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お金は他人(ひと)のために使うものだ。@デリー(インド)

このあいだ、2時間かけて書いたのに消えた記事を再現してみます。


その1

イエチェン(カシュガルから250kmほど行ったところ)をでて、一週間ほどした頃でした。

イエチェンーアリ間では少々大きく、200km続く何もない地域、アクサイチンの前では食料などの調達に大切な町、というか村、三十里営房の45kmほど手前でした。

町や村なんてほとんどない場所だったのですが、目の前を歩いている人を見かけました。ザックを背負い、バックパッカーのようななりをしています。でも、そこは歩いて旅するような場所ではありません。近づけば近づくほど、バックパッカーらしき人物。

そう、彼はそんな歩いていくような場所でないイエチェンーアリーラサ間を歩いて旅する「トホダー」だったのです。

びっくりして声をかけたのですが、彼は中国人で、英語も堪能とはいえませんでした。それでも何とか励ましてあげたくて、飴とインスタントコーヒーをあげました。そして、手元の情報から、あと15kmほど行くと道斑(道路工事用の詰め所)があることも教えてあげました。

彼は喜んでくれて、私に中国版カロリーメイトとキャンプ用のガスコンロのカートリッジまでくれました。

どう考えても、私のあげたものと、彼のくれたものは不釣合いで、私の方が楽なんだから、もっと私が色々あげるべきだったんじゃないかとそんな後悔をしながら彼と別れました。

それから45km、私は三十里営房に到着しました。そして、自転車の整備と食料調達のため、そこに2泊することにしました。

二日目の夕方、彼も三十里営房に到着、今度こそ何かしてあげようと思ったのに・・・。

彼は前日、私の教えた道班まで到着することが出来て、夜に降った雨をそこでしのぐことが出来たと喜んでくれて、夕飯とビールをしこたまご馳走してくれました。私が払うといったのに、「私が買ったほうが安いし、お金は他人のために使うものだ。今度あったときは沢山ご馳走してくれ。」と言って、彼に全部払われてしまいました。

なんか情けなかったけど、凄く嬉しくなれました。
 「お金は他人のために使うものだ。」
こんな価値観を持った人、今まで旅行してた国の人では会ったことがありません。たしかに、自分だけのために使うお金より、他人のために使ったほうが、気持ちがいいですよね。相手が喜んでくれると言うおまけもついてるし、人と仲良くなれるかもしれないし。でもそんなこと言う現地人に会ったのはこの旅行中初めてでした。胸が熱くなって中国人が好きになった瞬間でした。彼となら友達になれると思いました。

今度会ったら必ずこのお礼をしよう、出会った町で一番のご馳走をおごってあげようと決心して、彼と別れました。



その2

アリ、タルチェン、カイラスと回って、アリ-ラサ間でもっとも高いマユムラという峠を越えてすぐのところでした。

スペアのタイヤを使い切り、もうあとがないというときに自転車のタイヤが避けて、使い物にならなくなりました。3本持ってきたスペアのタイヤがことごとく不良品で、履くたびに100kmと走らないうちに駄目になって、にっちもさっちも行かなくなってた時だったのです。

その最後の一本も駄目になり、これでもう動けなくなってしまったのですが、幸運だったのはその近くにチベタンのテントがあったこと、そして、そこから5kmほど行ったところに茶館(簡易サービスエリアのようなところ)があり、そこのおばさんがとてもいい人だったことでした。

チベタンのテントからおじさんが出てきて、その日は彼の家に泊めてもらいました。彼いわく
 「近くに茶館があるから明日そこまでいこう、そこで車を捕まえるといいよ。」
そういって、その夜、ふるまってくれたバター茶とヨーグルトの味は格別でした。

翌日、彼は私を茶館まで連れて行ってくれました。

その茶館のおばさんがいい人で、事情を知ると、ココに泊まって行っていいよと、宿を提供してくれて、食事も毎回用意してくれました。おばさんと言うよりおばあさんと言った方がきっと合ってるだろう老体にもかかわらず毎朝元気に働いて、茶館に立ち寄るドライバーには私のことを説明してくれて、一生懸命車を見つけける手伝いをしてくれました。

夕方になって、今日も駄目だったと落ち込んでいる時には必ず
 「今日はココに泊まっていけばいい。明日はきっと見つかるよ。私に任せておきな。」
と言って(きっとそういっているであろう身振り手振り中国語で)、私を毎日励ましてくれました。

茶館に立ち寄る車と、そうでない車もあって、そうでない車の方がどちらかと言うと多いので、私は毎日茶館の近くで、道路わきに立ってヒッチハイクを試みていました。

しかし、突然の雨で茶館に避難なんかもあって、茶館を出たり入ったりしていたのですが、茶館に入るたびにおばさんはバター茶をひっきりなしに注いでくれて、車の見つかる3日間の間に100杯くらいバター茶を頂きました。

早く車を見つけて出たい出たいと思っていた茶館ですが、いざ車が見つかって茶館を離れることになると寂しくてしょうがなかったです。

ただ、幸運だったのは見つかった車が夕方で、茶館で一泊して、翌朝出発だったために、一晩残されたことでした。

何か気の効いたお礼がしたかったのですが、何も持ってないし、何も買えないところだったし、言葉も良く通じなくて、感謝の言葉も述べることが出来ないので、何も出来ない自分がもどかしく、いらだったのですが、お金を渡すと言うのはちょっと抵抗があったし、きっとおばさんは受け取ってくれないだろうし、受け取ってくれないでいてほしかったのもあったのですが、でも結局お金を渡すしか考え付かずに、日本語で、感謝の気持ちを込めた手紙をしたためて封筒に入れ、お金も同封して、枕の下に忍ばせて置きました。

もし誰か中国語かチベット語に堪能の方がいましたら、お立ち寄りの際にはぜひ訳して聞かせてあげてください。

でも本当に、3日間面倒を見ていただいて、感謝してます。
チベタンの人が好きになった瞬間でした。


その3
 
私を乗せてくれて、サガまで運んでくれたのはツアーの途中のチベタンスタッフでした。彼らは1人のイギリス人のお客さんをランクル1台とトラック1台でガイドしていました。

最初はもっと大きなグループだったそうですが、コースの違いにより、色々分かれて、今彼らが世話しているのは1人だけになってしまったと言う感じでした。

ランクルにガイドとドライバー、トラックにたぶんコックとドライバー、そして、イギリス人のお客さんがランクルに乗っている。と言う構成でした。

このスタッフの人たちがいい人たちで、最高のホスピタリティーで全然お金も取らずに私をもてなしてくれました。

彼らと茶館を出て、お昼を草原で取っている時のことでした。

お昼はスタッフの人が早起きして作ったお弁当だったのですが、お昼を食べている時、近くでエンコした車がありました。スタッフの人たちはまず、イギリス人のお客さんと、お金を一銭も払わない私にお昼を用意すると、自分たちのお昼は二の次にして、まず、エンコした車を助けに行きました。車を修理して、その車が去るとゆっくりとお昼を取り始めましたが、ごみは一切ポイ捨てせずにすべてビニール袋に入れて持ち帰りました。

その後も見てると彼らは全くごみのポイ捨てをしませんでした。そしてサガまで無事に送り届けて、私に安宿の場所まで教えてくれました。

教えられた宿に泊まっていると夜中にスタッフの一人が尋ねてきてくれました。振動のせいで、自転車の荷物から、空気入れが抜け落ちてしまったようで、それを見つけてわざわざ届けてきてくれたのです。

本当にいい人たちでした。このほかにもチベットではいろんな人から善処を受けたり、いい思い出が一杯出来ました。チベット、綺麗だし、人も良くて、本当にいってよかったと思っています。


ああ、それに比べてインド人は・・・触れるたびに嫌いになっていきます。
ようやくデリー到着です。4度目?バスでは散々な目にあいました。もうインドいやです。
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by fuji_akiyuki | 2007-09-28 00:20 | ネパール