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ペットボトル入りのビール発見@エルサレム(イスラエル)

アフリカを2年間走って見つからなかったペットボトル入りのビール。こんなところで発見しました。あるもんだな。でも…ペットボトルの最大の利点は一度開けてもまた蓋をして持ち歩けること。それを考えると一度開けたビールをもう一度蓋を閉めて持ち歩いてまた飲む気になるのかな。不味そう。ロシアって変な国だな。

実はここ、今泊まっているホテルには韓国人の牧師さんがいて、韓国人と日本人にだけ食事を提供してくれます。この物価のバカッ高い国ではとても助かっています。

でもこの牧師さん、全くといっていいほど英語が出来ません。とても純粋な人なのですが、不器用で、人とコミュニケーションをとるのがとても苦手な感じの人です。韓国人とは話すのですが、日本人には無口で、あまり笑わないし、いつも怒ってるように感じる人もいるようです。

この牧師さん、1948年に生まれたそうですが、それからずっと孤児で、2003年まで路上で育ったそうです。時には刑務所に入ることもあったりして、自殺も考えたことがあり、そのときに聖書の一説が頭に浮かんで、自殺を思いとどまり、一度は原因不明の病気にかかり、病院にもいけずに、あきらめていたときにも神の声が聞こえ、それで病気が治ったといって、とても熱心なクリスチャンになったそうです。

そんな彼が1年半くらい前に此処に来てお金の無い旅行者のために、神からの恩恵として、食事を提供してくれているのです。

これは全く牧師さんの好意によるもので、どんな感じかというと、チェックインする韓国人と日本人の数をチェックしておいて、夕飯を作り始めます。それで、7時くらいになると
「ジャパニーズ!!」
といって声をかけて手招きされて半ば強引に夕飯を食べさせられます。で、もちろんこれはホテルのサービスでもなんでもないので、お皿やなべは自分たちで洗うし、出来るだけ残さないように努力もします。牧師さんが身銭を切ってやってくれていることなのでそれはもちろん当然のことだと思っています。

そんな牧師さんのお手伝いをしようと思って夕飯の始まる前にキッチンで待ち構えて手伝おうと申し出たのですが、なかなか手伝わせてくれなくて、結局はたまねぎの皮むきとかニンニクの皮むきくらいしか許してもらえませんでした。なんともちょっと偏屈で頑固なオジサンなのです。

牧師さんの考えとしては自分自身も何度も神に助けられた身、こうやって旅行者に食事を振舞うのも喜捨のひとつだし、感謝するなら私ではなく神に感謝しなさい。ということらしく、「カムサハムニダ」と、言っても、私ではなく神に感謝しなさいと言われてしまうし、なかなか謝礼なども受け取ってもらえません。本当に不器用で頑固なおじさんです。

牧師さんとしては一人でも多く、神を信じてくれる人がでればと、こうやって食事を振舞ってくれているようです。

ホテル側としてはこの牧師さんがいるおかげで韓国人と日本人がこのホテルに集まるために、彼をリスペクトしている面もあって、決して牧師さんがないがしろにされているということも無いようです。

この牧師さんの存在については結構情報ノートなどに載っていて、韓国人と日本人のバックパッカーの間では有名な存在になっていたりします。

しかし、この牧師さんの好意を勘違いして、此処のホテルが朝、夕の2食付だと誰かがどこかの情報ノートに書いたことがあるらしく、それを信じた日本人がこのホテルに来て、味がいつも一緒だとか、昨日はあったのになぜ今日は無いのかと文句を言ったり、ホテル側のサービスだからと思ってお皿なども洗わずにおきっぱなしにしたり、牧師さんに挨拶すらし無かったりと非常に横柄な態度をとっていた時期があるようで、一時期、日本人には食事を作らないことにしていた時期もあったようです。

しかし、これもやはり牧師さんが英語を話さないのと、日本人が韓国語を話さないために相互理解に事欠いておこった誤解がもとだったようです。今では日本人にも進んで食事を振舞ってくれます。

3日ほど前に事件が起こりました。牧師さんはルーフで寝泊りしているのですが、そこに牧師さんは牧師さんの手製のコチュジャンを大きなたっぱに入れて保存しています。そのタッパの蓋が開けられてかき混ぜられてそのまま放っておかれていたということがありました。

これを発見した牧師さんが激怒して、
「誰だこんなことしたのは、もうこんなホテルには居られない、チェックアウトする。他のホテルに移る。もう食事は作らない。」
と叫んで、取り乱したことがあります。このときはホテルのスタッフと韓国人旅行者がなだめすかしたのですが、どうもこのことだけが直接の原因で取り乱したのではないようで、これは日ごろ鬱積された牧師さんの感情が爆発する引き金になったに過ぎなかったようです。

多分、この事件はコチュジャンを見てなんだろうと思った欧米人が好奇心であけてみて、もしかしたらちょっと味見をしてみただけなのかもしれないのですが、その人が少しだらしなくて、蓋を開けっ放しにしてしまったというのが事件の真相だと思うのですが、それが牧師さんには欧米人からの嫌がらせと感じられたのかもしれません。

とにかく、牧師さん曰く、
「いつも欧米人は私のことを無視しているし、変人扱いしている。」

続く次の日も、これもどんなもんだろうというイベントがあったのですが、なぜか女性にだけ無料でバーベキューが振舞われるというわけのわからないイベントが牧師さんの寝ているルーフで行われて、やはり牧師さんが怒って降りてきたという事件がありました。

でも、この一連の事件や牧師さんの感情には潜在的な問題も含まれていて、私個人としてはこの牧師さんのことは好きなのですが、やはりこれは欧米人がらみたら韓国人と日本人だけに食事を振舞っているのを見ると面白くないだろうと思いました。

しかし、別に欧米人が牧師さんに嫌がらせをしているというわけでは決して無いのですが…。

じつは牧師さんにしてみても本当はみんなに食事を振舞いたいし、欧米人も東洋人もみんなそろって牧師さんの食事を食べてくれたら…と思って入るようなのですが、やっぱり言葉の問題もあるし、前に記したように日本人のように誤解するようなこともあったらしく、それに、欧米人のほうが独立心が強くて、私は食べたくないとか断り方が直接的だったり、でもそれすら牧師さんには伝わらずに、牧師さんからすれば嫌われているのかと取れるような態度で断られることもあるのでしょう。

そこに、あるちょっと特殊な女の子が現れました。見た目は東洋人なのですが、実はアメリカ人、彼女はベトナム生まれで、里子に出され、アメリカで育ったそうで、彼女自身にもきっと色々苦労もあったのかもしれませんが、それはともかく、その見た目のせいで、牧師さんは日本人だと思い込んで彼女を食事を誘ったのが始まりで、考え方も、しゃべり方も全くアメリカ人の彼女がそれまで韓国人と日本人だけの食卓に入ってくることになったのです。
 
今日はそんな彼女と韓国人と日本人とで牧師さんに従って、小さな教会にミサに行ってきました。牧師さんはこうして旅行者がミサに参加してくれるのが嬉しいらしくて、いつもは硬い表情も、今日は良く笑い、そして、彼の生い立ちを涙ながらに話してくれました。韓国語で、わたしたちは後で韓国人の旅行者に訳してもらったのですが…。

その牧師さん。昨日は私にそのベトナム生まれのアメリカ人の女の子を絶対にミサに来るように説得してくれと頼んできて、ちょっと苦労しました。彼女は彼女で、もちろん英語が堪能でわれわれ日本人と韓国人の間にいて、何度も聞き返されながら、会話をするより、欧米人の間に居たほうがきっと気が楽だし、実際良く欧米人の間に入って会話を楽しんでいるようでした。

すると、やはり牧師さんのことは話題にのぼるようです。でも彼女はその食事の恩恵を受けて、他の欧米人は受けていません。中には牧師さんのことを人種差別主義者だという人も居たりして、彼女自身子の韓国人日本人のグループに参加するのを自粛するようなところが垣間見られました。

そんなわけで、牧師さんはそんな状況に置かれている彼女がミサに行ってくれるかどうか心配になって一緒にボーダーを越えてきて、比較的話もする私に彼女をミサに連れ出すように命令を下したわけです。

牧師さんにしてみれば、欧米人とも話すし、東洋人グループにも来る彼女が東洋人と欧米人の間に入って架け橋になってくれることを願って、どうしても連れて行きたかったようです。結果的に彼女はミサに参加してくれたし、もう一人、南アフリカ人の男の子も東洋人グループの間で食事をするようになり、今日のミサにも付いてきてくれました。

最近は牧師さんも何とか欧米人も呼ぼうと努力し始めているようです。

何とか多くの人が牧師さんのことを理解して、賛同できる人が牧師さんの食事を人種のわけ隔てなく楽しむことができるようになればいいのになと願うばかりですが、私も一時的な旅行者の一人、何も出来ないのがもどかしいです。でもときどき、何人か、仲良くなった人たちだけですが、牧師さんの食事を食べてくれたのは私も嬉しかったです。

しかし、問題は多くて、牧師さんの料理は日本人ですら辛いし、もし全員が食べたらお金も大変なことになるだろうし、それこそ前述のような誤解がまた起きるとも考えられるし…難しい問題も多く、大変だと思います。

でも牧師さんが末永くこの食事を振舞うことを続けられて、たくさんの人が参加して、ミサにも行って、気分よく旅を続けられるような宿になってくれるといいなと願っています。

いろんなことを考えさせられて、貴重な体験が出来ました。
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by fuji_akiyuki | 2006-07-30 00:28 | 日記

アフリカ最強の日本人宿「サファリ」@カイロ(エジプト)

その宿は5th floor にあります。日本式にいうと6階です。
無茶苦茶遠いです。行くのが嫌になります。
でも、カイロにあるそのアフリカ最強の日本人宿「サファリ」は、そこにあります。
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「サファリ」には長期滞在者がいます。1年近くいるその人たちを「チームサファリ」と呼びます。そしてこの「アフリカ最強の日本人宿」というのはそのチームサファリのR君の口癖でした。
「カイロに来るならアフリカ最強の日本人宿サファリにおいでよ。歓迎するよ。」とナイロビでR君に言われて、どういう意味で最強なのかさっぱりわかりませんでしたが、カイロ滞在はそこに行くことに決めました。

沈没。
チームサファリは、そういった結局は旅の途中でカイロのサファリが居心地がよくて住み着いた人の集まりとも言えます。旅を忘れてよどんだ水のように一つの所にだらだら問い続ける。そんな印象を受ける沈没です。何か腐敗臭まで感じてしまうような…。
そんな沈没者ばかりがいるサファリってどんなところだろう。なんて気持ちもないわけではなく、それでもナイロビであったチームサファリのR君やAさんやMちゃんたちを見ているとちょっと覗いてみたくなって行ったサファリでした。

でも今回のサファリは楽しいことばかりではありませんでした。サファリで大事件が起こったのです。内容は詳しく書きませんが、その事件でチームサファリはただの旅行者の集まりとは思えない団結力を見せて、事件解決に当たりました。侍のようないでたちのNさんとダハブに行っていたAさんMさんが急遽カイロに帰ってきて、3人を中心に事件解決にいろいろと動いてくれました。

各方面に散らばっていたチームサファリの面々も集まってきて、パソコン通のHさんやシェア飯料理長のMさんも3人をいろんな面でサポートしながらチームサファリは動いていました。

しかし、事件は思った以上に残念な幕切れとなってしまったのですが、それでもサファリの暖かさに触れられた一件でした。そして、カイロを去るとき、侍のNさんがブルースハープで”stand by me”を私がとぐろに巻いた階段を下まで下りる間中演奏してくれました。心に響く”stand by me”をありがとうございました。
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サファリではこの大事件とまったく別に私個人的な一大事もあり、なんとも忘れられない滞在となりました。
 
しかし、今チームサファリのメンバーもだんだんとサファリを去るという噂があります。でも新しく長期滞在者がまたきっとチームサファリを結成してくれるものと願っています。そして、いまの家族のようなチームサファリができて、サファリという宿が旅行者のつかの間の憩いの場となることを願っています。だから宣伝しておきます。

カイロに行ったらアフリカ最強の日本人宿「サファリ」においでよ。 
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by fuji_akiyuki | 2006-07-08 00:26 | エジプト