<   2006年 04月 ( 5 )   > この月の画像一覧

アディスアベバに着いた!!@アディスアベバ(エチオピア)

昨日、ようやくアディスアベバに着きました。

ナイロビからここまで、約1800km、とんでもない道を走って、裸の少年に追いかけられて、大雨にあって、飛行機が墜落して、食べるものがなくなって、タイヤは全て予備を使い果たし、盗賊が出るからとバスに乗せられたり、国境を越えてエチオピアに入ったとたんに
"youyouyouyou!!"
と無遠慮でこの上なく失礼な野次が飛んできて、とんでもないアップダウンに苦しみ、まったく英語が通じずにアムハラ語を誰からも教えてもらえずに苦しんだり、食事の選択肢のなさに辟易したりしながら、それでも兎に角アディスアベバまで到着しました。

ここに一度に細かく書くとまた長くなりそうなので取り合えず詳細はまた今度、暇なときにでも過去にさかのぼって投稿します。

取り合えず生きています。ちょっと死にそうだったですが・・・。
d0043372_13445130.jpg

[PR]
by fuji_akiyuki | 2006-04-27 14:40 | エチオピア

馬@アワサ(エチオピア)

起伏が激しいと聞いていたエチオピアでしたが、あまりにも言われていたものだから、逆に対して感じなかったのかもしれませんが、評判ほどではありませんでした。それともまだこれからなのでしょうか。とにかくここに来るまで、何だこの坂は?と思ってしまうような起伏は全部で100km弱ですんでしまったようです。その他は緩やかにアップダウンを繰り返す比較的なだらか地形でした。

昨日アディスアベバまで後約270km、アワサというアディスアベバまでの道ではもっとも大きな町に到着しました。

起伏は思ったよりひどくなかったのですが、人はひどかったです。
「YouYou! YouYouYou! YouYouYouYou!!!!」
「YouYou! バランジ、バランジ、カラメーロ、ステイン」
「YouYou! YouYouYou! FUCK YOU !YouYouYouYou!!!!」
「you you you, give me my money! you, ハイランド、バランジ」
「アッパ、アッパ、アッパッパ、カラメーロステイン アッパッパ」

自転車に乗ってる間は四六時中言われ続けます。本当に人がうざったくて仕方ありません。
たぶんバランジというのはこの国で白人という意味の言葉と思いますが、アフリカに来て、まず最初に覚える現地語が挨拶でもありがとうでもなく、いつもこの白人という言葉でした。

エチオピアは言葉の攻撃だけではなく、石を投げてきたり、泥をぶつけてくることもあり、子供は当然のごとく追いかけてくるし、ひどいと自転車を引っ張ろうとします。ルワンダを思い出してしまいました。ルワンダほど坂がきつくなかったので逃げ切れただけで、やっていることはほとんど変わりありませんでした。いや、もっとひどかったかもしれません。ただし、これも聞いていたことなので、心の準備があったためかそこまでひどく感じませんでしたが、やはり自転車で走っている人に向けて石を投げたり泥を投げつけてくるなんて、どう考えてももうまったく理性を持たない野生動物の域に達しています。

きっとエチオピア人をそのまま日本に連れて行って、エチオピアにいるのと同じように振舞ってもらったら、9割がたのエチオピア人は脳に障害を持っている人だと思われるでしょう。それほどエチオピアでは会う人会う人がおかしな言動をします。アフリカでは大方人間相手にまともに取り合っていると腹は立つし、いらいらするし、疲れるしで、何一つ状況はよくならないことが多いので、大概こちらに用事のない人には徹底的な無視に徹していたのですが、モヤレではそのために大喧嘩になり、ここでは石が飛んでくるので本当にやってられないという感じでした。

アワサは今までの村より少し大きな町で、エチオピア名物のコーヒーや、フルーツジュース、生ビールなんかが安く簡単に手に入って、そういった部分では大いに感激しています。食事は?というと、これもエチオピア独特の薄く焼いたパンケーキ状のインジェラという食べ物があります。インジェラは焼く前の生地を醗酵させるらしくて、酸っぱくてあまりそれだけでは食べたいと思うような代物で灰のですが、これについてくるソースがミートソースそのもので、初めはとてもおいしかったのですが、これも毎日3食食べているとだんだんと飽きてきて、今ではほかのものが食べたいと思うのですが、食事にまったく選択肢のないところはやっぱりアフリカだなと感じてしまいます。
d0043372_13575025.jpg
Photo: Humanyms

毎日朝、インジェラとミートソース。昼、インジェラとミートソースとちょっと野菜、夜インジェラとミートソース味の焼肉、または生肉。これが1週間も続くとやはりちょっと別の味のものが食べたくなってくるものですが、どのレストランもこれ以外のものがなく、メニューは無いか、あってもインジェラ以外のものは用意できないのが普通。淡さまでくればもう少しましなものにありつけるかとおもっていたのですが、甘かったようです。

昨日、気になる馬を見ました。
今は雨季のため毎日のように、午後、突然大雨が降ります。降り出す30分くらい前から風が吹き出して、黒い雲が湧き上がってきて、そうなるとみんな家路を急ぐか適当なカフェに逃げ込みます。

昨日は私もどこかのカフェに隠れてあめをやりすごしたのですが、その後、まだ雨の名残がちらほらぱらついている街を歩いていると、往来の中央に今の雨でずぶぬれになった馬が車線に対して直角に、まるで、車の通りを遮るように立ち尽くしていました。クラクションを鳴らされてもすれすれを車が通り過ぎようとしてもまったく動く気配がありませんでした。

初めはこの馬変だな?おかしいのかな?位に思っていました。

馬のいる通りを通って雨上がりの街をどこかでインジェラ以外のものは食べられないものかとさ迷い歩いて、フラフラと歩き、30分位して、また同じ場所に戻るとやはりまだその馬はその場所に立ち尽くしていました。場所は同じでしたが、向きは車線と平行に、しかし、車道の真ん中に立っていました。今度は馬の両脇を車がかすめて通るようになっていました。しかしなぜそんなところにたっているのか不思議でしょうがありませんでした。

今日、その馬は昨日の位置から100mほど移動していました。それでもまだ道の真ん中にただじっと立っています。草を食むわけでもなく、主人を待つでもなく。
そして今日もいつものように雨が降ってきました。私は馬のいるとおりに面したカフェで雨をしのいでいました。カフェからは正面の通りは見えるけど、屋根のあるところは少し奥なので、馬までは見えませんでした。雨が本降りになり、アスファルトに白い水しぶきが上がるようになったころ、その馬が通りの右のほうからカフェから見える視界の中に入っていました。

そして、どうしてその馬がいつもそこに立ち尽くしていたのか、わかったような気がしました。

その馬は右前足に傷を負っているようでとてもつらそうに歩いていました。歩いているというか、傷を負った右前足をかばう様に何とか4本足で這いずり回っているといった感じでした。左前足を踏ん張って、後ろ足を少し前に繰り出し、後ろ足がついたら今度は右前足を突かないように慎重に左前足を繰り出して、まるで尺取虫のようにゆっくりゆっくりと進んでいきます。そしてその馬の体を容赦なく雨がたたきつけ、アスファルトと同じように背中に白い水しぶきが見えます。その姿痛々しくて見ていられないのですが、もちろん自分にも、地元の人にもどうすることもできないのでほっとくしかないのです。

あの馬は多分足が痛くて動けなかったんだと知りました。動けないけど、足を折って体を休めればもう2度と立ち上がることはできず、そのまま死を待つだけだということを知っていたのでしょう。だからなるべく動かないようにして立ったまま、夜を越して、昼間人や車の往来を眺めていたのでしょう。しかし、雨が容赦なくたたきつけ、体温を奪い、どうにか逃げなければときっと当ても無くさまよい始めたのだろうと思いました。昨日も雨の後現れた馬でした。昨日もどこかで雨が降り出して逃げた先がこのカフェの前の通りだったのでしょう。今日はその馬はラウンドアバウトの方に歩いていき、ついに視界から消えてしまいました。

明日まで持つのか心配でしたが、私にはどうすることもできません。誰も助けようとはしません。そういえば、思い出してみるとイシオロを出てから、エチオピアに入り、これで乾燥と死の世界からは抜け出せたと思っていたのですが、どうも家畜の死骸の数だけは変わらなかったように思います。

あの馬もいずれ路肩の死骸のひとつになるのでしょうか。何かやはりちょっと死の近いくらい印象を抱かずにはいられないところです。それともこれは雨のせいでしょうか?
[PR]
by fuji_akiyuki | 2006-04-24 02:01 | エチオピア

YouYou! YouYouYou! YouYouYouYou!!!!@モヤレ(エチオピア)

目出度く?エチオピア入国。

とにかくマルサビットを出てから4日、道はさらに悪くなり、コルゲーションに加えて拳大の半分くらいの大きさの砂利が敷き詰められたおかげでズルズル滑る道で何度も転倒し、パンクもして、タイヤも裂けて交換し、全てスペアタイヤを使い果たして、どうにか国境の町、モヤレの80km手前の村まで到着しました。

それが一昨日の話し、昨日はそこから80km、さあ走るぞ。と朝宿を出ようとすると宿の親父が出てきて、

「ここからモヤレまで走るつもりか? お前は知らないのか?先週同じように自転車で旅している奴が襲われて自転車から何から全部持っていかれていったばかりだぞ。悪い事は言わない、ここから車に乗れ。」

なんて事言い出すものだから、出鼻を挫かれ、車を待つことに。しかしこれが来ない来ない、全く来ません。お昼まで待つともう何もしないでタダずうっと何時くるか分からない車を待っている事がばかばかしくなってきて、今日車が捕まらなかったら明日は自走しようと決心した矢先に2時前、ようやく1台自転車後と載せてやるという車を捕まえました。法外な値段を言われましたが、多少交渉して、それでもまだ高いとは思ったのですが、これ以上子の何も無い退屈な村で車を待つことなど考えられなくて乗ってしまいました。

車で行ってもひどい道で、これまた振動で頭が割れそうになってたったの80km3時間くらい掛けてようやく5時ごろにモヤレに到着した時は心底ホッとしました。これで乾燥と死のにおいからも開放されたわけです。

ホテルにチェックインしてレストランで食事をしていると何と日本人に出会いました。それも話を聞くとサイクリストとか・・・。

もちろん話をしようと言うことになって、モヤレでたった1軒のバーに行くことに。
二人で日本語で話をしているのに何のデリカシーも持ち合わせないアフリカ人。本当に勝手に入ってきて全くこちらは相手にもしてないのに一人でしゃべりまくりあんまり五月蝿いんで私たちは席を移動しました。今度はちょっと個室のような席でゆっくり話せると思ったら股その個室に酔っ払ったアフリカ人が乱入。

本当に人の迷惑を顧みずに勝手に話して、私たちの会話を妨害しようとしてきます。私は面倒は嫌いなのでそういう常識の無い人間は徹底的に無視してきたしその日もそうしていました。こちらが相手にしていないのだからもう諦めて帰れば良いのに今日のアフリカ人はたちが悪くその態度に腹が立ったらしく、私たち二人で見ていたガイドブックを突然取り上げて叫びだしました。それでさすがに私も怒って彼を追い返そうとして、彼の仲間も乱入して来て大乱闘になってしまいました。この時ばかりはなぜこんなにアフリカ人は自己中心的なんだろうと本当に嫌悪してしまいました。

後で聞いた話に寄ると彼らは警察だそうで、このバーは警察の敷地内にあり、警察御用達で、警察だからこそ高圧的で、私のように無視されることに腹を立てたようです。それにしてもこんな理不尽で利己的で、常識を理解出来ない連中が警察なんかしていたら何時まで発ってもいい国にはならないだろうなと思ってしまう一件でした。

ところでその件は別にして、このサイクリストがこれまた面白い人で、今回でアフリカ12回目。走ってるところは道なき道、本当に道なき道で、毎回テーマを決めて、一回の旅行で10回ほど、コースを決めて走っているそうです。1回のコースは1ヶ月から数ヶ月程で、全てにテーマがあって、特に面白かったのが、”サハラ縦横無尽”とか言うので

「道は無視して砂の無い走れるところを探して走るんですよ。」

と話していました。
正直何考えてるんだろうこのオジサンは???と思ってしまうような人ですが、話はそれだけに面白かったです。

今日はゆっくり国境を越えてエチオピアに入国。
すぐに驚いたのはエチオピアが右側通行であったことです。自転車に乗っているとその国が右側通行か、左側通行かは間違えれば致命的なミスにつながる重要な情報です。ところが、こんなことはどんなガイドブックにも乗っていないので、思いもよらないところで左右が変わると本当にびっくりしてしまいます。今回は本当にエチオピアに入国するまでエチオピアも左側通行だと信じきって疑わなかったのでかなり度肝を抜かれました。明日の朝、間違えなければいいのですが。
d0043372_1411745.jpg
Photo: Basil Pao

そして、次の瞬間。
「YouYou! YouYouYou! YouYouYouYou!!!!」

人に向かって何なんだこの無遠慮でこの上なく失礼な呼びかけは?
今まではハローとかハウアーユーとか言われていたのに何でこんな事言ってくるんだろう?どういう英語教育がなされているのかとても不思議に思います。

しかしエチオピアには美味しいフルーツジュースとコーヒー、パスタがあることには驚きました。なぜこんな美味しいモノがエチオピアだけにあって他のアフリカに無かったのかもとても不思議です。とにかくこれからエチオピア。ちょっとまた違うアフリカが待っていると思うとちょっと楽しみでも有り不安でもあります。
[PR]
by fuji_akiyuki | 2006-04-16 01:56 | エチオピア

マルサビット近郊飛行機墜落、国会議員7名死亡@マルサビット(ケニア)

昨日イシオロ~モヤレ間のほぼ中間に位置する唯一町と呼べるマルサビットに到着しました。昨日の午後から降り出した雨の為、今日は一日、マルサビットに足止めです。

イシオロから約250km、本当大変でした。とにかくコルゲーション。車やバイクのサスペンションが作り出す路面の周期的な凸凹の事で、これがあると自転車がゴットンゴットンと縦に振動して、全く前に進む事ができません。コルゲーションのひどいところでは一つずつ慎重に越えていかないと自転車もろとも壊れそうな気がするので、時速5~6km位まで落とさなければなりません。

ゴトゴトするとお尻も痛いし、なるべく路面の良いところを探して、走っていくのですが、ちょっとといい所を見つけてスピードを出そうとしても直ぐに悪くなってゴトゴトゴト。ちょっと下り坂でスピードが出てもゴトゴトゴト。現地人の10歳から12歳くらいの子供が素っ裸で追いかけてきて、怖くて逃げようとしても直ぐにゴトゴトゴト。

自転車で走っていると子供達が面白半分に良く追いかけて来ます。大概は無害だし、有っても”Give me MY money”攻撃くらいなのでいつもは大して相手にもしません。しかし、裸の男の子に追いかけられた時だけは本気で恐くて逃げました。アレは怖かったです。
コルゲーションはそれでも続き、晴れてもゴトゴトゴト。大雨が降ってもゴトゴトゴト、お尻にくるショックで本気で骨盤が骨折するんじゃないかと心配するほどでした。振動で、ハンドルを握る手は痺れてくるし、頭も痛くなって毎日1日が終わると憔悴しきっていました。
さらにせっかく辿り着いた村にあるレストランにはメニューはいつもたった一つ。カランガと言うぶつ切り肉を焼いただけの簡単なもので、それもビックリするくらい高く、しかも午後4時くらいを過ぎるとそれも売り切れで食べるものが無かったり、コカコーラの値段も町の3倍以上だったり、疲れた体に精神的に追い討ちをかけられるしまつです。

それにしてもこの辺り、イシオロを出て以来、あまり背の高い木のない、ステップ気候になったのですが、異常なほど家畜の死骸を見ます。牛やヤギの屍が300mの間に5体も6体も見かけることすらあるし、村について歩いてみると足元に石ころに混じって草食動物のあごの骨や足の破片など、自転車からでは小さすぎて見落としてしまうそういった屍の部分部分がよく見るといたるところに散乱していたりします。こうした屍には独特のにおいがあって、このケニア北部の砂漠地帯には乾燥と死の匂いが大いに漂っています。
d0043372_14211853.jpg

そんなこんなを乗り越えて、どうにかマルサビット手前2km位まで来たら、今度は道がぬかるんで泥だらけになってきました。乗ることが出来ずに自転車を押していたら今度は自転車が動かなくなりました。

「エッなぜ!?」

原因を探ってみると何と泥が泥除けと前輪の間につまって前輪にロックが掛かってしまっていました。泥を取ったりして時間を取られている間にもう待ちは直ぐ目の前なのに雨に降られてぬれねずみになってしまいました。それから午後は10分おきに天気のクルクル変わる不安定な空模様で、夜まで大雨と晴天の繰り返してました。

そして今日。早朝は昨日からの断続的な雨は段々とその強さが増していき、7時くらいにはまるで台風のような勢い。これじゃあ走る事は絶望的と諦めて今日も1泊を決め込んでいたら、日本だったらきっと欠航が相次いでニュースで空港の映像が流れて、野島崎から雨合羽を着た不運なリポーターが足を踏ん張りながら雨の模様を必死に中継するようなこんな天気に国会議員を乗せた飛行機が飛んだらしく、当然のごとく墜落、午後になって現地の人に教えてもらったところによると朝10時ごろ、昨日通ってきた山の裏に墜落し、それには国会議員7人を含めて15人くらいが乗っていたということでした。

何人か生き残った人もいるとかいないとかでしたが、国会議員は全て亡くなったらしく、マルサビットの町はその話題で持ちきり、新聞屋さんの周りは黒山の人だかりで、皮肉にも午後は晴れ渡っていい天気になっていました。
d0043372_23244597.jpg


**********************************************************
軍用機が墜落 国会議員ら14人死亡 ケニア  2006年04月11日02時00分

ケニア北部マルサビット付近で10日、ケニア空軍機(乗員・乗客18人)が墜落し、地元テレビによると国会議員数人や州政府幹部らを含む14人が死亡、4人が負傷した。事故原因は不明だが、ケニア赤十字の担当者は機体が炎上していたと、AFP通信に語った。

マルサビット周辺では、干ばつによる水や牧草の不足で、地域住民同士が衝突を繰り返しており、国会議員らは仲裁のためにナイロビから現地に向かう途中だったという。

アサヒコムより
http://www.asahi.com/international/update/0411/002.html
[PR]
by fuji_akiyuki | 2006-04-10 01:55 | ケニア2

マヨネーズを知らないイシオロ到着@イシオロ(ケニア)

ナイロビを出て、4日。予定通りイシオロには到着できました。しかし、ナイロビでの自堕落な生活は確実に体をナマらさせていました。

まずナイロビを出て初日、体を慣らすためにもと40kmほど行った町、ティカという所まで走ることにしました。さすがにたったの40km、その日はなんの苦も無く到着し、これならいけるだろうと次の日、そこからさらに100kmほど行った町、ニエリに目標を決めて走り出したまでは良かったものの、これが結構起伏のある道で、何とたったの50km過ぎで足が動かなくなり、この旅始まって初めて、アスファルトの登り道で自転車を押してしまいました。

どうでもいいことですがどんな登り道でも舗装路だったら絶対押さずに上りきれると思っていただけに結構屈辱的でした。それも大した勾配の坂ではなかったのでこれまた自分の体力の衰え加減にショックを受けました。考えてみればマダガスカルも半分くらい荷物を置いて渡ったので、フル装備で走るのは実に2ヶ月振りになるので重さに慣れるまでにも少々時間が掛かるかもしれません。
d0043372_18134867.jpg
Photo: 大木さん

次の日から目標を80km位にして、どうにか予定通り、ナイロビから4日で昨日イシオロに到着、先を急ぎたかったので、今日出発したかったのですが、あいにくの大雨の為、足止めとなってしまいました。

イシオロから500km、噂に聞く悪路が続くと言う事で、途中食料も中々手に入らないだろうし、雨季なので避けたいのですが、キャンプもしなければならなくなることをかんがえて、ここイシオロで食料買出しをしようと町を物色してみました。パンとピーナッツバター、飴玉、缶詰は手に入ったのですが、どこを探してもマヨネーズが無く、2軒ある小さなスーパーではいくら聞いてもマヨネーズを理解してくれませんでした。もしかしたら本当に知らないのかもしれません。でもピーナッツバターはあるのにマヨネーズがないなんて・・・

しかし、アフリカではこういうことがしょっちゅう起きます。例えば2軒お店が並んでいます。右の店にはマヨネーズが無くて、左の店にはマヨネーズが置いてあるときに、右の店に入るとなぜか右の店の店員は全てマヨネーズを知らずに、”マヨネーズ”と言う単語が全く通じないか、全く別の物を出してくるかのどちらかですが、左の店に行くと一発でマヨネーズが出てきます。
隣にあるマヨネーズ、何故右の店の人は全く知らないのだろうと不思議に思うようなことが当たり前におきます。これがインスタントラーメン、お米、スパゲッティ、蚊取り線香、ロウソクなど、およそ知らないはずは無いものでもおきるので不思議です。

ただし、イシオロのマヨネーズの場合は本当にその周辺で手に入れることも出来ず、町中にマヨネーズが存在していなかったのかもしれませんが・・・
[PR]
by fuji_akiyuki | 2006-04-05 01:52 | ケニア2