテルという、そのあたりではちょっと背の高いホテルがあります。ここは景色がきれいということで、旅行者の間ではちょっと有名なようですが、私の友人はそこに連れて行ってくれて、屋上から夕日を見てきました。オールドサナアの歴史あるお菓子の家が赤く染まるその光景も見事だったのですが、イスラム教のお祈りの時間。日没後のアザーンが聞こえてきたときは本当に鳥肌の立つほど感動してしまいました。
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Photo: Jemenský

アザーンはイスラム教のお祈りの時間、夜明け前、正午、日没後、夜、と確かもう一回、朝だったかな、そんな感じで一日5回、モスクから町に流されるお祈りみたいなものですが、これは時間がきっかり決まっているものではないらしく、モスクごとに多少ずれるようです。

しかし、日没後のお祈りは太陽が沈む時間で決まるので、自然どこのモスクもほとんど同じ時間にアザーンを流します。イエメンの首都、サナアには格式の高いモスクも多いらしく、この日没後のお祈りの時間にはひとつのモスクからアザーンが聞こえてきたかと思うと、競うかのように四方八方からアザーンの独特の祈りの声が聞こえてきました。しかも肉声で、それぞれのモスクの声が少しずつ違っていて、その音には何か血の通った、迫りくるような迫力を感じました。

アフリカでもアザーンはずうっと聞いていたはずなのですが、モスクは大概ひとつだし、聞こえてくるアザーンもひどいときにはテープだし、モスクの近くに間違って宿を取ったときにうっとうしいと感じるだけだったのに、アザーンがこんなにすばらしいと感じたのは生まれて初めてでした。

さすがに、アザーンとイスラムの歴史のある町並みがマッチしていて、アザーンの声が乾燥した大地に降る雨のように速やかにやさしくエキゾチックな摩天楼にしみこんでいくのを感じました。
久しぶりに異文化に触れ、外国に来ているんだなと感じたひと時でした。そして久しぶりに前向きな記事が書けた気がします。
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by fuji_akiyuki | 2006-05-06 15:14 | イエメン

憧れの国、イエメン。@サナア(イエメン)

昨日の夜。というか、正確には今日の未明、アフリカ大陸を脱出し、イエメンに到着しました。

飛行機は何の問題もなく、チェックイン終了と同時にやっとアフリカが終わったんだと実感がわいてきました。搭乗直前になぜかカメラ掃除用のエアブラシ(シュポシュポってやるやつ)が別送扱いになりましたが、後はおおむね良好。ただ、ひとつ、難をいえば、フライトが、0時45分発で、サナアに午前の2時25分着だったことです。飛行機の中でも眠れるほど時間もなく、サナアについても寝るところがなかったのでつらかったです。

空港について、自転車に荷物を積んで、それでも3時、2時間ほどベンチで眠いなあと思いながら明るくなるのを待って出発。サナアの町までは約15km、マナハホテルというホテルを目指したのですが、なかなか見つかりませんでした。
そしたらタクシーが、ついて来いと言って、先導してくれました。こんなときアフリカだったら何か請求されるのですが、その人は”シュクラン”とお礼を言ったら手だけを上げて走り去ってしまいました。

まだ到着して間もないのですが、確かにチャイナとかジャパニーズとか、それに準ずるような野次はまったくなく、久しぶりにまともな人たちの間にいるような気がしました。

やはり世界ががらっと変わったようです。日本を出てから2年間。ほぼアフリカにどっぷり浸かっていたのでこんな世界があることすら忘れかけていたような感じがします。

ホテルでもシングルがなく、朝だったので、誰かがチェックアウトするかもしれないからと、ロビーで待たせてもらっているうちに眠くて、ソファーで居眠りをしていたら、スタッフの仮眠室みたいなところで眠らせてくれたり・・・
 
とりあえず今のところ好感触です。早くシュワルマが食べたいと思っているところです。
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by fuji_akiyuki | 2006-05-05 22:04 | イエメン