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ダルエスサラームに戻ってきました。@ダルエスサラーム(タンザニア)

ラマダンに悩まされて3日間をザンジバル島で過して昨日逃げるようにザンジバル島から脱出しました。
夜の船に乗って今日の朝ダルエスサラームに到着しました。もともとザンジバル島は10月30日までに脱出する予定だったのですが。10月30日に選挙があってアフリカはいつもそうなのですが、選挙があるたびに暴動が懸念されるので、大概は選挙のある国からは逃げ出すように大使館などから勧められます。今回はザンジバル島で暴動が予想されるということなので、大使館ではザンジバルには行かないように勧められたのですが選挙前に帰ってくるならまあ大丈夫だろうということでした。
で、行ってみたところラマダンに苦しめられて、飯を食わないから頭は働かないし、観光しようという意欲もわいてこないし、なんとなく寝ていることが多くて、結局ダイビングをしてひとつツアーに参加しただけで帰ってきました。
しかし、やはり湖よりは海のほうがいろんないきものがみれておもしろかったです。やたらにとげの長いうにとか、とげとげのたくさんあるヒトデとか、毒々しい色のイソギンチャクとか、得体のしれないぶよぶよした物体とか。ただ触っていいのかいけないのか判らないので今度はツンツンできる棒でももっていこうかと考えています。

帰ってきてもダルエスサラームはまだ大停電中で宿も電気がきません。日本のODAが建てた発電所が故障したとかで部品を日本から取り寄せないと電気は返らないとかなんとか・・・
アフリカじゃでかい町なのに、なんかとてつもなくもろい部分を見せ付けられたような気がしてなりません。
選挙はあさってなのでどうなるかちょっと楽しみです。
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by fuji_akiyuki | 2005-10-28 16:46 | マラウィ

目が開かない?@ザンジバル島(タンザニア)

今はダルエスサラームから船で4時間ほど来た、インド洋に浮かぶ島、ザンジバル島に来ています。ここはイスラム色の強い町で、モロッコやチュニジア、アルジェリアで見たまったく秩序のない、積み木をバケツに入れて揺さぶってそのバケツを逆さに伏せてバケツを外したような町のつくりをしています。地面に残った積み木が建物です。道を作ろうという意図がなく、建物と建物の隙間を道として利用しているといった感じです。
太い道も30mと行かないうちにやっと人一人が通れる小さな路地に変わってしまう。そうかと思うとそんな路地が突然開けた広場に出てきたりと、すべての道を知り尽くすには毎日へとへとになる位歩いても一月くらいはかかりそうな町です。

 しかし、今当面の問題はラマダンです。そう、イスラム教といえば酒と豚はだめ。女の人は目だけ出して黒ずくめ。そして断食月。ラマダンです。
 宗教は個人の問題で誰が何を信仰して、その戒律に従って敬謙に生活することに他人がまったく持って文句を言う筋合いのものではないことは十分わかっていますし、そうすべきであることは良くわかっているのですが、理性と食欲がうまく意見を一致させられないでいます。

 イスラム教でも病人や旅行者はラマダンは免除されていると聞きます。しかし、実際には町に食べ物が売ってないので病人も旅行者も昼間は食べることができないのです。レストランくらいは外人向けに店を開けているだろうと思ったのですが、これも飛びっきり高級などう逆立ちしても手の届きそうにないレストランを除いてはやはり昼間は閉店です。
 そうなってくると理性ではここはイスラムの町だし、彼らの生活習慣を尊重しなければならないし、すきっ腹を抱えて一日我慢している人々の前で私達旅行者だけが食べ物をパクつくのは良くないことはわかっているのですが、空腹は人をイラつかせるもので、イスラム教でもない私がすきっ腹を抱えて昼過ぎにもなるとだんだん腹が立ってきます。
”俺は旅行者だし、イスラム教でも何でもないんだし、何でお前達に合わせて俺までひもじい思いをしなければならないんだ。何か食わせろ。”しかしこれは回りもひもじい思いをしてイラついているはずだから声に出していおうものなら大喧嘩になるか袋叩きに会うのが関の山で…
 何とか夕方までこらえて皆が食べだしたころ、もっと腹の立つ現象が始まったのです。つまり、地元の人はどこに行けば何が食べられるか知っているので、そこに集まってわいわいやりながら食べ始めるのですが、よそ者の私はどこに行って何を食べればよいのかわからない。屋台は暗いから何があるのかも見えないし、第一どう注文すればよいのかもわからない。そうこうしているうちに人気のある物はなべの中が空っぽになり、一日の断食は終わったはずなのにくいっぱぐれを喰らう羽目になります。
 結局おとといも昨日も口に入ったのはさめたジャガイモの煮物だけでした。後はスナックのようなもので過ごしたのですが、その中でザンジバルのピザと言って売っていた、いや、日本人の私に言わせてもらえば、これはもうお好み焼きそのものなのですが、このピザはアフリカのローカル食では上から5番目までには入るであろうという代物で、これだけは食べられて良かったと感じました。
 とにかく、言葉も土地勘もない旅行者にはあまりにも酷なラマダンで、これはタンザニア本国に帰ればなくなるのですが、こんなラマダンにまともなイスラム国の中で引っかかったら絶対に走れないなと思った2日間でした。

 イリンガという町ではウランジと呼ばれる竹の子のお酒を飲むことができました。ボトルに入ってラベルもあったのでラベルを取ろうと試みたのですが、これがなかなかの曲者で、しっかり貼り付けされている上、紙が弱く、ボトルがすっぽり入る入れ物を持っていって水につけておいてもなかなか取れず、取れても髪が破れるなどして、悪戦苦闘の末、4本立て続けに飲んでやっとラベルをはがすのに成功して、ヘベレケになってどうやって宿まで帰ったか良く覚えてません。寝ゲロはしていなかったようですが…

 ダルエスサラームは今大停電の真っ最中で、なんでも日本のODAが作った発電所が壊れたとか言うことで直すには日本から部品を持ってこなければならないとか何とか、2週間は続くという話なので、1ヶ月くらい、少なくとも3週間は停電のままのようです。あんなに大都市なのに信じられない話です。まあ。アフリカですから。ザンジバル島は電気は独立してるそうなので大丈夫です。昨日の夜は停電でしたけど。

 余談ですが、今、右目がうまく開きません。開くことは開くのですが、いつも抵抗を感じます。何か瞼に糊でもくっついているよう一部が張り付いているような感覚があるのです。おかしいな、と、今朝鏡を見て観察してみると上の睫毛と下の睫毛が絡まっているのです。上の睫毛も下の睫毛もすべて先のほうが釣り針のように曲がっていて、瞬きをするたびにその上の睫毛と下の睫毛の釣り針が絡まりあって上下の瞼が睫毛2本分の長さより離れるのを妨げているのです。どうしてそうなったかわからないのですが、綺麗に右目の睫毛だけ、それも上下の睫毛の毛先が軽くカールしてしまったのです。左は何の異常もないのですが・・・右目を枕に押し付けて寝る癖でもあるのでしょうか。解決策は簡単で、切ればいいのですが、そっちのほうが弊害がありそうでなかなか思い切ることができないでいます。

 これも珍病奇病のひとつでしょうか?珍病奇病年鑑でも作ってみようかと思ってます。
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by fuji_akiyuki | 2005-10-26 15:58 | マラウィ

近況報告by管理人

現在、藤はタンザニアの首都ダルエスサラームに到着したようですが、大停電中でまともにメールが書けないとのことです。あと、私が18日に新宿郵便局から送った荷物が届いたとのことでした。書くこともないですし、世界一周を考えている方もいるかもしれませんので、一応送ったものを書き留めておきます。

エアライズというテントのポール
MSRという火器のポンプと補修用Oリング
自転車のブレーキレバーとアウターキャップ
チェーンリング(シマノ・アルテグラ:アウター・センター・インナー)
100円ショップのトランクス
国旗シール
国際小包代 8800円

テントのポールを送るのは2回目です。前回は走行中に落としたからなのですが、今回は壊れたとのことです。ということで、今回はちょっと高いけどより丈夫なのにしました。

火器のポンプとOリングは、これは消耗品なのでしょうがないです。送れば直る問題なので、今後も何度か送ることになるでしょう。

ブレーキレバー類については、本当はブレーキレバーのゴムが壊れたとのことです。確かにゴムは劣化してしまうので、壊れることがあります。レバー全体を送ったのは、ゴムだけでなかなか売っていなかったのでレバー全体を買い、ばらすのがめんどうだったのでそのまま送っただけです。

チェーンリングも2回目です。これも走ることにより磨耗していくので交換が必要です。さらに砂漠などを走るとより磨耗が激しそうな気がします。

トランクスはなぜか100円ショップ限定で指示されたので、100円のものです。水着として使うようです。アフリカはブリーフだらけでトランクスは売ってないそうです。

国旗シールというのは、藤が作ってくれというので、アフリカ~インドまでの各国の国旗のシール(横幅3cm)を作りました。一応耐水性のはず。


経験的に郵便局の国際小包が宅配便よりも圧倒的に安い気がします。今までもモロッコやベナンなどに荷物(自転車を含む)を送ってきましたが、国内の宅配便に比べても距離を考えたら安い気がします。

問題は関税対策です。今回もトランクス以外は中古ということにして、トータル1500円くらいとして書きました。上記のリンクしているものの値段は…?

もう一つの問題は、宛先です。基本的に旅行者には住所がないので、この問題が一番大きいと思います。高級ホテルに宿泊すればわかりませんが、予約もしないような安ホテルだと受け取ってくれるとは思えませんし、信用できません。これは、各地の日本人の方に事前に連絡をとることで解決してきました。できるだけ迷惑をかけないようにとは思っているのですが…。今まで助けていただいた方、どうもありがとうございました。
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by fuji_akiyuki | 2005-10-23 21:42 | 日記

脳みそが鼻から出てくる!?@イリンガ(タンザニア)

昨日イリンガという町に着きました。

ムベヤからここまで約340kmほどなのですが、なんと8日もかかってしまいました。
実はムベヤを出て2日目のマカンバコという町で体調を崩して4日間も寝込んでいました。

ムベヤを出てその日から少し熱っぽいなと思いつつまあ大丈夫だろうとあまり気にもせず走り始めたのですが、その日の夜疲れたのか熱っぽくだるかったのでゆっくり寝ることにしました。

2日目、朝はまたちょっと調子が良くなっていたのでまた走ってしまうとその日は向かい風でほとんど1日中上り、マカンバコに着いたときには憔悴しきって熱も出て、これはいかんと思い調子が悪ければ明日は1日休む覚悟でゆっくり寝ることにしました。

マカンバコに着いたその日は疲れと熱の方が気になって気づかなかったのですが、次の日の朝、起きてもやはりまだだるいので今日はここで1日休もうと思って寝ているとどうも歯が痛むことに気づきました。
左の上の奥歯、…歯というより歯の上、歯ぐき??頬?が痛む。
よく探ってみると左の鼻外側から頬にかけてと左目の奥が痛むのです????
いったい何が起こっているのだろう????

そして鼻をかむと左の鼻の穴からタイのイエローカレーのような見たこともない真黄色な鼻水が・・・。
「ああきっと脳みそが融けて出てきてるんだ!もう死ぬのかな?」
そんなわけあるはずもないのに気分が滅入ってる時は考えが悪い方に悪い方に行くもので死の宣告を受けた患者のように凹んでいるところにホテルのスタッフがいきなりドアーを叩いてきました。

ドンドンドン
「 =+? #$%&$^$ R%#**( %)(_{)%$# 」
何言ってるかわかんないよ、チェックアウト?
…9時前、チェックアウトにしては早すぎるし。

ドンドンドン
「%*%$#m #Y%&*I^$ #%YG^I&&%?? 」
ここは全くといっていいほど英語が通じないのです。そして私にはスワヒリ語は通じないのです。

「I don't understand you! What do you want?」
「@^$%@ ^#$@#$%$ %$^@$$@^*$??」
う~ん会話にならない。無視!!

しばらくして諦めたのかスタッフはどこかに行ってしまったようですが、その間も黄色い鼻水は止まりません。病院に行ったって英語ですらこんな症状説明できないし、ましてやスワヒリ語では、と思っているとどこからか英語のできる人を連れてきたらしく
「部屋を掃除したいから出て欲しい」
という内容のことを言われました。
まだ9時前だよ?そうも思ったのですが喧嘩する気もなかったので
「今日は体調が悪い、1日寝てたいからほっといてくれ宿代は後で払いに行くよ。」
という内容のことを伝えると引き取って行ってくれました。

それからはこのわけのわからない病気との闘いで、毎日大量の鼻水が出て1日にトイレットロールが1本なくなる始末。左顔面の痛みはだんだん和らいではいるものの、鼻の横だけやけに痛みが増してきます。


寝込んで3日目の朝、先の英語をしゃべれるスタッフが病院が近くにあるから行ってはどうだと誘ってくれたのですが、アフリカの病院はなかなか信用できず、バマコの時のように大して診察もせずに処方箋だけ持たされて追い出された例もあるし、ガーナでもわけのわからない血液検査をされているし、様子を見てなるべく病院には行かない方針で彼の提案を丁重にお断りしました。それでも気遣ってくれたのはありがたかったです。

とにかくマカンバコ5日目、鼻の横が痛むのは鼻のかみすぎだということが判明しました。何で黄色い鼻水が出るのかはわかりませんが、とにかくあまり鼻をかまなければあまり痛まないことがわかり、それからはなるべく鼻をかまず、かと言って啜らず(啜るとバマコの二の舞になるので)どうしても鼻をかみたい時はやさしくかむように努めているとその日の午後にはかなり痛みもなくなり、マカンバコ5泊でようやく走れるようになり、やっとここイリンガに到着したしだいです。

マカンバコには5泊中4日間はほとんど寝て過ごしました。マカンバコには冷たいビールもなく、なぜか冷蔵庫があってもコーラは冷やしてもビールは冷やさないというちょっとわけのわからない町、何の楽しみもなく、特に食事が単調でどんどん食欲を失っていくのが辛かったです。

ここイリンガは大通りから外れること3kmずっと登るのですが、着いてみると結構大きな町で、実は気に入ってます。またここには筍ビールがあるということなのですが、探してみようと思います。

それにしても病気はもうこりごりです。それも病名もわからないような珍病奇病にばかりかかるのは何故でしょう??

とにかく生きています。

昨日は、朝、私を抜かした大型2両連結のトラックが、30kmほど行ったところで道を塞ぐように派手に横転してました。でも私はとりあえず生きてます。
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by fuji_akiyuki | 2005-10-14 16:39 | マラウィ

タンザニア入国@ムベヤ(タンザニア)

なんとかタンザニアにもぐりこむことができました。
昨日は大地溝帯を登り、標高1800mのムベヤという町に着きました。
タンザニアは本当に英語が通じないのでスワヒリ語を勉強しなければならなそうです。昨日はハチの大群に追いかけられ、頭が赤く、胸・腹が黒い変な虫に追いかけられて散々でした。それもこの得体の知れない黒虫はなぜか2匹でくっついて飛んでくるので一見とても奇妙に見えるので怖くて仕方なかったのです。どうも交尾をしながら飛んでいるようです。

マラウイのリロングウェを出てからマクレアー岬というところで二週間も滞在していました。ダイビングのコースをとっていたのです。結局レスキューコースまで取って、ずぶの素人が人を助けるまでになってマクレアー岬を出て、マワウィ湖を北上し、今に至ります。
タンザニアでは銀行からお金を引き出すことができなくて、結局今日は残り少なくなった米ドルを両替するはめになってしまってちょっと現金が少なくなり、心細くなっているしだいです。
ダルエスサラームに行けば引き出せるそうなので、早いとこダルエスサラームに向かいたいところです。 タンザニアはマラウイに比べて物価も安く、食事が1米ドルを切るのが助かります。マラウイも宿代が安かったのでかなり助かったのですが、タンザニアはそれに輪をかけて食事まで安いので助かっています。タンザニアもマラウイも米がおいしいので食事は楽しみです。タンザニアにはウガリというトウモロコシの粉を水でこねて蒸したような食べ物がありますが、これはアフリカの大抵の国にあり、呼び方がそれぞれ違うようです。マラウイ、ザンビアではこれをシマと呼んでいたのですが、やはり日本人の私としては米がおいしいです。
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by fuji_akiyuki | 2005-10-04 19:31 | マラウィ