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アフリカ最強の日本人宿「サファリ」@カイロ(エジプト)

その宿は5th floor にあります。日本式にいうと6階です。
無茶苦茶遠いです。行くのが嫌になります。
でも、カイロにあるそのアフリカ最強の日本人宿「サファリ」は、そこにあります。
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「サファリ」には長期滞在者がいます。1年近くいるその人たちを「チームサファリ」と呼びます。そしてこの「アフリカ最強の日本人宿」というのはそのチームサファリのR君の口癖でした。
「カイロに来るならアフリカ最強の日本人宿サファリにおいでよ。歓迎するよ。」とナイロビでR君に言われて、どういう意味で最強なのかさっぱりわかりませんでしたが、カイロ滞在はそこに行くことに決めました。

沈没。
チームサファリは、そういった結局は旅の途中でカイロのサファリが居心地がよくて住み着いた人の集まりとも言えます。旅を忘れてよどんだ水のように一つの所にだらだら問い続ける。そんな印象を受ける沈没です。何か腐敗臭まで感じてしまうような…。
そんな沈没者ばかりがいるサファリってどんなところだろう。なんて気持ちもないわけではなく、それでもナイロビであったチームサファリのR君やAさんやMちゃんたちを見ているとちょっと覗いてみたくなって行ったサファリでした。

でも今回のサファリは楽しいことばかりではありませんでした。サファリで大事件が起こったのです。内容は詳しく書きませんが、その事件でチームサファリはただの旅行者の集まりとは思えない団結力を見せて、事件解決に当たりました。侍のようないでたちのNさんとダハブに行っていたAさんMさんが急遽カイロに帰ってきて、3人を中心に事件解決にいろいろと動いてくれました。

各方面に散らばっていたチームサファリの面々も集まってきて、パソコン通のHさんやシェア飯料理長のMさんも3人をいろんな面でサポートしながらチームサファリは動いていました。

しかし、事件は思った以上に残念な幕切れとなってしまったのですが、それでもサファリの暖かさに触れられた一件でした。そして、カイロを去るとき、侍のNさんがブルースハープで”stand by me”を私がとぐろに巻いた階段を下まで下りる間中演奏してくれました。心に響く”stand by me”をありがとうございました。
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サファリではこの大事件とまったく別に私個人的な一大事もあり、なんとも忘れられない滞在となりました。
 
しかし、今チームサファリのメンバーもだんだんとサファリを去るという噂があります。でも新しく長期滞在者がまたきっとチームサファリを結成してくれるものと願っています。そして、いまの家族のようなチームサファリができて、サファリという宿が旅行者のつかの間の憩いの場となることを願っています。だから宣伝しておきます。

カイロに行ったらアフリカ最強の日本人宿「サファリ」においでよ。 
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by fuji_akiyuki | 2006-07-08 00:26 | エジプト

カイロにかえろう!!@カイロ(エジプト)

なんだか知らないけど、今またカイロにいます。

沈没しないように気をつけて、結局カイロにはツアーや観光旅行も入れて3週間。カイロの宿には正味2週間くらいで脱出には成功したはずだったのですが…。

d0043372_2354639.gifダハブというシナイ半島の東側にある町まで入ったのですが、実はカイロを出たその夜。シナイ半島に渡るため、スエズ運河の下を通るトンネルを抜けたあたりで夜になってしまったので、警察に頼み込んで、これも一悶着あって、大変だったのですが、それでも何とか無理を言ってテントを立てる許可をもらって、そこで寝ることにしました。

シナイ半島は風が強かったので、テントを建てるのに苦戦していました。そんな中で、トイレの横にテントを建てようと試行錯誤していたときに突然
                      
ポキン
 
とテントのポールが折れてしまったのです。

マジかよ…

本気でそう思いました。一応登山用にできているし、風にも強いはずなのですが…。

呆然としている暇ありません。すぐに立て直して、次にすべきことを考えます。幸い寒くはないので最悪シュラフだけで寝ることも考えたのですが、一応こんなときのためにテントのポールにはリペア用のパイプがついています。これを使ってテントを直します。直したところでもう一回別のところが折れるのではという嫌いは残るのですが、とにかくやるだけのことをやってみるしかないと思って教科書どおりにテントのポールをリペアして再度テントを建て直すことに成功しました。

テントの中に寝床を用意してやっとひと段落つくと次にやるべきことを考えます。

テントのポールは送ってもらうしかありません。しかもここから先には知り合いもいないし、送ってもらうのに適当なところは思いつきませんでした。と、言うことでその時点でカイロに帰ることは決まったようなものでした。

次の日、もと来た道を走って帰ってもよかったのですが、それもつまらないし、一応の応急処置らしきものはできているのでダハブという町までいって、そこからバスで帰ってくるという案がベストではないかと考え、急遽カイロ送還になってしまいました。

ダハブという町は海沿いの本当にリゾート言ったところで町が湾に沿ってできていて、すぐに泳ぐことのできるすばらしい町でした。そこに1週間ほど滞在して昨日かえってきました。

ダハブでは素潜りがはやっているらしくて、私も挑戦してみました。水深7mのところに人のくぐれるリングがあります。これがひとつの目標になるのですが、その一週間でこれをくぐってやろうとがんばっていたのですが、最終日、ついにくぐることができました。しかも私の右耳の鼓膜と引き換えに…。
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耳抜きができないと耳が痛くなります。これはダイビングをやっているのでわかっていたのですが、素もぐりはスキューバダイビングと違って息が続かなくなるので耳抜きも迅速に行わなければなりません。水深7mだと2回から3回くらいやるべきでしょう。

ところが私は7mのリングに手が届いた時点で耳が痛むとは思ったのですが、なぜか右耳の耳抜きがいつもうまくいかないので、もうくぐってしまえ、大丈夫だろうと思って、手の力を使って多分50cmほどでしょうか、深くなった瞬間に、バシュッという音が聞こえて耳に激痛が走り、頭がくらくらしてきました。多少三半規管にも影響があったようで、急いで水面を目指して上昇するのですが、その間もなんか目が回っている感じがしました。

やった水面だ。
と思って水面から顔を出すと…
 
海が傾いてる!?

ちょっとパニックになって目が回りながら必死で岸まで泳いでその日は夜のバスの時間まで寝てました。

それから夜行バスに乗って情けないやら惨めやらな気持ちを背負ってカイロに帰ってきたしだいです。
 
でも前回カイロの日本人宿「サファリ」に泊まったときは本当にいろいろあって「サファリ」の住民たち(長期滞在の旅行者)「チームサファリ」の人たちとは仲良くさせていただいてたのでみんな歓迎してくれました。

なんかまだ10日くらいはカイロにいる羽目になりそうです。
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by fuji_akiyuki | 2006-06-27 04:16 | エジプト

激動の1週間。久しぶりの観光旅行@カイロ(エジプト)

後輩が来て、たったの1週間でエジプトを観光することになりました。

一カ所に滞在する(沈没する)ときは毎日たいしてやる事もなく、今日何やったかなって考えると洗濯だったり、ネット屋さんに行っただけだったり、とかく怠け者になりがちなのですが、今回はカイロでゆっくりしている場合ではありませんでした。

まず、カイロで考古学博物館。ピラミッドを観光して、夜行列車に乗ってスーダン近くのアスワンという町まで行きました。アスワンダムやアスワンハイダムで有名な町です。
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Image: Wikipedia

1日目 アスワン市街観光。
2日目 朝3時からアブシンベル神殿、アスワンハイダム、イシス神殿、その他を観光して、夜の列車でルクソールへ移動。ルクソール泊
3日目 王家の谷、王妃の谷、ルクソール神殿、カルナック神殿などを自転車(レンタルサイクル)で観光夜の便でカイロへ

最初と最後が夜行列車だったので全部で4泊3日といった感じで急いで観光してきました。かなり濃厚な観光旅行になりました。

主に遺跡を巡る観光でしたが、遺跡なんて興味のない人にとってはかなり退屈なものでしかありません。しかもいくつも同じような遺跡を回るのは初めこそ感動もあるのですが、最後のほうはやっつけでしかなくなってしまいます。しかし、地球の歩き方がこの退屈なはずの遺跡めぐりをかなり面白いものにしてくれました。

地球の歩き方エジプト版には王の名前を彫った象形文字、カルトゥーシュ大全というのがついていて本物の遺跡の中から例えばラメセス2世のカルトゥーシュを見つけることができたりします。歩き方にはこのカルトゥーシュが30くらい載っていて、その他、20くらいの神様の姿が書かれていました。これを見つける作業にハマってしまってすべての遺跡でかなり充実した観光ができました。
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ルクソールではサイクリングクラブの後輩とレンタルサイクルを借りてルクソールの遺跡群を縦横無尽に駆け巡り、全部で10回のジュージャン(ジュースじゃんけん、負けたほうがお金を払う)をやり、7勝3敗で後輩をコテンパンにのしてやりました。

王家の谷はいろいろな王のミイラが出土した遺跡で、墓は1枚のチケットで3つの墓に入れるようになっていたのですが、墓自体は60近くあると聞いたので二人で相談して、2枚チケットを買い、6ヶ所の墓を巡ることにして、どの墓に入るか、じっくり考えて計画を立てました。
しかし、実際に行ってみると公開されている墓が少なくて、結局計画した墓も半分くらいしか見ることができず後は公開されている墓を探すほうが大変でした。6箇所公開されている墓を見つけるのが大変で、暑くなってくるしちょっとやっつけ作業みたいになってしまいました。

その後も、暑さのためにかなりダレながらもカルトゥーシュ探しと神様探しは頑張って、神様のほうはかなり見つけることができました。しかし、心残りなのが、太陽の神様アテン神という、唯一人の形をしていない、丸い太陽から下にたくさんの手の伸びた神様のレリーフを見つけられなかったことです。考古学博物館にあるようなのでもう一度行ってこようかなと思っています。
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そんなこんなで忙しくエジプト南部を観光してきて、後輩はたぶん無事に昨日帰って行きました。

今日は一日ゆっくりして、明日からオアシスツアーとビザ取りでカイロは終わる予定です。
今滞在しているホテルは日本人が多くて足の引っ張り合いをするので、ナイロビの二の舞にならないように沈没せずに固い意志を持って宿を出るつもりです。
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by fuji_akiyuki | 2006-06-04 19:30 | エジプト

後輩と再会…できず!?@カイロ(エジプト)

スペインに住んでいる大学時代の後輩とカイロで会う約束をしました。

私の泊まっているホテルは日本人のバックパッカーには有名なサファリホテル。しかし、サファリホテルは安宿で、一般にはあまり知られていないホテルです。後輩はガイドブックも持たず、サファリホテルは調べたけど、見つからないというので、彼が来る日に空港まで迎えに行くことになりました。

到着はイベリア航空でマドリッドから。22時40分の予定。前日にカイロインした私は、その日のうちに空港スタッフにどのターミナルに着くのか調べておきました。

カイロの空港は第Iターミナルと、第IIターミナルに分かれていて、
国際線は第Iターミナル、国内線が第IIターミナル。

なるほど、単純明解。
簡単な仕組みなので、当日は第Iターミナルを目指せばいいわけです。

30分くらいで着くだろうと踏んではいたのですが、余裕を持って9時ごろ空港行きのバスを捕まえようと思っていました。が、ちょっといろいろあって結局10時頃空港行きのバスを捕まえて、カイロの町を出発しました。

物事が悪いほうに転がるときは、ちょっとしたことが重なって重なって悪いほうへ悪いほうへといくようです。このちょっとした遅刻とか、上に書いたガセネタとか、捕まえたバスとかが原因となって結局彼と会うことができませんでした。

バスは予想に反して、あっちに寄ったり、こっちに寄ったり。前日に走った様に真っ直ぐではなくくねくねと曲がりながら結局1時間以上かけてようやく空港に到着。しかし、空港の第Iターミナルには後輩の影もなく、出迎えの人もまばらで、あまりこれから飛行機が到着するという様子はありません。

時間はすでに11時20分、後輩の便は定刻どおりならもうとっくに到着しているはずです。ここで待ってなかったらどこにいるのかさっぱりわかりません。空港には到着予定便の状況を表示している画面があります。どの便が到着して、どの便がまだ到着してないのか、そして、到着していない便の到着予定時刻などなど…。

その画面にはもうとっくに到着したはずの後輩の乗る便はまったくありません。多分もう画面の上にいってしまったのだろうと考えれば当然で、画面の一番上の便がすでに11時台。

困りました。画面には確かに第Iターミナル、第IIターミナルに到着する、または到着した便の状況が映し出されています。第IIについたのかなと思っても、確かに第IIターミナルには国内からの便しか画面に出ていないし、第Iターミナルは国際線だけ…。

私が遅れたからタクシーか何かでもう町に出てしまったのでは?

もうこれしか考えようがありません。というわけで、あながちもうホテルを探し当てて待ってるかもしれないし、バスが終わらないうちにさっさとかえれば会えるだろうと思って空港ターミナルを後にしました。

しかし、やっぱり宿に帰っても後輩の姿はありませんでした。そして宿に長く泊まっている人に調べてもらうと…。

 「イベリア航空は第2ターミナルだよ」
  
??? えっ なんで?

で、ここで紆余曲折あるのですが、いろいろ考えた末わかったことは、実は最初に聞いた情報がまったくのガセネタで、カイロの空港は第3ターミナルまであるそうで、そのすべてに国際線が発着しています。

そして、第1ターミナルには国際線と国内線のターミナルが隣接していて、空港の画面にはその第1ターミナル内の情報しか表示されてなく、しかも国際線を第Iターミナル。国内線を第Ⅱターミナルと区別していたのです。しかもターミナルには全くインフォメーションのようなところがありませんでした。仕方ないので聞くのはそこら辺にいる空港スタッフらしき人。彼らも何もわかってないのに適当に答えてくれるので、全くよそ者の私には全く状況がわからなかったわけです。

この文では一応1,2、Ⅰ,Ⅱのように分けたのですが、実際にはこんな違いもなく、私は最初に聞いた空港スタッフらしき人のガセネタを空港にある画面を裏づけに信じ込み、国際線は必ず第Iターミナルにとまると思い込んでいたのでした。

このころ後輩は第2ターミナルに到着していたそうです。

会えなかったら会えなかったで勝手に観光して帰るだろうと思ってあきらめていたら、次の日、彼が何とかサファリホテルを探し当ててお昼ごろに再会することができました。

それにしても発展しているようで、どうもうまくシステムの機能しないエジプトを感じる今日この頃です。

たとえば、博物館は、入ろうとするとまずチケットを買わされます。チケット売り場から中庭を通ると、今度はチケット切りがいて改札をします。そして、4,5段の階段を上った先にセキュリティーがいて荷物をチェック。そこでカメラがあると、撮影禁止だからセーフティーボックスに預けるように言われます。

ここまではまともなのですが、そのセーフティーボックスはなんと、改札を出て中庭を横切った先にあるチケット売り場まで戻らなければなりません。初めてくる人はそんなことはみんな知らないし、ほとんどの人が初めてだろうから、みんなセキュリティーまでいってチケット売り場まで戻っています。

こんなことがきっと何十年と続いているのに、チケット売り場に撮影禁止で、カメラを置いていくようにという注意はないし、セキュリティーのところにセーフティーボックスを設置するということもありません。

こんなことが結構しょっちゅうで、なんかエジプトって?と感じさせられることが多々あるなあ、と思う今日この頃です。
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by fuji_akiyuki | 2006-05-30 14:35 | エジプト

カイロ到着。@カイロ(エジプト)

昨日、イエメンの首都サナアから3時間のフライトでカイロに到着しました。

アフリカに戻ってきました。
と、いっても全然アフリカに居る気持ちにはなりませんが、カイロ、無茶苦茶大きな町です。

まず空港から違いました。今までは何処もかしこも行ってしまえば掘っ立て小屋みたいな空港ばっかりだったのに、カイロの空港はきれいで、飛行機を降りたらバスが迎えに来ていて、そのバスも空港ターミナルの2階に着くようになっていたり、空港からは高架された高速道路みたいな道に入って、3層の立体交差があったり、もう、ここはまるで東京のようです。

イエメンでも驚いたけど、カイロはもう空いた口がふさがらない勢いです。南アフリカ以来のマクドナルドがあって、今日は早速行ってきました。
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街が入り組みすぎていて何処に行ったら良いのか全く分かりません。大きすぎてなかなか全体がつかめないし、完全にお上りさんになっています。

そんな中、大学時代の後輩が遊びに来るらしくて、今日は空港までお迎えに行ってこようと思っています。って、到着が夜中なので自転車で行くわけにも行かず、また、苦手なバスに乗らなければならないのでちょっと心配です。いつも自転車で移動しているのでバスやタクシーは凄く苦手です。前回も書きましたが、イエメンでは散々な目あったし、どうも苦手意識が出来てしまったようです。

これから後輩と一緒にエジプトを観光して、中東に向かう予定です。トルコまではとりあえず決まっているのですが、今はパキスタンのビザが難しいらしく、どうやって中国に入ろうか悩んでいるところです。
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by fuji_akiyuki | 2006-05-27 19:07 | エジプト