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足から膿が出てくる…@トリアラ(マダガスカル)

今日は一日寝てました。実は昨日から体調が悪く、昨日は一日下痢が止まりませんでした。今日になってお腹の方は調子が良くなってきているのですが、足の方膿が止まりません。

前にもこんなことがあって困ったのですが、どうすれば良いのやらさっぱりわからず…。
傷口に膿が溜まると痛いのでせっかく乾いてきた傷口を破って膿を出してしまいます。出すと多少楽にはなるのですが、これを繰り返しても治らないのでは?と疑問に思う今日この頃です。

ただ、痛むのに放っておくのが良いのかどうかもわからず…。
結局、途方にくれています。過去2回は、どちらも結局病院で抗生物質をもらってなおしたのですが、なるべく薬には頼りたくないので。

しかし膿み出した傷口が次第に拡がっているようで全然膿んでいなかった傷口まで膿み出す始末。どうやったら治るのだろうか?治るのかな?

というわけで、せっかくトリアラに着いたのに町を見回ることもせずに寝てるしかないです。とんだマダガスカル旅行になってしまったようです。
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by fuji_akiyuki | 2006-02-28 22:01 | マダガスカル

back to the Africa!?@トリアラ(マダガスカル)

やっとモロンダバを脱出してもう少し南の町トリアラに飛んできました。
この旅で成田を除いて初めて超過料金を取られてちょっとご機嫌斜めです。ムカツク。

タナに着いてここはアフリカじゃないと思っていたのに、モロンダバ周辺に近づくにつれてどうもアフリカに逆戻りしたようです。

まず、最初はピログーからボートに乗り換えてのことでした。船頭いわく「3時間で到着」のはずだったのが、船のスタッフは仕事をする気がなく村に着いてはトランプゲームに熱中して人の乗り降りは終わっているにもかかわらず、全く出発せず。結局幾つ目かの村で停泊したまま夜を明かす羽目になってしまったことあたりから雲行きが怪しくなってきました。

そのときは乗客には何の説明もなく、スタッフはずっとトランプをやりつづけ、その村で乗ってきた人も夕方まで待ったのですが、これはダメだと見切りをつけて帰っていく始末。何の説明も無しでした。
ここから3時間だと言って船が出たのは昼過ぎだったのに、何の説明もなく突然止まってしまったボートに完全に辟易していたのはいっしょに行動していたスイス人のカップルでした。私はまだ慣れていたのでまだ心に余裕があったのですが、彼らは本当に当惑し、怒り心頭で呆れてものも言えないといった感じでした。

モロンダバについて最初に腹が立ったのは安宿でした。安いことは安いのですが、雨が部屋の中に降るなんて聞いていません。ほんと、いい加減にしてくれって感じでした。

これまたスイス人の彼らと一緒に航空券を買いに行った帰りのことです。ジュースでも飲もうということになってあるお店に入りました。

1リットルのボトルが「1300アリアリー」と大きく値段が表示してあったので、それを買ってみんなでシェアしようということになったのですが、これまた買ってみると、1500アリアリーと言い出します。こんなことはアフリカではよくあることなのですが、収まらなかったのがスイス人の彼。
「そこに1300って書いてあるじゃないか!」と問いただすと、
「これはスタルの値段だ」と店のおばちゃんが言い出しました。
「スタルの値段?何それ」と聞くと、
「ここにスタルって書いてあるでしょ!スタルはこの値段で売るけど、うちは1500アリアリーなの」と言いながらラベルに「star」と書かれたところを指して何事力説、ちなみに「star」はこの国の飲料会社の名前でビールなどもここから出されています。
さらに腹が立つことにそこのおばちゃんは
「何そんなこともわからないの?馬鹿じゃないの?はぁぁ」
これにカチンときたのは私の方でした。
「はぁぁ?じゃぁそこに表示してあるのは全く関係ないじゃん。こいつら底なしの馬鹿だ」
くらいのことをフランス語では言えないので英語でスイス人の彼と話し合って、そこで買うのは止めました。

こんなの詐欺以外の何ものでもない、アフリカだ!!

さらに移ったホテルでの話、メナベというホテルだったのですが、ここでNHKからの電話を受けることになったので、ホテルの電話番号を聞きに受付に行くと、
「電話はない」
と目の前に携帯が置いてあるのに言い出す始末。
「そこの携帯でいいから教えてくれ、仕事だからないと困るんだ」
というとこの携帯は番号がないと見え透いた嘘を言い出す始末。何といじわるな受付だと思いながらもあきらめて、洗濯のためのバケツを借りようと思うと、これもないわけがないのに、ないと言って全く貸してくれません。もう頭にきてそのホテルを出ることにしました。

で、今度はホテルを探す基準として、電話があってNHKからの電話を受けられることを考えて探したのですが、3件目になるホテルは電話番号も教えてくれて、NHKの方から土曜日に繋がるかどうか確認の電話を入れてもらって、これで良しと思っていざ本番の日。いつも30分くらい前に確認と打ち合わせの電話があるのですが、掛かってきません・・・。

な・・・なんか嫌な予感。どこかでもこんなことがあったぞ・・・と、思って受話器をあげてみても何の音も聞こえません・・・?スタッフに聞くと、電源のコードをオーナーが家に隠してマーケットに行ったから使えないよ・・・。何だって、昨日あれほど言っておいたのに!!アフリカのくそったれ!!!

で、毒づきながらネットカフェに走って、ちょっと高めの高級ホテルのレストランに行く旨をNHKにメールして、そこで何とか放送時間に間に合ったしだいだったのです。というわけで、旅でござんすのコーナーが後ろに持っていかれて放送時間が少し遅くなったようですが、裏にはそんなことがあったのです。

おかげで妙に高いランチになってしまいました。

ここトリアラがそんな町ではないことを祈っています。

実は今日のお昼に町に着いたのですが、ちょっと体調を壊してしまい夕方まで寝ていました。さらに気になるのはまた掻き壊したところが膿みだしてきていることです。過去2回ほどこれでひどい目にあっているのでこれがひどくならないことを祈っているのですが、とにかく明日は1日寝てるつもりです。
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by fuji_akiyuki | 2006-02-28 00:09 | マダガスカル

バオバブ!!!!@モロンダバ(マダガスカル)

今、モロンダバというバオバブ街道で有名な島の西海岸にあたる町に来ています。

タナを出て2、3日はとてもきれいな舗装路でなかなか涼しかったです。
今は2月の終わり、南半球でいうと夏の終わりから秋の初めにあたります。というわけかどうか知りませんが、路肩で随分と果物が売っていて、リンゴ、バナナ、オレンジ、とどこにでもある果物に加えて梨や柿、プラムまで売っています。
柿なんて本当に久しぶり、さすがに秋です。ということで柿を5個買おうと思ったらお釣りがないといわれて2つ買えと言われました。
これは作戦か?とも思ったのですが、本当に売っているおじさんは財布の中身まで見せてすっからかんだったので柿の魅力にも負けて7個も購入してしまいました。
よく熟れた柿だったのですぐに食べなくてはならず、もう本当に隣の客のごとくよく柿食ってました。
さすがに秋だけに飽き飽きしてしまいました。

最初の3日くらいはアップダウンのきつい丘陵地帯を走ったのですが、なんとここマダガスカルはとてつもない米どころで、能登半島にある千枚田なんて目じゃないくらいの棚田が広がり、本当に何枚あるんだかわかりません。だから何枚田?
でもきっと人が暮らせばこのくらい田や畑が必要になるんだろうなと改めて思いました。やはりアフリカはおかしいと実感しました。
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4日目くらいからマダガスカルの中央高地からぐんと高度を落として西側に入って行きました。温度が上がり秋という感じではなくなりました。とはいっても元々この辺りは秋というより雨季、ちょっとウキウキしてきます。
ところがどっこいここからウキウキなんていってもられない地獄が始まったのです。

まず最初の間違いはピログー(丸木舟:カヌー)に乗って川下りをしたところからでした。

実は今スイス人のトーマスとマウエラというカップルと一緒に行動しています。彼らはタナから4日目の道すがら出会ったやはり同じサイクリストで、4日目の目的地、ミアンドリバゾから一緒に川下りをしたのです。

一人で行くと高いし、やっぱり走って今いるモロンダバまで行こうかなどと考えていた矢先、この二人にあって彼らもミアンドリバゾから川下りを考えているとのこと、そこで3人になれば値段も下がるし、同じサイクリストだし、と意気投合して川下りの行使にあたりました。

最初2日で下れるとか言ってたガイドはだんだん雲行きが怪しくなってきて、結局かかって半分くらいしか行かずに最後は私たち3人を見捨てて近くの町でここからモーターボートに乗れば早いからといって体よく置き去りにされ、昼にでると言っていたボートは全く動く様子も見せず、別の通りかかった船に乗せてもらったは良いものの、その船も村ごとに泊まり、泊まっては乗組員はカードをやって全く仕事をせず、3時間と言っていたのが日が暮れて船の中で寝て結局川下りに3泊4日かかってしまいました。

たどり着いたのはベロ・チリビノとかいう町で、そこからモロンドバまでダートで約90km、それもまず下って来た川を反対側に渡ることから始めなくてはなりません。

川を下ってベロ・チリビノに着いた日は3人とももうクタクタに疲れ果ててその日はベロで寝て、次の日からサイクリング再開となったわけです。それが一昨日の話です。

しかしこのダートがもう信じられないくらい酷い道でした。
朝の川を渡るのは結局スムーズに船が見つかったから良かったのですが、ここからはもう大変。
雨季でウキウキなんて本当に言ってられないくらい酷いもので、濡れているところはぬかるんでいるし、乾いているところは砂、時々避けられないくらい大きな水溜りが道を塞いでいて、これがまた深くて膝くらいまであり、もう一々自転車を降りるわけにもいかず、水の中も泳ぐがごとく自転車で走ってみました。わかったことは結局自転車で水の中でもこげるということだったのですが、そのうちm自転車って水の中を走るものだったっけというくらい水の中を走るはめになってしまいました。

一日頑張ってたったの45kmしか走ることができず、途中にあるキリンディ国立公園に泊まることになったのですが、これまたメインロードから5kmも奥に入らなければならず、ここがまた水溜りの連続、もう嫌になってきました。

国立公園に着くとしばらくして大雨、これまたすごい雨で本当にバケツをひっくり返したような雨です。これはでもアフリカで経験済みでしたが、おかげで国立公園内を歩いて見学する予定だったのが台無しになってしましました。
実は国立公園の中にはキツネザルが多く生息しているらしいのですが、そのほとんどが夜行性で夜行くと良いとガイドは言うのですが、この季節夜は毎日大雨で全く歩く気すら起きずにその日はそのまま3人とも寝て、次の日の朝少し歩いたのですが、結局蚊の大群に喰われたい放題喰われて何も見ることができませんでした。

気を取り直していざバオバブ街道を目指すことになったのですが、朝から災難は尽きず、昨日の雨でメインロードまでの5kmはさらに水位が上がりとんでも無いことになっていて、無理に水溜りを避けようとしてついに私は頭から水溜りに突っ込んでしまいました。
しかし、もうそうなると怖いものがなくなってあとはどんな水溜りも怖くなくなったのですが…。
私の自転車は今や水陸両用です。いつか海を渡ってやるぞと考えてます。

メインロードに戻っても多少状態が良くなった程度で、途中途中水の中を進まなければならないのは変わらず、結局昨日もとんでもない思いをしてようやくバオバブ街道と呼ばれるバオバブが群生しているところに着きました。
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Photo: Dylan Ls

8年間有名にまでみた?バオバブを今度こそ見ることができたのです。魚眼レンズが無いことが悔しいのですが。

中には本当に逆さに植わったようなものもあって面白い形をしていました。まさにこの世のものとは思えないような木です。バオバブ街道の前からちらほらとバオバブを見ることはできて、中には2本が捩れあっているものや、途中が妙に太いものとか千差万別色々目を楽しませてくれたのですが、やはり群生しているのもとても興味深く、上を見ないとどこかの神殿の中の柱の中を歩いているような気分にもなれて何か不思議なところに来たような感じでした。

夕方までそこにいたので、昨日はモロンダバの町に着くのが遅くなってしまいました。モロンダバは本当にふざけた町で、町のメインロードが川になっていて、水も断水だし停電もしょっちゅうあるしで大変な町です。意味がわかりません。毎晩これでもかというほど雨が降るのに毎日断水があるそうです。何と馬鹿げた町なんだと思ってますが理不尽がアフリカの常識なので怒ってもどうしようもありません。
昨日はガイドブックに載ってる宿に慌ててチェックインしてしまったのですが、これがまた酷い宿で夜中に雨が降ってきたのです。紛れも無く部屋の中に…。
そうですものすごい雨漏りで部屋中びしょびしょ、というわけで今朝早く別のホテルにチェックインしたのですが、ここがまたスタッフが意地悪で嫌なのでまた明日部屋を移ることにしました。

部屋を移す理由はそれだけでなく今度の日曜日2月26日に地球ラジオで電話出演することになりそうだったこともあったのです。そのホテルには電話がなかったので…実はあるのに電話番号を教えてくれないのです。まったく馬鹿げた話ですが。

これから南の町トリアラまで行くつもりでしたが、この道の調子だと本当にどこかで野垂れ死にそうなので飛行機で飛ぶことにしました。本当に雨季は大変です。ウキウキしてられません。

タナではアフリカじゃないと思ったのですが、ここモロンダバはまさにアフリカの再来でした。トリアラがもっと過ごしやすい場所であることを願っています。

2月26日たぶん午後6時くらいからNHK第一地球ラジオ、暇があったら聞いてみて下さい。
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by fuji_akiyuki | 2006-02-24 22:34 | マダガスカル

またスリにやられた~@アンタナナリボ(マダガスカル)

結局土日を挟んでしまい、出発できず。
暇な土日を過ごしてしまいました。

で、一昨日のことですが、お風呂に入ろうとズボンを脱ぐと何とズボンのポケットにす~っと縦に穴が…。
やられた、今回は全く気がつきませんでした。ただ、そのポケットにはメモ用紙くらいしか入ってなかったし、何も取られてないようだったのでいいのですが、縫わなきゃいけないのでちょっと悔しいです。

今日はやっと月曜日になったので、地図を買いに行きました。地図を見てみるとマダガスカルは思った以上に大きいらしく、たったの一月で走れるのかちょっと心配になってきました。それもそのはず、ここマダガスカルは何と世界で4番目に大きな島だそうです。

今日でタナも4日目になりますが、明日にでも出発しようかと思っています。まず最初に目指すのは西に700km程行った町で近くにバオバブ街道と呼ばれるバオバブの並木道がある所です。どうもマダガスカルの町の名前は長くて覚えづらく全く覚えていません。アフリカの町ならカタカナで書くと2字から4字くらいの間に大体おさまるのですが…。

昨日は暇を持て余して植物園と動物園みたいな所に行ってきました。延々2kmくらい歩いてみたのですが、その間に一山超えることになりました。
タナは起伏が激しく、町のメインロードは谷底に走っていて、その両側の急な斜面に町が広がっているといった印象を受けます。そして何とタナには小さなものですが、トンネルがあるのです。何年かぶりで山を掘り抜いたトンネルを見ました。
動植物園にはワオキツネザルとかアイアイとかを飼育しているようですが、アイアイは夜行性でお休み中、ワオキツネザルは見たはずですが、名前がわからずどれかが特定できませんでした。でも同じようなサルをたくさん見れておもしろかったです。
難点は説明が何語かわからないのですが、たぶんマダガスカル語のみだったのでさっぱり何もわかりませんでした。
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Image: Wikipedia

他にもゾウガメやらダチョウやらヘビやらカメレオンやらがいて、ゾウガメは触ることもできて面白かったです。ゾウガメってまるで「ネバーエンディングストーリー」に出てくるモラそのものでした。特に鼻の穴がそっくりでおかしかったです。きっと頭の中のもう一人の自分と話をしているのでしょう。周りに無関心で触ってもあまり反応を示しませんでした。

今日はこれから自転車のチューブを探しに行きます。東アフリカに入ってからというもの、なかなかチューブが手に入りません。あることはあるのですが、全て英式バルブで私の持っている空気入れで入れることのできるのは米式か普通式バルブなので買っても仕様がありません。マダガスカルはフランス領だったので普通式があるかなとちょっと期待してきたのですが、今度は自転車屋を見つけられなくて困っているところです。

まぁ、なければないで明日出発して、郊外の国道沿いにたぶん自転車屋さんがあるだろうから探してみるつもりです。

しばらくネットは無いかもしれません。
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by fuji_akiyuki | 2006-02-13 17:52 | マダガスカル

憧れの島マダガスカル@アンタナナリボ(マダガスカル)

昨日ナイロビを発ち、今はマダガスカルの首都タナにいます。
タナはアンタナナリボの略で、地元の人もそう略します。現地の人と同じ略を使うとちょっと通になったような気がします。
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Photo : Wikipedia

昨日、飛行機に乗るということで胃に穴が開くほど心配していたのですが、行ってみれば拍子抜けするほどチェックインは簡単であっさりと終わり、何の追加料金もかかりませんでした。成田ではカウンターのお姉さんにいじめられて預ける荷物を機内持ち込みに変えて重さを頑張って減らしてそれでも7kgオーバーでさらにそのたった7kgのために44,000円も払わされて…。

だいたい航空便でベナンまで20kgの荷物を送っても20,000円ちょっとなのにどうして飛行機に乗る乗客がそんなに法外な値段を払わなければならないのか理解ができませんし、それを許可している国土交通省のやっていることも全く理解ができません。しつこくてもきっとこればかりはずっと覚えていることでしょう。成田は最低の空港です。なくなっちゃえばいいのに、羽田の方が便利。

とにかく今私はマダガスカルに到着しました。約3時間のフライトで2時にナイロビを出て5時頃タナに到着しました。ビックリしたのが何と今回乗った飛行機、指定席でした。アフリカではいつも自由席でチェックインしてもいつも搭乗のときに競争をしていたのでこれには驚きです。今回は急がなくても席が確保されているのがすごかったです。まぁ、当たり前といえば当たり前のことですが…。
さらに、機内食まで出てきてちょっと感激でした。映画が見られなかったのがちょっと残念でしたが。

タナに着いたのは5時過ぎで、自転車を組み直して、荷物を付けていると時間が経って結局町まで行く途中で暗くなり迷いに迷ってようやくタナの町に到着しました。

ここに住む人たちはみんな髪の毛があって、いつも坊主の黒人に囲まれて2年近くアフリカで過ごしていた私にはちょっと異様な感じさえしてきます。顔はアフリカ人のように丸顔ではなく彫りの深い東南アジア系の顔をしています。

さらにここがアフリカで無いことを実感するのは食べ物です。いつもアフリカでは町に着くたびに中華料理やインド料理を楽しみにしていたのですが、ここでは焼きそば、ラーメン、春巻、マカロニサラダ、豚の角煮、その他色々なものが屋台で普通に売っているし、それがどれもおいしくて何も高い店に行く必要なんて微塵もありません。本当に太りそうです。昨日も町に着いて宿にチェックインするまで食べるのは我慢しようと思っていたのですが、何度もその決心が揺らぎそうになって大変でした。アフリカに比べるとここは天国です。

お金はちょっと面倒で両替所などで使っているのはアリアリーという単位ですが、庶民に浸透しているのはFMG(マダガスカルフラン)のようです。別に通貨が2種類あるわけではなく、1アリアリーが5fmgで、お札にも100アリアリー札に小さく500fmgと印刷されています。でもこれが混乱をよんで、昨日は屋台でちょっと焼きそばを食べようとして、これいくらと聞いて、「2000(アリアリーなら約1米ドル)だよ」と言われて、「1米ドルか、一食にしてはちょっと高いけどケニア辺りでは普通かな?」と思って注文すると小さなお皿に申し訳程度の焼きそばが載ってきて怒ってしまいました。しかし、よくよく聞いてみるとこれは2000fmgでアリアリーに直すと400アリアリー、約20セントということになります。つまりこうやって単品を何種類か頼むのが普通のようで怒った自分が恥ずかしくなりました。というわけで、昨日はおいしいものをおなかいっぱい食べることができました。

ちょっと幸先の良いマダガスカルの出だしでした。今日は土曜日で明日は日曜日なので何もできません。ということで3、4日タナでゆっくりしてしまいそうです。
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by fuji_akiyuki | 2006-02-11 22:25 | マダガスカル

いざマダガスカルへ。@ナイロビ(ケニア)

明日マダガスカルへ飛ぶ予定です。

昨日、チケットをとって、帰りのために東京行きのチケットを予約して、ついでに海外旅行保険に入って、なんだか沢山お金が飛んでいきました。

東京行きのチケット?もしかしてもう帰るの?

はい、4月1日の便で成田に向かいます。・・・・なんちゃって。
実は国によって狂気の沙汰としか思えないのですが、”空路で入る場合にのみ限りその国から出るためのエアチケットがないと入国できない”という分けの分からないルールがある時があります。いくらでも陸路で抜けることが可能なケニアもそんなスットコドッコイなルールを設けてるトチ狂った国の一つです。いや、だったらしいのです。

多分ケニア側はいくらでも陸路で他の国にぬけられる事に気づいてきたらしく最近はケニア側のイミグレでケニア出国のエアチケットを求められることは無くなっているようです。しかし、それだけにケニアの場合は端から見るともっと馬鹿げた現象が見えてくるのです。

ケニア側の入国では今はすでに出国用エアチケットの所有を確認することは無いようなのですが、ケニア行きの便に乗る時にその出国用エアチケットがないと航空会社側がチェックインカウンターで乗せないというルールだけが残っているようで、そのためにその場で他の国に飛ぶチケットを購入させられたりするようです。
つまり、ケニアはもう既に何も言わないのに航空会社のルールだけが昔の悪財として残っているのです。あまりにも愚かしい限りです。

あまりにも馬鹿げていますが、その対策として、わざわざ一回東京行きを予約してその予約券を発行してもらってその場で予約をキャンセルするわけです。そしてその予約券をケニアに帰ってくる時に見せるわけです。

マダガスカルに行ってかえってくるためにケニアとマダガスカルの往復チケットを買って実際に行って来る。
ここまでは至極当然のことですよね。そしてその通りにしているのにそれではだめで、要りもしない航空券を強制的に買わせるような理不尽で馬鹿げたなルールのためにダミーの予約をして人を騙さなければならないのです。全く当然のことをしているハズなのに何かこちらが悪いことをしているような気分になってあまりいい気はしません。
なんでこんな理屈の通らないルールがまかり通っていて、誰一人その理不尽さに気づかないのか不思議で仕方ありません。

しかし、当面の心配は自転車です。自転車があるので乗れるかどうか非常に心配ですが、今まで大丈夫だったので今回も何とかなるでしょう。

マダガスカルはバオバブの木のある島です。アフリカ大陸にある物とはまた違って、マダガスカルにあるのは、地面からほぼてっぺんまでまっすぐな幹が一本突き立っていて上の方でチョロチョロと枝が広がっているという奇妙奇天烈な格好をしています。まるで根が上に生えているようにもみえるので、高くなりすぎたために神様の怒りをかって逆さまに植えられてしまった木などともいわれている神秘的な木です。
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実は8年前に南アフリカに行ったのはこのバオバブを見るためでした。そして南アフリカについて初めてこのバオバブは南アフリカに無いということを知りました。
というわけで8年越しの念願がとうとう叶うわけでちょっとわくわくしています。
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by fuji_akiyuki | 2006-02-09 22:42 | ケニア1

safariでトラ発見!?@ナイロビ(ケニア)

きのう、タンザニアで知り合った日本人の紹介でその人たちといっしょにボランティアと称してナイロビから15kmほど離れたナイロビナショナルパークに行ってきました。しかもタダ!!
ボランティアの内容は動物の数を種類別に数えるというものでしたが、私たちに振り分けられた部分はとても小さく動物もあまりいなかったのですぐに一回りして、一通り数を数えてしまい、あとはまったくのFunSafariでした。
ぐるっと車でナショナルパーク内を回りながらシマウマとかヌーとかキリンとかエランドとかハートビーストとか、昔、某テレビ番組のわくわく動物ランドでレギュラーのように出演していたあの有名なトムソンガゼルとか、あとは名前も分からない動物がワンサカいて面白かったです。
特にシマウマとヌーはまるで渋谷の人ごみのごとく群がっている場所もあって、きっと千匹以上見たのではないかと思います。道路にも沢山歩いていて、まるで交差点を渡る人々を車の中から眺めているような不思議な気分になりました。
剃刀を持ってこなかったことが悔やまれました。シマウマは体毛を剃ると何色になるのか? って言うのをどこかのクイズ番組でやっていて、確か黒になるというのが正解だったように記憶していたのでちょっと本当かどうか試してみたかったのですが・・・残念。
でも剃刀を持ってきたところでおとなしく剃らせてくれたかどうかははなはだ疑問ですけど。

大物ではバッファローやサイやカンムリヅルやクレステッドイーグル(カンムリワシ?)を見ることができました。頭にペンをさしてハイヒールはいている秘書鳥(セクレタリーバード)を見たかったのですが、これは発見できずにちょっと残念でした。イボイノシシはなぜか不細工なのに良く見るとにくめない顔をしていて面白かったです。
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そんな中でカバを見るべく私たちがhippo poolというところに向かう途中のことでした。一人私は細心の注意を払いながら動物が隠れていないかと周囲を観察していると道路脇の茂みに黒と黄色の縞縞が!?・・・
トラだ!! トラがいた!!
車は気づかずに走り去ろうとしたので一生懸命止めて後戻りするように言うと、
「アフリカにはトラはいないよ」
と言われてしまいました。でも絶対に見た自信があったので戻ってみる事に、するとやっぱりさっき見た所に黒と黄色の縞縞が横たわたって寝ていました。
でも良く見ると・・・シマウマ?
実はシマウマの白いところが汚れていたのか黄色く変色していただけでした。それもそれはシマウマの死骸でトラだと思ってとんでもないものをまじまじと観察してしまっただけでした。

ところでどうでもいい話ですが、鬼のパンツはトラ柄の黒と黄色の縞縞で鬼の角は牛の角だそうです。つまり鬼の住む方角(確か東北だと思いましたが)が鬼門でそれが丑寅の方角にあたるからだそうです。


結局残念ながら肉食動物は見ることはできませんでした。まあ、半日だし、タダだし、それでもずいぶん楽しめたので満足でした。

それでもそのナショナルパークには動物の孤児院が併設されていて、動物園のようになっています。そこでライオンやチーターを見ることができました。
これまた今現在この記事を打っているこのネットカフェで、先日、ナショナルパークに行く前のことですが、隣に座ってやっぱりネットをやっていた日本人に声をかけてみると何とこの孤児院で獣医として働いている方で、私も今度ボランティアで行くんですという話をすると快く尋ねておいでと誘われて、これまたただで見ることができて、そのかたの説明を聞くこともできてチーターは触ることまでできて昨日はとても充実した一日でした。

ところで、ボランティアの方ですが、私たちは自分たちの割り当てられた領域の調査を終えるとあとはサファリを純粋に楽しんだのですが、私たちの車に同乗した、自称ガイド志望の黒人青年は一生懸命に何やら書いていました。何をしているのかと思うと何とまだ動物の数を数えていて、サファリを終えてゲートに戻ると真っ先に自分の調査結果を係りの人に提出してしまいました。・・・うーん
きっと彼の結果ではシマウマ1000匹、ヌーうん百匹なんて結果になっていやしないかとちょっと心配です、あの小さい領域にそれだけいたらきっとそこは動物で満員電車並みの込み具合になるのですが・・・しかし今となってはあの結果がオフィシャルの調査結果として使われないことを心から祈るしかありません。
まあ、何ならトラ一匹も加えておいても面白かったかもしれませんけど、結局は他人事です。私は楽しい1日が送れたのでそれで万事OKです。

教訓 日本人には声をかけてみるものだ。
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by fuji_akiyuki | 2006-02-06 17:51 | ケニア1

ケニア山登山@ナイロビ(ケニア)

レンズのことは抜きにしてケニア山の登山について書きます。

第1日目
7時に迎えに来るというツアー会社の自称ガイドのジミーはほぼ1時間遅刻して宿に迎えに来ました。
宿近くのバス停からニャニュキ行きのバスに乗り、ニャニュキという町で私と今回一緒に登ることになった自称元協力隊のTさんと一緒に食事を取り、その間自称ガイドのジミーは山行中の食料の買い出し、車の調達をしてきてくれて、ニャニュキから登山ゲートまで移動しました。

私達の通ったのは尻餅ルートだかしりとりルートだかとかいうルートで、初日はそこから約3時間の行程で、最初のハットに泊まる予定でした。
なぜか自称ガイドのジミーは何の説明もせずに消えてしまい、我々に付いてきたのは名も知らぬガイドらしき黒人のおじさん。しかしこのおじさんも我々のペースに付いてこれず、30分もせずにいつのまにか後ろの方でとぼとぼ歩いている始末。

山行開始30分、突然ザックの左肩のストラップの下側が切れました。ザックは自称ガイドのジミーが前日オフィスで貸してくれた物で、まるで第二次世界大戦時の旧帝国陸軍の歩兵が使用していたのではないかというような超骨董品の本当に袋に肩紐を付けただけのザックでちょっと心配していたのですが、その心配は早くも現実のものになってしまいました。

その場で修理することは出来ないので左側のストラップを左肩に担ぐ形で左手で引っ張りながら登りました。

最初のハットで針と糸を調達することができて、何とか修理は出来ました。
同じ会社でツアーを申し込み、2日目まで同じ行程のイギリス人女性2人とTさんと私で夕食、夕食は何と山の上なのにテラピアのフライ、ものすごく贅沢な気分でした。


2日目。

ザックを背負ってみると違和感が。。。前日の夜、間違えて修理をしてしまい、左肩のストラップの長さの調節が不可能な縫い方をしていたのに気付き、休憩のたびに裁縫をする始末に。
自称ガイドのジミーは歩き出したとたん付いてこれずに脱落、昨日もいたガイドっぽいおじさんも1時間ほどでギブアップ。私達を先に行かせることにして彼は後からゆっくりついてくる始末。

私達はガイド達よりも随分早くその日の目的地のハットに到着したので、高度順応のための湖まで歩いてかえってくるコースに行ってみることにしました。このコースは3日目にこのハットに滞在して高度順応するためのコースで、前日から一緒だったイギリス人女性の2人組みが次の日に行く予定のコースです。

私達は早くハットについたのでその高度順応のコースに行ってみたということです。かなり登って尾根の反対側に湖を見つけてからハットに戻るとようやく到着した自称ガイドのジミー達が昼食を用意していてくれたのですが、悪いことにこれがインスタントラーメンで私達がいない間から作りはじめていたために麺が延びきってドロドロに溶けていました。

しかし夕飯はチキンのフライと山盛りのご飯にサラダの付け合わせと山の中とは思えない豪華な食事で満足でした。

3日目 山頂(レレレ峰だかレレレのレ峰)アタック

ハットが4200m、頂上のレレレ峰だかレレレのレ峰が4900m、朝の3時に出発してまたしても山頂で朝日を見ようという企みでハットを一般の人は3時に出発。
今回のガイド(? この時点でまだ誰がガイドなのかは不明。)はキリマンジャロよりもちょっと賢く、私達の体力から4時出発で十分間に合うだろうと計算して私達は3時起き、4時出発というプラン。それでも3時に起きて他の登山客が既に出発していたのでやはり焦ったのか、3時40分に出発することになりました。

ハットを出てからの登りは急でガイド(自称ガイドのジミーではなく、初日と2日目に一生懸命私達に付いてこようとしていたおじさん)と私はヘッドライトを持っておらず、Tさんがしんがりから私とガイドの足元も照らしながら登ることになったのですが、ガイドは道が良く分かっておらず、とてつもない急斜面をほぼ直登しようとします。本当の登山道はつづら折りに斜面をトラバースしながら登っているはずなのですが。

ガイドにぴったりと付いてTさんとぺらぺらしゃべりながら歩いたせいか、ガイドは後ろから煽られている気になったらしく、前に出発したグループをどんどん追い抜いていきます。そしていちばん先頭のグループを追い越すと私はまたキリマンジャロの二の舞になるのではないかと思ってガイドを何度もスローダウンするように言わなければならなくなりました。

ペースはガイドに任せてそれについて行こうという気持ちでいたのですが、ガイドにとっては私達が息も乱さず後ろからぴったり付いてくるのがプレッシャーだったらしくガイドのペースはもう彼にとっていっぱいいっぱいで、しばしば止まるようになり、止まるたびにガイドはハアハアゼイゼイ、私とTさんは星を見上げて星座の話なんかをしていました。そしてしまいにはガイドは私達にもう先に行けと言い出す始末です。私達2人で先に行ったらまた真っ暗なうちに山頂に到着してしまうのは目にみえていたので、ガイドを何とか励まして、途中15分ほど時間調整の休憩を入れて、今回はうまく山頂レレレのレ峰で朝日を見る事ができました。

山頂ではキリマンジャロのように高山病に悩まされていなかったので持ってきたTusker Beerをめでたく一缶空けることが出来ました。そしてそこで始めてガイドがモアイとかいう名前だということを知りました。

ところがこのビールのせいか、下山は眠気に襲われたうえ、スニーカーの底が薄くて石を踏むたびに足の裏が痛くて、まるで延々と痛くて嫌だというのに足裏マッサージを受けているようで憔悴しきってしまいました。

後1時間で今日のキャンプ場に着くという頃になって、ガイドとしての面目を保とうとしたのかガイドが突然滝を見に行こうといいだしました。
ちょっと遠回りをして、1時間20分だ、運が好ければ動物が見れるというから付いていってみると登山道を外れ、獣道に入って大変なことになって道なき道を延々3時間も歩かされてました。
ガイドは嬉しそうに象の糞だとかヒョウの足跡だとか、バッファローの骨だとか説明してくれるのですが、結局やぶこぎで傷だらけになるは、本物の動物は全く見れないは遅くなるはで正直もう止めてほしかったです。
キャンプ場手前ではとうとう今日の夕飯はウガリだといいだし、おかずにと変な葉っぱを摘みだして、さすがに私も怒って彼を止めて早く行こうと促したほどです。

宿泊予定だったキャンプ場にそれでも早く着いたらしく、うまいことジープをハイヤーすることができてふもとの村までその日のうちに降りることができて、4日目はバス移動だけでナイロビに帰ってくることが出来ました。

モーリタニアにしろ、キリマンジャロにしろ、今回にしろ、ツアーに参加するといつもろくなことがありません。もうツアーには参加しないと固く誓った今日このごろでした。
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by fuji_akiyuki | 2006-02-04 18:51 | ケニア1

大ショックinケニア山@ナイロビ(ケニア)

今日ケニア山から帰って来ました。
3泊4日の行程で、月曜日に出発しました。
私は大きなザックを持っていないので、勢いツアー会社に借りることになったのですが、このツアー会社が貸してくれたザックのおかげで今は大ショックで何もしたくないくらいに落ち込んでいます。
詳細はこうでした。

出発前日。ツアー会社のオフィスに行くと約束してあったはずのザックの用意が出来てなくて、私はちょっと怒って
「今すぐに用意できないのならキャンセルする。」
と言って彼らに迫ると出て来たザックは第二次世界大戦時、日本陸軍が背負っていたような本当に背嚢と言うような、袋に肩紐をつけただけの代物を出して来ました。
"冗談じゃない。こんなので山が登れるか!!"
といって辞めてしまってもよかったのですが、ポーターが付くと食料や自炊設備を自分で持つ必要がなくなるので実際に背負う荷物の量は高が知れています。多少変なザックでも荷物が運べればいいやと思ってそれを借りることにしました。

前日なのでそこに登山のための防寒具、レインウェアー、行動食、カメラを詰め込んで翌日の出発に備えました。

第1日目。
7時に約束していたのにガイドが宿に迎えに来たのは8時前、このくらいはアフリカではいつものことです。
近くのバスターミナルから出発。
お昼前にニャニュキという町に着き、そこで昼食、その間ガイドは買い出しをしてそこから登山ゲートまで別のバスに乗り換えて1時間くらい走り、ゲートから登山開始。

私はとある日本人男性と登ることになったのですが、彼も私も山は慣れているのでガイドが着いて来れないペースで歩き始めて、すぐにガイドは脱落。私達2人で30分食らい歩いた時。
”ブチッ”と音がして、ザックのストラップが切れてしまいました。縫い方が甘かったようで左の肩のストラップの下側のストラップが外れてその後は切れたストラップを押さえながら最初のハットに到着、そこで、幸運にも針と糸を調達できてザックを縫うために荷物をいったん全部だしてついでに中身をチェックすると。。。

無い!!!! 無い、無い、無い

カメラと一緒に持って来たはずの魚眼レンズがないのです。ザックの中には全く無いので考えられるのは宿に忘れたか、バスに乗った時に落としたかです。

実はこの借りたザック、うまく口を閉めることが出来ませんでした。
初めにバスに乗り込んだ時はザックも一緒にバスの前の座席に置いてくれたのですが、乗る人が多くなると突然荷物は全てバスの上に載せ換えてしまいました。すぐにやばいと思ってザックを取り返そうと思ってバスの上を見るとザックは口を上に載せられていたのでこれなら中身が出ることも無いだろうと思って何も文句も言わずにニャニュキの町まで行きました。
しかし、何とニャニュキの町に着いて荷物を降ろす時にはザックは位置が変えられていて口が下に真っ逆さまに載せられていたのです。いやな予感がしたのですが、さっと見たところ何か落ちたような形跡も無かったのでそのまま山を登ったのですが、どうもその時レンズは重いのでザックから転がり落ちてしまったようです。乗り換えたあとの次のバスは荷物も車内だったのでここでなくなる事はないでしょう。

これに気づいてからずっと落ち込んで山なんて全然楽しめませんでした。

ただ一つ、望みは宿に忘れていることでしたが、今日帰って来てこの望みも絶たれ、5万円もした魚眼レンズを失ってしまったという結果だけが残った登山でした。

今はケニア山の詳細についても書く気が起きないし、今後何をするか考える気もしません。
しばらく放心状態で落ち込んでみます。
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by fuji_akiyuki | 2006-02-02 23:14 | ケニア1