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スイス?@カバレ(ウガンダ)

やっとルワンダを抜けてウガンダに入ることができました。今はアフリカのスイスと呼ばれる町、カバレというところに来ています。

うーん、アフリカのスイス?私はスイスには行ったことはありませんが、どこのおたんこなすがそんなことを言い始めたのだろうか、と思ってしまうほどスイスとは程遠いところです。それともスイスってこんなもの?

それでも標高は高いようでここでも2000m近くあるそうです。しかし、本当に何もない田舎町です。ここで新年を迎えることになりそうです。
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思った以上に食べ物が高くてちょっとびっくりしているところです。特にビールが高い、500mlで約1ドルもします。ブルンジやルワンダでも80円ほどで720mlも飲めたのに。

今考えると、ブルンジやルワンダの方が食べ物はおいしかったです。この2国はどちらかというと西アフリカに近く、味もなかなか深くてメニューも東に比べると豊富な気がします。

特にルワンダにはビュッフェがあって1ドルくらいで一皿盛り放題でいくらでも食べられたのは良かったです。

今度はバナナ地獄です。なぜか何頼んでもバナナがついてきます。バナナは焼くとほんのり酸っぱくなるのでなんかちょっと腐りかけのものを食べているような感じであまり好きになれないのですが、できるだけご飯を食べるように努力しているところです。

この町にはなぜかメニューにカレーが多いので試してみようと思っています。ただしここはアフリカ。メニューにあるからといってあるとは限りません。メニューのだいたい3分の2はないところなので期待していませんが。

この辺りで大地溝帯の西地溝帯と呼ばれる部分が終わります。もうたっぷり大地溝帯を満喫させてもらいました。結局はただの山でしたが。

それでも谷になっているなと感じることができたのはブジュンブラでした。タンガニーカ湖の両側に規模が大きくて霞んで見える程度でしたが山脈があり、ああ、谷の間にいるんだなと実感することができました。あとは本当に山だらけ、ずっと苦しませていただきました。

だいたい川に沿っているのになぜ峠だらけなのか理解に苦しみます。でもこれがアフリカだということは最近なんとなくわかってきてはいるのですが。

今度はケニヤのナイロビ手前から東地溝帯が始まります。人類がエチオピアで誕生したとすれば、この東地溝帯こそ人類の海の親ということになるのでしょうか。しかしまたただの山でしかないような気もしますが。
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とにかく良いお年を。
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by fuji_akiyuki | 2005-12-29 17:53 | ウガンダ

Joyeux Noel!! (Noël)@キガリ(ルワンダ)

1日遅れですが、メリークリスマス。フランス語ではJoyeux Noelといいます。
昨日25日に首都のキガリに着いたのですが、昨日はどこも休みでインターネットにアクセスできませんでした。というわけで1日遅れです。
(画像は管理人が勝手に挿入しており、本文と全く関係ありません)

最悪です。この国、ルワンダ。
何が最悪って人が悪すぎます。
自転車で走っていると子供たちや自転車に乗った大人たちが後ろから追いかけてきます。これはブルンジでも同じでした。これだけでもうざったくていやだったのですが、ブルンジを走っているうちにこれに関してはだんだんなれることができるようになってきたのですが、ルワンダに入ったとたんからこれが違ってきました。

 ブルンジの人間はただ本当に興味本位で、好奇心で私を追いかけてきました。はじめはちょっと怖かったし、慣れてきてもいい気持ちはしませんでしたが、まあ、無害であることがわかるとほうっておけばいいのだという気持ちになってブルンジを抜けるころにはそれほど気にもならなくなっていたのですが、ルワンダ人は追いかけながら
 「donne moi d'argent,donne moi d'argent,」
と繰り返し繰り返し叫んできます。これはフランス語で「お金をくれ。」という意味です。

 ブルンジではこうやってお金をねだられることは一日に数回しかありませんでした。それがここルワンダでは毎日毎日何度も何度もこれを耳元で繰り返しながら追いかけられます。
 こんなこと言われながら走っていると何もなくても何かとられるんじゃないかと気が気でありません。
 お金をくれと叫ぶだけでなく、私の自転車の後ろに積んである荷物を引っ張ったり、盗ろうとしているのか触ってくる人間もいます。

 そして、ルワンダ2日目、盗られてはいなかったのですが、後ろにサンダルをゴムのストラップでくっつけていたのですが、そのストラップがはずされているのに気づきました。その日も何度か荷物を引っ張ったり触ったりしているのがいるなとは思っていたのですが、確信しました。ここは泥棒の国です。

 それからはもうこの国では人を見たら泥棒と思うことにしました。いや、やっぱり人とは思えません。追い払っても追い払ってもついてきて、スキあらば何かを盗ろうとしている、ハエとか、蚊並みにうざったくてどうしても私は彼らを人間としては見ることができません。

 この間、何人かの子供たちがやっぱりいつものごとく上り坂で追いかけてきたのですが、追い払うと彼らはさらに面白がってついてきちゃいます。もうどうしようもありません。人の嫌がることをいつまでたってもやめようとしません。だから無視するのが一番なのですが、この悪がきどもは私が自転車に乗っていると何もできないと思って自転車を引っ張ったりといたずらを始めたので、これは何とか追い払わなければと思い
 「ついてくるな」 と何度か言ったのですが、もちろん逆効果。
そこで、今度は自転車を止めて振り返って睨むと、ガキどもはサッと逃げてある程度の距離を置いて、あろうことか、今まで自分がやっていたことには悪びれることもなく、ずうずうしくもあの乞食がよくやる惨めったらしい表情をして、
 「おなかがすいている、何かくれ」
 というジェスチャーをしながら「donne moi d'argent」
といってきたのです。このときはさすがにこのガキの顔には虫唾が走りました。白々しくもよくもそんなことがいえたものだ。怒り心頭、そしてあまりの不気味さに身の毛もよだつ思いでした。
 もう私には彼らを人間としては見ることができない。 そう思いました。
 このガキ本当にこんな状態でお金がもらえると思っているのだろうか?そう思って100フラン札を出して差し出してみました。
 もし盗りに来るようならとっ捕まえてしばらく小突き回してやろうか、と思っていたのですが、それはあちらもわかっているようで何とか金だけ取って逃げようと思っているようで必要以上には近づかないようにしていました。またその小ざかしい態度が腹が立って仕方ありません。
 サル以下です。

 こうしてこの国を走っていると黒人を人間としてみることができなくなってきます。こんな状態になったのは西アフリカ以来ですが、ルワンダはさらに悪い状態になっています。
 自分自身が少し神経質になりすぎているところもあるかもしれません、被害妄想もあるのかもしれませんが、彼らの目からはどうしても何か盗ろうとしてる意思を感じてしまいます。ついて来る人も私ではなく荷物のほうに視線を送っています。

 アフリカには黒人以外を呼ぶ言葉があります。これは場所によっていろいろですが、このあたりやスワヒリ語権では「ムズング」といいます。
 
 私も走っていると「ムズング、ムズング」とよく呼ばれます。
「ムズングだ、ムズングがきたぞ。ムズングが自転車で走ってる。お金くれ!!何かくれ!」
「ついて行こうぜ。ムズング、お金くれ!」
多分こんな様なことを話しながら集団でついて来ます。

 こんなこと同じ黒人の大人には決していわない言葉です。失礼にもほどがあります。
 つまり彼らの中にはムズングは何かくれる。お金をくれるもの。そして、ムズングにはどんなに失礼なことをしてもいい。そう思っているとしか思えません。
 この考えは乞食から大統領まで変わってないように思います。アフリカの場合、国の大統領だって何かしようというとき、「じゃあどこの国に援助してもらう」ということを考えるようです。
ムズングは何かくれる。何かしてくれる。そして、ムズングには何をしても許される。
 彼らは肌の色の違いでわれわれを、白人も東洋人も一色単にしてムズングとして人種差別をしているのです。この態度を見ていると彼らが白人から差別されたのもよく納得がいくし、白人からの差別の場合は決して肌の色の違いによるものではないということも納得の行く話しです。

 彼ら黒人が白人に対してムズングムズングとえもいわれぬような失礼な態度をとります。誰しもがそんな黒人とは対等に付き合えるはずがありません。人種差別を始めたのはもしかしたら黒人たちのほうからだったのではないかとかんぐるようになってしまいました。

 まあ、ルワンダが今そんな時期にあるのかもしれません。国際協力や援助が入って、白人がものやお金をルワンダにわんさか落として行き、甘い汁を吸ったルワンダ人は白人と見るや何かもらおう。と思ってしまうのかもしれません。

 ブルンジはまだそこまで白人がいないのでただ本当に興味本位で私の後をついてきただけだったのかもしれません。ブルンジももう少し治安がよくなって旅行者が多くなるとルワンダのようになるのかもしれません。協力や援助は現地の人をスポイルしてしまう一面もあるようです。

この国のようにお金をねだる国で、ひどかったのはマラウイ、レソト、カメルーン、ガーナ、セネガル。といったところでしょうか、少し治安が安定して援助や協力が入って白人の多い国ばかりです。でもルワンダのように追いかけてきて荷物をとろうとしてくる国はありませんでした。

 もうこの国にいるのもいやだし、この国にお金を落として行くのも癪に障るので、あす、キガリを出てウガンダに向かいます。
 まあ、キガリは白人もいるようで、私が歩いても大きな混乱はないし、それほど居心地が悪いわけでもないのですが、目明千人盲千人。白人もあなたたちと同じ人間ですよ。とわかっている人もいれば、まったく理解できない大ばか者もいます。そして私を追いかけてくるやからはその大ばか者が大半だからルワンダがいやになるということはわかりました。
 田舎にも目明きはいるはずですが、近づいてくるのは盲ばかりということでしょうか。

 とにかく早めにこの国は出ます。

 ところで、来る1月1日元旦にまたラジオ出演する可能性があります。NHK第1ラジオの’地球ラジオ’という番組で、たぶん午後6時頃からの「旅でござんす」というコーナーです。
 元旦から暇な方はお聞きください。 
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by fuji_akiyuki | 2005-12-26 18:54 | ルワンダ

70と90@ブルンジ国境付近の町(ルワンダ)

今日ブルンジを出てルワンダに入国しました。まだ国境に程近い小さな町ですが、インターネットカフェがあってビックリです。さすがに日本語を読むのは無理でした。

ブジュンブラから登るのが嫌でこちらの道に来たのに、今日はすさまじい登りで、それも未舗装だったので思いがけず大変な思いをしました。途中で中国人に拾ってもらって登りの3分の1程は助けてもらいました。それでも大変な1日でした。

ルワンダのビザは月曜日に出ることは出たのですが、5時前に行って結局出たのは6時頃でした。どうもパスポートを探しているようだったのでもう少しで無くされるところだったようです。

ブジュンブラからルワンダ国境まで川沿いで平坦なはずなのに誰に聞いても山の方に案内されました。ルワンダ国境を越えたところがブガラマという町で私はブガラマに行きたいと聞いて回ったのですが、どうもルワンダ側の町のはずなのに通りがいいなと思ったら、実はブガラマという地名がブルンジの山の上にもあるらしく、みんな口を揃えて自信たっぷりにあっちだと言って案内するので朝から明後日の方向に6km程山を登ってしまいました。

いつかこんなことが起こるんじゃないかと思っていたのですが、今回は見事にやられました。

ブルンジに比べてルワンダの方が多少栄えているようです。

ところでここ最近気づいたのですが、フランス語で70はsoixante-dix、90はquatre-vingt-dixといいます。soixanteは60を表して、dixは10を表すので、フランス語には直接70という単語がなく、70は60+10という言い方をします。また、quatreは4、vingtは20で、quatre vingtで20が4つ、つまり80を表し、quatre-vingt-dixでその80+10で90を意味するので、やはり直接言い表す単語がありません。ところがブルンジには、なぜか70と90があったのです。70はseptante、90はnonanteと言っていました。

ブルンジでは「R」の発音がしっかりしていたのでちょっとビックリしましたが、オリジナルのフランス語にない70と90ができているのにも驚きました。でも、無い方がおかしいですよね。このせいでなかなか数字を覚えることができなかった覚えがあります。

アフリカ仕込みのフランス語を覚えて帰れそうです。帰る頃には忘れている?
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by fuji_akiyuki | 2005-12-22 00:47 | ルワンダ

バットマン@ブジュンブラ(ブルンジ)

ここブジュンブラには小さい割りにちょっとご機嫌な映画館があります。一昨日と昨日行ってきました。2本立てでたったの100円くらいなのでとても嬉しいです。一昨日は午後2時から4時まで1本(タイトルはわかりませんでした)見て、2本目は007 「World is not enough」だったのですが、これを見ると暗くなってしまうからと思って帰ってしまったのですが、午後6時は日は落ちているけどまだまだ明るい時間だったので悔しい思いをしました。

そこで昨日リベンジということで行ってみると、一昨日とは違う映画を上映していました。

1本目は「バットマン ビギンズ」フランス語なのでバットマンが出てくるまで何の映画を見てるかわかりませんでした。それに誰が悪者で誰がバットマンの味方なのかもよくわかりませんでしたが、結局楽しめました。

昨日から上映開始で、昨日は日曜日だったので映画館は満員でした。そして問題は2本目でした。

今日は2本目も見るぞと思っていたのですが…
最初に画面に出てきたキャストの名前は…
  ジェット・リー
やばい、帰ろうかな!?
アフリカではカンフー映画がものすごく人気があります。そして私はいつもジャッキー・チェンかブルース・リーかジェット・リーにさせられてしまうのです。

ただでさえあの調子なのにここであろうことかジェット・リーのカンフー映画なんてこの人たちと見たらどんなことになるかわかったものではない。三十六計逃ぐるに如かず。ここは早々と立ち去るのが最善策か?

と思っていると次に出てきた名前は…
リュック・ベッソン

リュック・ベッソンってあのTaxiとかパルプフィクションの?それならただのカンフー映画ではなさそうだな。それに見ていかないともったいないし、と思って頑張って見ていくことにしました。

映画は「UNLEASHED」だったかな。知らない単語でしたが、話は単純で流暢なフランス語で見せられても内容はつかめたのですが、まあつまりセリフが全くわからなくてもOKな映画ということです。私のフランス語の理解力なんてそんなものです。
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しかし、さすがアフリカ人ジェットリーがアクションを始めると喜ぶ喜ぶ。騒ぐははしゃぐははもう大変。話の内容からしてジェットリー扮するダニーという青年が戦うべきではないところもあるのですが、ここで我を忘れて戦ってしまうダニーにも観客一同大はしゃぎ。やっぱり帰り道で飛び蹴りでも喰らわせてくる輩がいるんじゃないかと心配になりました。

終わってみるとそれも杞憂に終わってくれたので良かったですが。

今日は朝ルワンダ大使館に行ってきました。ビザはできていませんでした。一応今日の5時に来いと言われましたがかなり怪しいです。明日出発できるかどうか疑問です。

出発できなかったらまた映画でも見に行こうと思っています。
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by fuji_akiyuki | 2005-12-19 18:38 | ブルンジ

グッピー並みの公衆道徳@ブジュンブラ(ブルンジ)

朝5時…ドンドンドン!!!
またかよと思ったら今日来たのは警察でした。

なぜかアフリカで宿をとると3日に1回は夜中にドアを叩かれて起こされたり、ひどいときはいきなり開けようとしてきます。

トイレのドアは必ずノックなしに開けようとしてくるし、現地人はロックせずにトイレに入るからいつもどうしてるんだろうと不思議に思います。毎回開けてからごめんっていうのでしょうか?

たいがい無視していればいいのですが、今日は違ったのです。

朝5時はまだ暗いのでドアを叩かれた時はまだ何時かわかりませんでしたが、いつまでもしつこく叩くので、

「うるさい!!静かにしろ」

と英語で叫んでも全く通じないようでいつまでもドアを叩き続けます。

話も通じないし、こんな夜中だか朝早くにドアをしつこく叩くバカな非常識な奴など一生無視だと思って全く相手にしないでいると、ついに
「警察だ」
と名乗ってきました。それを聞いてもっと頭にきて何だこの国では警察ですらグッピー並みの公衆道徳しか持ち合わせていないのか!?

何でグッピーなのかわかりませんが、この間読んだ洋物の小説にそう書いてありました。「検死官」という本で読んだのは日本語訳のものですが、英語ではそういうのでしょうか?それともその小説だけの表現だったのかわかりませんが、ちょっと気に入ったので使ってみました。

とにかく相手が良識あるはずの警察だと知ってさらに頭にきました。絶対このドアを開けるものか!!!だいたい何でイミグレーションの警察が英語も喋れないんだこの愚か者どもが…。

何で宿のスタッフはこんな連中をこんな時間に客室に通すんだ大馬鹿者め!!!!

1時間ほど粘ってやっと引き上げていったようです。

同じことが実はマラウイにいるときもありました。こっちはもっとひどくて来たのは夜中の3時、もちろん私は相手をしなかったのですが、それが頭にきたのかその連中は帰りがけに外から部屋の掛け金をかけていったのです。

とにかくこんな非常識な連中に対応してやるほど私はお人好しではないので、断固無視して彼らが帰ってからトイレに行くと宿の人にイミグレーションに行くように言われましたが、絶対に行きません人を馬鹿にするのもいい加減にしろ!!警察がそんなに偉いと思うなバカ!!!

と、この間スリを捕まえてもらったばかりですが、今日はいきなり警官に対して不信感いっぱいです。

しかし、アフリカでは警察や役人があまりにも威張り散らしていてこれが非常に頭にくるのです。

ブジュンブラも今日で4日目ですが、一つ気づいたことがあります。この国にはたぶん全く信号機が無いということです。今までもとても小さな、これでも一国の首都ですか?と疑いたくなるような都市はありましたが、だいたいどこにも一つくらいは信号機があったように記憶しているのですが。 ここブジュンブラは大きな市場もあり、栄えているのはその周辺くらいですが、それほど小さい町という印象はありません。しかし全く信号機を見かけません。人も車もバイクも自転車も多いのに危ないったらありゃしないです。

このなんか雑然として混沌とした感じがとても西アフリカっぽくていいんだか悪いんだかといった感じです。

しかしこうやってもう1度西アフリカっぽいところに来てみると、ダルエスサラームとかハラレとかはよく整ったきれいな町だったなと今更ながら感心してしまいます。

この国はコカコーラの値段が高く、ビールの値段が安いので、ついついビールばかり飲んでしまうので酔っ払い運転にはくれぐれも気をつけようと思っています。

そこで考えたのがアルコールを飲んだときのインターバル時間の計算方法で、[アルコール度数(%)×量(L)×10分]だけ休めば、アルコールは抜けると自分で決めて安全運転を心がけています。
つまり5%のビールを500mL(0.5L)だけ飲んだときは
5×0.5×10=25
ということでこのときは25分休めば安全運転が可能ということです。とにかくこうして安全運転を心がけながらルワンダに向かいます。
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by fuji_akiyuki | 2005-12-18 16:12 | ブルンジ

プリムス@ブジュンブラ(ブルンジ)

ブジュンブラに着いて3日目です。
初日にスリにあって以来これといった事件もなく、静かに過ごしています。一昨日ここについてすぐお昼過ぎにルワンダ大使館に行ったら既に今日は閉めたので明日来いと言われて、翌日、今日のことですが、やっとビザの申請が出来ました。おかげで土日を挟むことになり、ビザができるのが月曜日、出発は火曜日となりそうです。

タンザニアの日本大使館ではブルンジは内戦が停戦したとはいえ、まだ反政府ゲリラなどがありあまりお勧めできないと言われました。というわけでブルンジに近づきながら入るかどうか結局迷っていました。しかし、ブルンジではアフリカで一番おいしいという噂のあるビール「プリムス」が飲めると聞いていたのでぜひ行ってみたいとも思っていました。

タンザニアからブルンジに近づくにつれて道は山深くなり、驚いたのは坂が多いことではなく、緑が多くなっていったことでした。しかし、ブルンジ入国前日にその森の中に難民キャンプがあるのを見ました。入っていくとコーラが他の町や村の2倍の価格で売っています。そこはまだタンザニアで、15kmどちらに行っても町のあるところでした。そこにバラックの掘っ立て小屋やテントがいくつもあり、UNHCRのシートがかかっていたりします。初めはこの難民キャンプの5km程手前で道路脇の溝、日本で言えばU字溝にあたるようなドブ側から水を集める人々を見たのが初めでした。大きなポリタンクをいくつも持って白く濁った水を少しずつ集めてはそれを自転車に乗せて帰るのです。何でこんなに緑の豊かな土地で水がこんなところからしか手に入らないのだろうか?と疑問に思って5km程走るとその難民キャンプに到着したのです。そこはブルンジ国境から程近くもうしかしてブルンジからの難民だろうかと思うとちょっとブルンジに入るのが怖くなりました。

しかし次の日思い切って国境まで行きました。国境ではタンザニア側の警察にブルンジなんて何が面白いんだ?と聞かれて答えに困って「ビールを飲みに行くんだ」と答えると、「何だ、酒飲みか、プリムスだな?」と返ってきました。プリムスはもともとコンゴのビールだそうですが、隣国のブルンジ、ルワンダでも飲めるようです。この言葉でやっぱりプリムスは有名なのかなと思ってちょっと飲むのが楽しみになりました。
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とにかくブルンジに入国して見ると本当に人がうるさくて初めは本当に獲って食われるんじゃないかと気が気でありませんでした。プリムスは確かにおいしいビールでしたが、残念ながらラベルがなくビンに直接印刷されているのでラベルを集めている私としては少し物足りない気分でした。ブルンジに入って2日目位から少し冷静にものを見ることができるようになってきました。するとこの国の美しさに気づいたというわけです。

深い緑の絨毯が敷き詰められているような山々にポツリポツリと民家が散在して、町はいつもどこかの山の頂にあり、その姿を別の尾根から見るとまるでどの町もあの南米のマチュピチュのようでした。どこかラピュタやナウシカに出てきそうな幻想的な場所です。

走ってくる車はほとんどがタクシーか国連関係の車両で、こんな美しい国で戦争をするなんてなんて愚かなことなんだと考えさせられるところでした。

ここ、ブルンジはフツ族とツチ族の対立が根深く、よく小競り合いをやっているとのことですが、よそ者の私から見れば全く見分けもつかないのにどうしてそんなに戦争をしなければならないのだろうと不思議で仕方ありません。単一民族の日本にいてこの民族間の対立を理解できるわけがないだろうと言われるかもしれませんがそのために戦争を起こして人を殺さなければならないのなら私はそんな民族間の関係など理解したくもありません。嘆かわしいのはこの今まで見てきたアフリカでももっとも美しいとさえ思えるこの土地でなぜそんな争いをするのだろうといくことばかりが頭に浮かんできます。

ただ、今は小康状態ということで走っている限り、そんな戦争があったことなど忘れてしまうような平和な雰囲気が漂っています。ただ外人の姿をよく見かけることくらいでしょうか。あとはのんびり村人が頭に物をのせて歩いては私を見て発狂したように騒いでついてくるか逃げるかでとてものどかです。村も多く5kmとあけず人が住んでいて、1kmとあけず必ず人に会います。そのためあまり襲われるような気はしません。それでも気は抜けませんが。

とにかく今のところ元気なのでルワンダのビザが取れ次第ここをでる予定です。ブジュンブラは少し物価も高いので…でも一度くらい中華を食べに行こうと思っています。
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by fuji_akiyuki | 2005-12-17 17:41 | ブルンジ

ブルンジ到着!@ブジュブラ(ブルンジ)

今日ブルンジの首都ブジュンブラに到着しました。久しぶりのフランス語と右側通行に大いに戸惑っています。特にフランス語のキーボードのおかげで書きづらくてしょうがありません。

とにかくタンザニアは無事に抜けることができました。それでもタンザニアのダートは状態がひどくて、大変でした。ダートの道は車が通れば通るほどウォッシュボードと呼ばれる洗濯板のような道になり、とても走りにくくなるのですが、タンザニアの首都ドドマからアルーシャに向かう超主要道のはずの国道がダートでそれも全くメンテナンスをしていないようで、大変なことになっていました。道が悪いので誰もそこを通ろうとせず、自然と迂回路ができている始末です。

この迂回路も車用と自転車用人用があるらしくうまく自転車用の迂回路を見つけないと大変なことになります。スキーの大回転コースみたいだったり、砂で動けなくなったり…とにかく酷かったです!!!

ブルンジはとてもきれいな国でした。レソトのように山ばかりでしたが、しかしレソトと違う点はここが緑に覆われていることでした。本当にアフリカで一番きれいではないかと思う国です。
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ところが人はというと全く白人に慣れていないのか、私が村を通るとそれだけで騒ぐわ奇声をあげるわ踊りだすわでもう大変です。特に困ったことに大勢でついてきちゃうのが困りものです。

初日に10人くらいに同じ自転車で嬉々として周りを取り囲まれて、暴走族に絡まれながら逃げている気分になって非常に怖かったです。このまま獲って食われるのではないかという勢いでした。

街でももうブルンジ人が興奮しちゃってもう大変です。どこに行くにも30人くらいの子供たちが付いてきて、本当にトイレまで覗かれる勢いです。今日も登り坂で登校中の子供たちが50人くらい付いてきちゃって困りました。

今日は約50kmほど走ったのですが、後半35kmは全て下りでした。これがアフリカ大地溝帯の下りかと思いながら下っているとタンガニーカ湖を望む広大な街ブジュンブラが見えてきて、今日は街をふらついてみました。

なんとなく西アフリカに戻ったようです。ルワンダの大使館に行ったのですが、9時に開いて11時に閉まるとか、サイバーカフェと書いてあっても全くコンピュータがなかったりとか、看板が全くあてにできないところや全く仕事をしようとしない、客を客とも思わないところなど…。

さらに今日はスリにあってしまいました。一人が後ろから近づいてポケットに手を突っ込みお金を取ってそのまま落として別の奴が拾うという手口のようでしたが、私はポケットに手を入れながら時に気がついたので取った奴を取り押さえようとしたのですが、掴んだTシャツが切れて男はTシャツを脱いで逃げようとしました。それを追いかけているところに警察がその男の前に立ちはだかり、御用となりました。そしてお金は抜かれてしまっていたので犯人と警察署に向かいました。

ポケットから抜かれたお金は既に彼が道にばら撒いてしまったのですが、事のしだいを見ていた人がお金を拾った別の男を取り押さえて私が事情聴取をされているところに来てくれたので、2人のスリを捕まえることができたのですが、結局お金は半分以下しか返ってこず、10ドルほど損をしてしまいました。

これからポップコーンを食べながら街を歩くのはやめようと思いました。

また書きます。
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by fuji_akiyuki | 2005-12-15 23:24 | ブルンジ