カテゴリ:インド2( 5 )

初めての海外旅行@コルカタ(インド)

バンコクでは一つやってみようと思っていることがあります。
まるで初めて海外旅行に出てきたような初々しさをかもし出すこと。

と、言うことで、今日は床屋に行って髪を切り(インド風?)、ジーパンを買い、半そでのシャツまで買いました。一応設定としては、タイの暑さを知らずなめきってはいてきてしまったジーパン。シャツは一応半袖。そして、顔もそって、今まであったひげを全部剃り。あとは歩き方を持って、カオサンを不安そうな顔で、今日始めて海外に来て、何をどうしたらよいのかさっぱり分かりません。

という人物像を作り出す作戦です。

ただ、歩き方が手に入らなかったのが誤算。
まあ、どうにかなるかな。

で、何がしたいのか?
それは聞かないでください。

とにかく明日タイに飛びます。
でも実は結構本気で不安だったりします。だって自転車なしでどうやって市街地まで行けばいいのか…。

バスとか電車に乗るのものすごく苦手です。

3月4月、タイにいる方ぜひ会いましょう。
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by fuji_akiyuki | 2007-03-20 00:37 | インド2

インドの新幹線ラージダーニ。14時間遅れ!?@コルカタ(インド)

インドの旅といえば鉄道。というくらいインドは鉄道網が発達しています。

かく言う私も何度か利用させてもらったのですが、寝台の一番安いクラスは3段で、狭いといえば狭いのですが、寝ながらいけるので、まあ快適です。
で、今回。実はちょっと奮発して、インドを代表する豪華列車,インドの新幹線ラージダーニという列車でデリーからコルカタまで帰ってくることにしました。

デリーから自転車で、賞味15日間でコルカタまで走り、電車やらバスやら自転車やらを使ってまたわざわざデリーまで帰った道のりをたったの17時間で結ぶという夢の列車。

時刻表の上では17:00にニューデリー駅を出発。翌日の朝10時前に到着。17時間弱のはずだったのですが…。

まず、始発のはずのニューデリーの出発時間から1時間遅れ。
 
まあ、まあ、こんなことは良くある話、全然気にしませんでした。

薄いブルーと群青色のツートンの普通の寝台車両とは違い、グレイと赤で彩られたちょっときれいな車両がプラットホームに滑り込んでくると1時間の遅れなんて一掃されて、テンションが高くなってきます。
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ラージダーニにはファーストクラス、2等寝台、3等寝台の3クラスが用意されているようですが、私は一番下の3等寝台。それでもエアコンつきで、シーツや毛布、枕、食事が提供されます。

 普通の寝台列車のSLEEPERクラスの1ランク上,3AC(エアコンつき3等寝台もしくは3段)というクラスと同等になるようです。ただし、ラージダーニでは食事がつきます。

実際走り始めると水が配られ、スープとスナック、チャイ、軽食、夕食、と、ひっきりなしに食事のサービスが。翌朝、寝台で目覚め、チャイのサービスを受け、朝食を食べ、聞き覚えのある町に到着しました。

 Gaya

観光地でもあるブッダガヤという町の近くです。バラナシからコルカタに走る途中、立ち寄る予定だった町でもあるのですが、国道には何のサインも無く、ついつい行き過ぎてしまった町でもありました。

10時前にコルカタに到着するならちょっと遅いかなと思いつつも、もともと1時間出発が遅れているのだから仕方ないかとも考えて、まあ、午前中にコルカタについてくれればいいかと気楽に考えていました。

 Danbad

ここも聞き覚えのある町でした、バラナシから走って、この町のバイパスから道が非常にきれいになっていたので、さぞや大きな町だろうと想像しつつ、結局中には入らなかった町、ここから2日半くらいでコルカタに到着したので、200から250kmくらいかなと計算しつつ、しかし到着したのはすでに10時。後3,4時間くらいだろうと思っていたのですが…。


ここからがひどい。10時についた列車はうんとも寸とも言わなくなり、10分、20分。一駅の停車時間にしては長すぎる。

30分、1時間。このあたりから何かあったなとは思ったのですが、誰も説明してくれず、車内アナウンスなんてものも無し。もともと、車内アナウンスの設備なんてものがあるのかどうかも疑わしいのですが。
 
インドの鉄道はどの駅に到着したかも、何時に出発かも知らせてくれないし、発車ベルも無いし扉も閉まらないので、いつ発車するか全然わかりません。動き出したら扉に飛び乗るのが普通のようです。

車両の外に出たらいつ発車するか気が気でないし、でも中にいても退屈だし…。

そんなこんなで、4時間くらいは我慢したのですが、もう我慢ならず、ホームの売店にチャイをのみに行ったら日本人発見。これは話しかけない手は無いなと思って話しかけてみると、「この遅れは電気会社のストで、12時間止まってるらしい」と警察が言っていたそうです。
…無理。あり得ない。

その人は友達と2人でインドを回ってたらしく、あまりに暇だった私も列車が止まってる間混ぜてもらって暇をつぶしていました。

結局7時くらいになって,ようやく動き出しました。
12時間とは行かないまでも9時間も同じ駅で泊まってたことになります。

10時に着くはずの列車がすでに夜,下手すれば夜中に着くようなペースです。

はじめはコルカタの駅から安宿の集中するサダルストリートまでフェリーを使って、歩いていこうと思っていたのですが、フェリーは夜8時ごろまで。絶対に無理なことは明らかだったので、先の2人とシェアーしてタクシーで行くことに。

しかし、ハウラー駅(コルカタにある大きな駅)手前でもまた長時間足止め。たぶんホームが開いてないとかそういう理由だと思うのですが,それにしても隣をローカル列車は行ったり着たり。

先にインドを代表するラージダーニを通せよ。

と毒づいてみてもそこはインド。どうにもなりません。彼らには彼らなりの思考回路があるのです。

 あーもう、バッカじゃないの?

と思いつつも多分たったの2kmくらいを2時間。歩いたほうが早いっつうの!!

駅に着いたときには12時を回っていました。30時間の鉄道の旅、しかも17時間のはずだったのに。13時間延長。遅れで言えば出発の1時間もあわせて14時間の遅れ。朝まで駅で過ごすという選択肢もあったのですが、結局すぐにタクシーでサダルストリートまで3人で来ました。しかし宿はことごとくフル。というより、たぶん面倒で確認もしてない。

受け入れてくれた宿のダブルの部屋に3人で寝ることになりました。問題は天井が低くて立てないこと。いつも首を傾げてなければならない窮屈な部屋。それでも500ルピー(1500円)きっと近いうちにつぶれるでしょう。

あーもう、その日は午前中に着いて、屋台でうまい飯食って、ビールで閉める予定だったのに。俺の一日どうしてくれる。
と、誰に文句を言っていいのやら。フラストレーションをぶつける場所も無く、自棄酒を飲むにも酒屋も閉まり…。夜だけ真剣に凶暴になる犬がふらふらしていて、外に出ることすら危険。

と、一日つぶれて今日。ようやく活動開始です。
昨日飲めなかった分今日飲んどきます。


今後の予定。

明々後日,20日の便で,バンコクに飛びます。

4月半ばのソンクランのお祭りにチェンマイで参加して、4月後半にはインド・デリーに帰り、自転車をピックアップして自転車再開。

パキスタン、中国、チベット、ネパールと回る予定です。
今のところ。
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by fuji_akiyuki | 2007-03-17 20:02 | インド2

ハッピーホーリー!!痛っ@デリー(インド)

インドは祭りが多くて困ってしまうのですが、多分インド最大のお祭り、ホーリーに参加しました。

3月4日、未明、3時ごろから、月食が始まりました。
月食を見たのは小学生以来。皆既月食は地球の影の中に月がすっぽりと入ってしまうことなのですが、太陽の光のうち波長の長い赤い光だけが地球の大気によって、屈折・散乱されて、月に当たるため、まったく暗くはならずに、赤みがかった暗い月を見ることができます。
 そんな不気味な月が浮かぶ夜が空け、ホーリーが始まりました。

 ホーリーはどんな意味があるのかはまったく知りませんが、みんなで、色のついた水を掛け合ったり、袋に入れてぶつけたり、とにかくインド中が色に染まるお祭りです。

 その日のために白いTシャツを買って、ホーリー色に染めてみようと思ったのですが、バラナシでのホーリーはちょっと危険、みんなが羽目をはずしすぎて、思わぬ事故につながりかねないということで、祭りの盛り上がる午前中は久美子ハウスの屋上で、隣のビルのインド人たちと色水の掛け合い。

 でも彼らの持っている水は紫色だけ。自然、わたしのTシャツも紫色。
 お昼前には落ち着いてきたので、もっとサイケデリックに染めるため、青や黄色や緑を求めて、街に繰り出してみることにしました。
 いや、でもやっぱりまずかったです。Tシャツ破ろうとしてくるやつとか、なんだか、酔っ払ってるのか、キマッてるのか、変な言いがかりをつけてくるやつとかもいて。

 一緒に出ようとしていた女の子が久美子さんに絶対だめって止められてたけど、確かに女の子は出ないほうがよかったみたいです。


 まあ、でも昼間はたいした事件も無く、ただ、色水で汚れた体で久美子ハウスに入れてもらえず、久美子さんにガンジス川で洗って来い。といわれ、男7人くらい、予期せぬガンジス川沐浴で、後は無事に今日も終わるのかなと思っていたのですが・・・


 その夜。おりしもホーリーの夜。日本人の女の子と韓国人の女の子が出発するということで、リクシャの捕まえられる交差点まで、歩いて10分くらいの距離なのですが、危ないので、みんなで送ろうということになりました。
 
 日本人、韓国人、それぞれ4,5人ずつ、交差点まで送って、2人をリクシャに乗せて、駅まで行くように頼んで、みんなで帰ってくる途中でした。

 突然前方で、乱闘が始まりました。
 前を歩いていた韓国人の子達が突然インド人と喧嘩を始めたのです。悪いのはそのインド人で、酔っ払って見境がつかなくなっていたらしく、韓国人の女の子にちょっかいを出そうとして、その女の子がそのインド人の肩を「やめてよ」って感じで押して、それに腹を立てたインド人が、その女の子を殴りました。
 そのとき女の子のピアスがどこかに飛んでいってしまったようでした。

 で、すぐ後ろを歩いていた韓国人の男の子がそのインド人を殴りつけて乱闘が始まり、ちょっと後ろを歩いていた日本人の私たちはとめに入った形になりました。

 いったん場が収まりだして、もう大丈夫だろうと思って、日本人は
「もう帰ろうよ。」
っていう雰囲気になっていたのですが、韓国人の子達は納まらないらしく、
「警察に行こう」とかそんな話をしていて、もたついていたら、また件の酔っ払いが、走ってきて、突如私がこめかみの辺りを殴られました。
 一発殴って取り押さえられていたのですが、こいつはさっきから暴れているんだから何で取り押さえておかないのか、なんで、こんなやつを野放しにしておくのかが理解できなくて、それが腹立たしかったのですが、もう今日はお祭りだし、多分どうしようもないし、どうにもなら無そうだったので、とにかくさっさとその場から立ち去ってかかわらないことが得策だと思ったので、私たち日本人は宿に帰ることにしました。

 韓国人のグループは腹に据えかねていたらしく、結局ポリス、ポリスと言って、警察に行ったようでした。

 彼らが宿に帰ってくると、
「何で君は怒らないんだ?殴られたんだろう?」
ときかれました。
「あいつは酔っ払ってたし、まともに相手にしないほうが得策だよ、警察だって今日は動かないだろう。」
 と言ったのですが、やっぱりまだしっくり来ないようでした。


 翌朝、昨日の当事者と言うことで、私と、3人ほどの韓国人があさ、9時ごろ、久美子ハウスの新館のレセプションに呼ばれました。

 レセプションにはしょんぼりと下を向いた昨日のインド人の彼と、付き添いできたらしい、近所の日本食レストランのスタッフで、英語と日本語しゃべれるインド人が来ていて、私たちに謝罪して、お願いだから警察沙汰にはしないで欲しいと謝りに来てました。

 「もういいよ。終わりにしよう。酔ってたんだろう。」
とそんな感じのことを言って、とりあえず事なかれ主義の私はその場を終わらせようとしたら、
「いいの、殴られたんだろう?」
と韓国人の子に言われました。
「俺は大丈夫だよ、お祭りで羽目をはずしただけだし、もういいじゃん。それより、君(殴られた女の子に)の耳は大丈夫? 切れたりしてない?」
 と声をかけると、
「私は大丈夫、ただピアスがどっかに行っただけ。」
 やっぱり警察沙汰にするほどのことじゃなさそうだなと思って、
「もう、終わりにしよう。お祭りだったってことで、」

 なぜかこんなやり取りで、ま、ちょっと面倒なのがいやだっただけだったのに韓国人の子達に優しいってことで気に入られてしまったらしく、その日は夕飯をおごってもらってしまいました。
 カツカレー。うまかったです。

 ま、思い出にはなったホーリーでした。

それにしても、インド。田舎は最悪。本当にホテルは宿泊拒否ばかり。旅行者のいるところはすごくすごしやすいのですが・・・
 何はともあれ、宿が無いってのはとてつもなく不安で、何度も宿泊拒否を受けていると回り全部が敵に見えてきます。
 しかも部屋が満室でないことは明らかなのにいつも満室って言われるし。心なしか、その町みんなが冷たく感じてきます。
 
 もう二度とインドは自転車で走りません。

 3月20日 タイに飛びます。
 ソンクランのお祭りに参加してまたインドに戻る予定です。
 ただいまデリー。
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by fuji_akiyuki | 2007-03-13 19:01 | インド2

デリー@デリー(インド)

今日。デリーに到着しました。

風ひいて死にそうです。
 
昨日、走り終えたときは立ち上がる事さえきつかったけど、午後から今日の朝まで寝込んだおかげでどうにか走れそうなくらい回復したので、今日は頑張ってデリーまで走ってきたのですが、やっぱり辛いので、ホーリーについて書こうと思ったのですが、この辺で。

とりあえず、今日は2本くらいにしておきます。
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by fuji_akiyuki | 2007-03-11 22:58 | インド2

NOと言えないドイツ人。クリ坊

今日はこの間チラッと出てきた巻き込まれ系、事なかれ主義のクリ坊について書きます。

彼は23歳。カトマンズからダッカに飛んできたどこにでも居る普通のパッカーでした。
 
 普通のパッカーがとまるにはちょっと高いダッカの宿でしたが、なんとも彼がバングラディッシュのビザを取る際に宿の予約が必要だということで、ちょっと高めだけど、ネットで予約のできる宿ということで、その宿に来たのだそうです。

 クリ坊としてはそこに一泊して、すぐ町の中心の安宿に移動する予定だったそうですが、そこはNOと言えない彼。宿のスタッフの青年の家に誘ってみると
「うーん、じゃ、行ってみる」
みたいな感じで、クリ坊も田舎ツアーに拉致されてしまったのでした。

 そして、翌朝、多分クリ坊の予定では宿を変えるはずの日。私とMさんとクリ坊は宿のスタッフのディボックという青年の実家に遊びに行くことになったのです。

 
 バスを降りて、ディボックの実家に向かうリクシャーを降りるとき、はじめ
「50タカ」
といっていたリクシャーの運転手に50タカを渡すと今度は
「60タカ」と言い出しました。
 そのとき、前回も書いたようにバスターミナルまで、タクシーだったり、ディボックがタクシー代もバス代もまったく交渉しようとしないことにちょっとずつ腹を立てていた私とMさんは、ひと悶着あろうが絶対に払うもんかという態度をとり、早々にその場を立ち去ろうとしたのですが、クリ坊がついてきません。
 後ろを見ると事なかれ主義のクリ坊がしぶしぶ不足の10タカを払っているところでした。

 そのころから、ああ、この人はいやと言えないんだなぁ、という印象を持ちました。

 どこもそうですが、村に行くとたいてい外人が珍しいせいか、大概、村中引き回しの刑にあって、根掘り葉掘り質問が飛んできます。
 その村でも矢継ぎ早に質問が飛んでくるのですが、もうわけのわからない質問やちょっと個人的な質問、答えるとややこしくなりそうな質問に対してはわたしとMさんはあまり取り合わないようにしていたのですが、クリ坊は一生懸命答えようとするので、質問はすべてクリ坊に集中し始め、私とMさんはクリ坊を陰で、外務省残務処理班とひそかに呼んでいました。

 村の滞在も1泊の予定だったのが、なぜか2泊になり、ダッカに帰って、夕飯を食べに行ったときもクリ坊はベジタブルカレーを頼んだのに出てきたのはどう見てもカレーとはまったく違う食べ物、しかも激辛。
しかし、彼は笑って、
「これカレーじゃないよね。しかも辛すぎて食べられない」
というだけで、起こって店に抗議したのは結局私とMさんでした。

 翌日。
 わたしとMさんはオールドダッカに遊びに行くつもりで、町に出ようとしていたのですが、クリ坊はクリ坊で郵便物を出すために大きなダンボールを抱えて、町へ、郵便局に行ったら一緒にオールドダッカでも歩こうってことになりました。
荷物が大きいためにクリ坊もちで、タクシーで行くことになりました。ラッキーです。

 ところが、その日、土曜日で、散々探した挙句郵便局は休み。大きな荷物を抱えたまま町を歩くわけにも行かず、クリ坊はほとほと困り果てていたのですが、とりあえず食事でもしようと歩いていると旅行代理店に前ANAの看板が・・・
わたしとMさんが
「あーANAがある」
なんて話をしていると何を勘違いしたのか、クリ坊、そこに日本人でも居ると思ったらしく、
「きっとここなら荷物預かってくれるよね。」
といって、いきなりその旅行代理店に駆け込む始末。

 もう絶対無理だよ。なんて思っていると案の定
「だめだめ、そんなことはしないよ。」
とにべもなく断れてしまいました。

 しかし、そのときに奥から偉そうなおじさんが出てきて、
「何かあったのか?」
 見たいに声をかけてきました。そのおじさん、大の日本贔屓らしく、日本人の私とMさんをみるなり声をかけてきたようでしたが、そのおじさんのおかげで、何とか明日まで、荷物を預かってもらう約束をしてもらいました。
 さらにそのおじさんがお勧めレストランの場所も教えてくれたのですが、よく説明がわからず、困っている私たちを見て、そのレストランのスタッフを電話で呼びつけて連れて行くように行ってくれました。

 で、レストランのスタッフについて歩いているときにダッカで働いているという日本人に呼び止められて、これから行くレストランはバカっ高いと教えられ、その日本人の勧めで、近くのローカルレストランに一緒に行くことになりました。

 このあたり、クリ坊には日本語の会話が多いため彼にとってはよくわからずことが進み、いつの間にかレストランに連行されていることになっていたようです。

 お昼の後、スーパーマーケットに連れて行ってもらい、最後に大きなショッピングモールに行くオートリクシャーを捕まえてくれて、その日本人とは別れました。

 しかし、そのオートリクシャーも怠慢で、ぜんぜんショッピングモールから遠いところで、私たちを下ろしてしまいました。
  そこで、地元の人に道を聞いたのですが、用事が済んでもしつこく話しかけてくる人だったので、私とMさんはいつもどおり適当にあしらっていたのですが、また、まともに対応してしまうクリ坊。結局ショッピングモールまでついてこられて、お金をねだられてました。

 翌日。私たちと一緒に居ることに懲りたのか、突如宿をチェックアウトすると言い出したのですが、今度は宿の支払いで、ディボックの実家に行って、泊まっていなかった2泊分も払えといわれたらしく、私たちのところに来て、
「田舎に行ってたときも同じ位するんだね。」
と、よくわけのわからない言い方で、私たちに助けを求めてきました。

 お前自分でそんなのちゃんと解決しろよー

 と思いながら私とMさんが抗議をして、何とかその分の宿代はなしにしてもらい、彼はどこぞへと消えていってしまったのでした。

 クリ坊、今どこで何してるのかな?
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by fuji_akiyuki | 2007-02-21 16:23 | インド2