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big disappointment@ダマスカス(シリア)

シリアって良い国だなって思っていた矢先のことでした。
ここ3日くらい連続でいやな目に合いました。

カフェでコーヒーを頼んだら飲む前は35ポンドだったのが、飲み終わったら「50ポンド」と、普通の店では付け合せとして出てくる無料のピクルスが、食べ終わってから「20ポンド」と、請求されたりします。本当にせこいというか、卑しいやり方でどうにかどうにか小さなお金を毟り取ろうとしてくる輩が多くて…。

この手の詐欺まがいの請求はアフリカでも東側に入るとかなり少なくなったのに、ここ3日間連続でやられてちょっとシリア人にがっかりしています。もちろんそんな請求は撥ね付けて払いません。しかし、どうも後味が悪いし、こんなことをしたら後々絶対に喧嘩になるだろうということくらい何で理解できないのか、非常に腹立たしく思います。

走っているときは優しい人が多かったのに、やっぱり都会だからでしょうか。


もうひとつ。実は昨日、日曜日にダマスカスを出発しようかなと思っていたのですが、ここで会ったもう一人の自転車乗りに引きずられて、一緒に私のメールが読まれるはずのNHKのラジオを聞こうと言われて、ずるずると残ってしまいました。

初めはラジオが入るかどうかも心配していたのですが、放送が始まって周波数を合わせると、思いのほかクリアーに受信できて、今日は聞けるぞとラジオの前に正座していたのです。が、しかし、実際ラジオを聞いてみたらなんとアンコール特集とかで昔の放送からピックアップしたものを再編集して放送するとかで、「旅でござんす」のコーナーがありませんでした。

これもbig disappointmentでした。


そして、今日こそ出発する予定だったのですが、ナイロビで会って、エチオピアで会って、イエメンで一緒に旅行して、カイロでも会った友人が、いきなり昨日同じ宿に到着して、「せっかくだから一緒にゴラン高原に行こうよ」と誘われると断るわけにも行かずに今日はゴラン高原に行ってきました。

ゴラン高原にあるクネイトラという街は、第三次中東戦争だかなんだかに空爆を受けて破壊された街で、戦争の悲惨さを伝えるためか、わざとそのまま残された街です。

壊滅された町は確かに戦争の傷跡を生々しく残しています。しかし、今現在レバノンとイスラエルは戦争状態にあるようです。そして、シリアではレバノン側のヒズボラという組織を応援して、ヒズボラの旗がそこらじゅうにはためき、Tシャツやヒズボラグッズが売り出され、テレビではヒズボラの兵士が戦闘行動を行っているシーンに軍艦マーチのような音楽をBGMとして付け加え、まるで兵士たちがヒーローであるかのようなCMがたびたび放送されています。

いったいクネイトラは何のために保存されたのでしょうか?戦争の悲惨さを伝えるためなら戦争をしている組織を応援するのはどうかと思うのですが。もしくはイスラエルがこんなことをしたというのを見せつけるためなのでしょうか?

私自身、今回の戦争の原因がどこにあるのか正確に把握しているわけではありません。しかし、なぜ戦争なんてもう止めようという方向には進まないのか、なぜ戦争が何も生み出さないってことに気が付かないのか、不思議でしょうがありません。だいたい、クネイトラを見れば結局戦争で残るものは廃墟だけだってことくらい分かるはずなのに。

そして、このヒズボラ万歳の雰囲気の中で育った子供たちはどうなるのか。イスラエルにしても、銃を持って修学旅行に行き、男女含めて全員が兵役を経て大人になったとき、どんな国が出来上がるのか。

他人事ながら末恐ろしい気がします。
これもひとつのBig disappointmentでした。

そして自分勝手な旅行者として言うならば、こんな馬鹿げた戦争が始まったおかげでベイルートのシティバンクでトラベラーズチェックがノーコミッションでドルキャッシュに換えられるはずだったのにそれも出来なくなってしまいました。

戦争なんて、バッカじゃないの!!
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by fuji_akiyuki | 2006-08-14 22:31 | シリア

ダマスカスとマダガスカルは似ている。@ダマスカス(シリア)

どうも「ダマスカス」と言おうとすると、「マダガスカル」と言ってしまいます。

「ダマスカス」はシリアの首都で、「マダガスカル」はワオ(輪尾)キツネザルとアイアイの住む島の名前で、まったく似たところはないのですが、やっぱり言葉の響きがダマスカスとマダガスカルって似てますよね。

「グレートリフトバレー」と「グレートバリアリーフ」も似ていて、アフリカ大地溝帯(グレートリフトバレー)を走っている頃はこれも良く間違えました。似てますよね。

と、言うわけで、今はシリアの首都ダマスカスにいます。昨日、到着しました。

シリア人はとても人がいいです。ここに来るまで、シリア国境を越えてからたったの2日しか走っていないのですが。

高額紙幣しかなく、おつりがあるかどうか心配で、「お釣りある?」と聞きながらサンドイッチとコカコーラを注文すると、「大丈夫だ」って言いながらコーラとサンドイッチを持ってきて、代金はいらないと言って受け取りません。

別の店でも、お店に入ってコカコーラを注文すると、なぜか食べ物とお茶がセットで出てきて、お代はいらないといって受け取らないし、スイカをご馳走になったり、道端に座っていたらジュースを買ってきてくれたり…。

今までこんなに現地の人に物をもらうなんてことはなかったので、世の中にはこんな人もいるんだと驚くのと同時に、払いたくても払わせてくれないことにちょっと戸惑いも感じているほどです。

ただ、カイロ辺りから思っていたことなのですが、中東は宿が少なくて困っています。
アフリカだったらこの規模の町なら絶対に宿があるはずの街なのに、中東だと「ここは小さい町だから宿なんてないよ」って言われてしまいます。

もう最初から小さいことがわかって「宿もないだろうな」と予想がつくときは、初めからどこかに一晩の宿を頼むつもりでいるのでなんとも思わないのですが、絶対に宿の一つもあるだろうと見越してそこまで走ってきたのにそんなことを言われると「何でこんな大きい町なのに宿の一軒もないの?」と逆に腹が立って「宿がないほうがおかしい、どうかしている。とにかく近くにここより大きな町もないし、ここを目当てに来たのにどうしてくれるんだ。」ぐらいの勢いで宿を探してしまいます。

結局アンマンを出たその日は誰かの家に泊めてもらって、2日目の夜は警察署の中に泊めてもらいました。大概泊めてもらうと、これはアフリカでもそうでしたが、シャワーを用意してくれて、夕飯までご馳走してくれるという結構至れり尽くせりです。しかし、なんかやっぱりそれはそれで申し訳ない気もして、お金がないわけでもないし、かといって、なぜかいくばくかのお金を置いていくのはどうも抵抗があって、どうも好意に対してお金を払うという行為は失礼に思ってしまいます。これは自分が日本人だからなのでしょうか?

何かいい、手ごろな贈り物でもあるときはいいのですが…。と言うことで、何もないときは、折り鶴を折ってあげるくらいしかできません。でも感謝してます。


ダマスカスにはアンマンで会った日本人旅行者たちが一足先に到着していて、さらに北から南下してきたという自転車乗りにあったので、ダマスカスに到着してからほとんどだべってばかりで、深夜にはそのうちの1人がパソコンを持っていて、それで映画を見てしまいました。

そして、今日は今日で金曜日、どこもかしこも休みで、ネット屋さんで暇つぶしてきっとこの後酒屋さんに行ってビールを買い込んで、飲んだくれる午後を過ごして、明日は張り切ってダマスカスを観光しようと考えています。そして買ったばかりの靴が壊れました。「安物買いの税失い」ってやつです。今度はもう少しましな靴でも探してみようとたくらんでいます。

ああ、予定は遅れる一方で…いつになったら日本に帰れるのやら。
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by fuji_akiyuki | 2006-08-11 20:06 | シリア

スタンプ@アンマン(ヨルダン)

アンマンでだらだらと無感動な日々を過ごしてすでに1週間が経ってしまいました。明日くらいにはシリアに向けて発とうと思っているのですが…。

最近のことではあまり書くことがないので、今回はちょっと前にさかのぼってイスラエル入国についての話です。

イスラエルは基本的にはユダヤ人たちのユダヤ教の国、そして、イスラエルは周りのイスラム諸国とあまり仲がよくなく、イスラエルに入国の痕跡があると入国を拒むイスラム教の国がいくつかあるようです。じゃあ、イスラエルに行った私は大丈夫なのか?
 
これまた有名な話で、イスラエルはそのような事情を承知で、イスラエルの入国スタンプをパスポートではなく別の紙に押してくれます。でも、これは必ずということではなくて、担当の係官の気分によってはパスポートにスタンプを押されてしまうこともあるようです。

実際に行ってみるとイミグレの係官はすべて女性、多分徴兵制度で軍隊に入った女性たちの分担になっているのでしょう。そして、その係官の前にずらっと列ができて、多くの人が係官にスタンプを押さないように言っては、彼女たちは激怒して「何で押してはならないの?」と聞き返して、いざこざがあちこちで発生しているようでした。

実際、前に聞いた話よりパスポートにスタンプを押されることが多いように感じられたし、彼女たちもルールが変わってパスポートにスタンプを押すことになったと言いながら有無を言わさずに押してしまう例も多々あるようです。

私と一緒に国境越えをしたグループにも一人、頼んだのに押されてしまった人がいたし、エルサレムの宿でも何人かそんな人に会いました。

考えてみれば「パスポートにスタンプを押すな」とイミグレに頼むこと自体がおかしいし、係官からすれば「何でうちの国のスタンプをそんなに毛嫌いするのか?」とも思うだろうし、十分自尊心や愛国心を傷つけることでもあるはずです。

私はなるべく係官と友好関係を保って、「no stamp please」は言わない作戦に出ました。

最初はいろいろと質問されて、10分くらいの質疑応答の末、パスポートは別室に持っていかれました。この間、係官とは作戦通り友好な関係を保ち、質疑応答は周りの喧騒とは裏腹に時々笑顔も混じりながら和やかな雰囲気で経過しました。

しかしそれから待たされる待たされる。多分どこの国に入ったのか、パスポートをチェックしているのでしょう。さらに私のパスポートはほとんどがわけのわからないアフリカの国のスタンプばかり、調べるのに手間取ったのか、4時間待たされて、またさっきの係官に呼ばれました。

それでスタンプを押して終了、って時にやっぱり彼女はパスポートに押そうとしたので最後の最後にストップをかけて、”申し訳ないけど、別紙にお願いします。”と言ったら何もとがめられることなく彼女は別紙に押してくれました。最初に友好な関係を保っていたのがよかったようです。

しかし、これはイスラエル側の寛大な処置に甘えることができたということで、パスポートにスタンプを押すのはイミグレの仕事、押すのが当然で、それを承知の上で特別に別紙に押してもらうんだと平身低頭の態度で行かないとやっぱりパスポートに押されてしまうように思いました。コツは絶対怒らない、怒らせない、腰を低くして頼み込むようにお願いする。と、良いみたいです。

しかし、この件に関してよく考えると、やっぱり周りのイスラム教の国がイスラエルの入国の痕跡があるだけで入国を拒否するという何とも子供じみた態度のほうに問題があると思います。国同士が仲が悪いからといっても旅行者にとってはどうでもいいことだし、そんな国同士の問題の火の粉を旅行者に振りかける前に問題の解決を急いだらどうなんだと思ってしまうし、旅行者が過去どの国に入ったかなんてわざわざ関知する必要もないし、それによって入国を拒否されるなんてそれこそどうかしていると私は思うのですが…。

そんなわけで、また戦争の始まってしまった中東ですが、いつになったら戦争なんかしても何にも解決にはならないってことに気がつくのかな。これが私の旅行に影響が出なければいいのにって思いながら、ちょっと憂鬱になっている今日この頃です。
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by fuji_akiyuki | 2006-08-05 15:30 | ヨルダン

Passion@アンマン(ヨルダン)

そこでイエスは死刑を宣告された。

ヴィアドロローサ第1留は、イエスキリストが死刑を宣告されたという場所で、そこからイエスはこれから自分を貼り付けるための十字架を担がされてゴルゴダの丘を登り始めます。

その様子をドラマティックに描いた映画、"PASSION"を一昨日見ました。
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Photo: WebStyle

エルサレム旧市街にあるヴィアドロローサは、イエスが十字架を担いで運んだ道を追ってイエスの墓まで辿るというものです。ゆっくり説明を聞きながら歩いて約1時間。全長1km程度の道ですが、その間に14ものステージ(留)があり、そのたびにイエスが最初に転んだところとか、聖母マリアに会ったところなどいろいろとゆかりの地が出てきます。

そのゆかりの地とそこに残る話が映像で再現されて、今回PASSIONはかなり興味深く見ることができました。
 
この映画、全米ではかなりヒットしたようですが、日本ではそうでもなかったらしく、知らない人もいるのではないかと思います。旅の宿には結構置いてあったりして、何度か見る機会もあったのですが、別にクリスチャンじゃないしと思っていたし、ナミビアのヴィントフックの宿では毎日誰かが一度はビデオでかけていたのでちょっとうんざりするくらいに思って、真剣には見ずにいました。今回、このイエスのゆかりの地を訪れ、ヴィアドロローサも辿ってきて、急に見たくなったら、アンマンの宿にDVDが、そして一緒にエルサレムから帰ってきた日本人旅行者がDVDプレイヤーを持っていたという、神の啓示のごとく「見ろ」と言われている気がしたので、二人でゆっくり見入ってしまいました。

と、言うわけでPASSIONも興味深かったのですが、なんと言ってもやはりエルサレム。
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Photo: Wikipedia

イエスが処刑されたゴルゴダの丘に立つ聖墳墓教会、その中にあるイエスの墓。ユダヤ教の聖地である、かつてユダヤ教の神殿があり、ただひとつ残った神殿の西側の壁、俗に言う嘆きの壁。ユダヤ教の人が聖書片手に熱心に祈りを唱えているその壁の向こうにブルーのタイルに金色のドームを持つイスラム第三の聖地のドームオブロックモスク。

エルサレムはキリスト教、ユダヤ教、イスラム教の聖地。なんか見ていて不思議な気分になるところです。そして、知ってのとおり中東戦争とか、自爆テロとか、きな臭い雰囲気も漂うわけで、この三つの宗教が必ずしも仲良くやっているわけではなさそうです。だからといって路上で他の宗教の人同士がけんかしたりなんてことはないようですが。

しかし、とにかくエルサレムはテロを恐れています。町の警備は厳重で、ところどころにチェックポイントがあり、修学旅行生は先頭と最後の年端も行かない女の子がライフル銃を肩から袈裟懸けにぶら下げて歩いていたり、そこらじゅうで銃と金属探知機とエックス線の機会を見ることになります。

一見平和そうに見えるエルサレムの町ですが、何かを恐れているのが伝わってくるところでもありました。

そして、イエス生誕の地といわれるベツレヘム。エルサレムからバスで30分くらいのところなのですが、ベツレヘムはパレスチナ自治区側、そして、今はそのパレスチナ自治区とイスラエルを分け隔てる壁がずうっとできています。まるでベルリンの壁の再来のようです。
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Photo: ARIJ

歴史的背景や宗教的な争点などに疎い私にはよくわからなかったのですが、とにかく何かおかしいと感じるところのあるイスラエル訪問でした。
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by fuji_akiyuki | 2006-08-01 17:42 | ヨルダン