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漢字検定4段@カシュガル(中国:新疆ウィグル自治区)

ニーハオ。
はい、中国にいます。

ここ数日中国で、文明を謳歌しています。
こうして文明の中ですごしてみるとやっぱりパキスタンってひどい国だったんだなぁってつくづく思ってしまいます。

とにかくパキスタンでは不運も続いて、いろいろと足止めを食らったり、事故にあったり。とにかくパキスタンとは相性が悪かったようです。

それにしてもパキスタン。ちょっとアフリカに似ています。
プチアフリカを体験するにはパキスタンをお勧めします。

そこで、私が研究したパキスタンとアフリカの共通点をあげて見ます。

①物を小さく売る。小さく買ったほうが得。

アフリカでもそうでしたが、バナナを3本買うと50フラン。4本買うと100フラン。というようにまとめて買うとなぜか割高になったりします。
パキスタンも2倍の値段払って1.5倍しか量がなかったりします。 
すべては一番小さい袋で買うのが得。
どう考えても貨幣経済は成り立ってないと思うんですけどね。   

②おかずが小さい。
 
本当。人馬鹿にしてるの?って思うくらいパキスタンのカレー、量が少ないです。おかずは日本で言うなら小鉢にちょこっと入ったお通し程度で、座布団くらい大きなナンを食べます。ほんのちょっとのおかずでやったらパンばっかり食べるから全然味気ないです。
アフリカのウガリ&薄いトマトソースベースの肉片3つくらいの勢いです。
本当、ちょっとまともなものを腹いっぱい食べたいというフラストレーションに見舞われます。

③人が集まるまでバスが発車しない。

この間事故を起こしたとき、ペシャワールからラホールに戻るバスに乗ったのですが、乗客が少なかったせいか、発車時刻になったらバスの運転手はバスをターミナルの出入り口付近まで移動しただけで、一向に出発しません。
何をしてるのかと思って外を見ると車掌が一生懸命乗客を集めていました。
結局そこで、3時間も待って、やっと出発するのかと思ったらいきなり向かいのガソリンスタンドで給油してました。
それなら最初からやっとけよ。と突っ込みたくなる効率の悪さでした。

④ホテル、トイレ、シャワールーム、の扉が閉まらない。

一応扉はあるんですけどね。大概うまくしまりません。
トイレ、シャワールームには無数ののぞき穴があります。
何で扉ひとつまともに作れないんだろうって思います。

⑤インターネットのスピードが遅い。

これは前にも書いたのでどのくらい遅いかは割愛しますが、わざとやってるとしか思えないくらい遅いです。わざわざ遅くしなくちゃここまで遅くはならないだろうと思うくらい遅いです。
しかも田舎に行って遅くなればなるほど、値段も高くなります。

⑥コピー屋のコピーがやたらと薄い。

トナーをけちってるのかコピー屋のコピー機は最薄の設定に、しかもどんなに濃くしろといってもしない。読めないって本当に。コピーのメリットなし。文明の恩恵にあずかってません。


⑦コンセントはプラグを使わずに導線をそのまま差し込む。

こんなのそこら辺に売ってるんだからちょっと買ってきてつくればいいのに。
それでいて調子が悪くなると一生懸命コンセントに直接差し込んだ導線をいじくり回して直そうとするけど、すぐまた接触悪くてだめになります。
ひどいときは部屋のファンとかがそんな調子で、調子が悪くなったと文句を言いに行くと、スタッフが導線を抜いたり挿したりして動き出すと「なおったよ」って行って無責任に去っていってしまったりします。すぐ調子悪くなるんですけどね。

⑧箒に柄がない

柄ぐらいつけろって。そのほうが楽だろ。

⑨pen pen pen = money money money

アフリカではどこに言っても「money money money」の連続でしたが、パキスタンでは「pen pen pen」になります。
パキスタンでは北のほうだけでしたが、北のほうではほぼすべての子供が「ペンくれ、ぺんくれ」を連呼してきます。
いったいどういう教育を受けているんだか。

⑩チャイ&チャパティの朝食
 
これは特にアフリカではタンザニアケニアだけですが、完全な一致にびっくりです。パキスタン人の先祖はタンザニアかケニアから来たのではと疑ってしまうくらいびっくりしました。
 
とにかく、味もないし、あんまりおいしくないから、やめたらいいのに。世界を見たらもっともっとおいしいものがあるのにそれに気がつかないのもかなり似てます。

⑪まったく合理的でない意味不明のルールに支配されている。

こういうのもいろいろあって困りました。パキスタンではカトマンズでビザを取ると変なスタンプを押されて新市街には宿泊できないとか、カラシュバレーに入るには外国人登録みたいなものをしないといけないとか。
チェックポストも多くて、あんまり頭が着たので、どうせパスポートなんて見ないで、名前とか書かせたりするので、腹が立って、名前の欄に“bakka janaino”って書くようにしました。
イスラマバードの大使館もひどかったです。
大使館街に入るのにシャトルバスに乗らなければならないのですが、そのバスのチケットを買うためにパスポートが必要です。
つまり、パスポートをなくした人は大使館にいけません。

意味プー 

この手のルールは細かくて多すぎて覚えてないのもたくさんありますが。アフリカにもありました。


その他パキスタンではこんなことがあって、書きたかったけど、パキスタンではネットが遅くてかけなかったというのがたくさんあったので、ちょっとここで書きます。


まず、パキスタンの変な英語。

1. What is your name?

文法的にいえば間違ってません。別におかしい英語でもありません。 でもHelloよりもHow are youよりも先にこの言葉が出るのはどうかと思います。
大概こいつをいきなり言われたら完全無視ですが、たまに答えるときも私は自分の下の名前が言いずらいし、音的にもあんまりしっくりこなくて嫌いなので、
「フジ!!」
といって苗字で答えるのですが、なぜかこんな簡単な言葉が発音できなくて
「フュジ」とか「クジ」とか「ブジ」になります。
ま、どうでもいいんでそんな間違いも直す気すらありませんけどね。でもフジフィルムのフジだって言うとすぐに発音できるのに、何でできないのかかなり不思議です。

2. What is your country's name?

何でこんな回りくどい言い方をするんでしょうか。
Where are you from ?
で、いいんじゃないの?

3. What is your qualification?

正直、何が聞きたいのかさっぱりわかりませんでした。
で、よくよく聞いてみるとどうも学歴を聞いてるみたいなんですよね。
初めてあった見ず知らずの人にいきなり学歴を聞くとか、マナーとかデリカシーのかけらも感じなくて頭にきます。
で、どうせ知らないだろうけど、私は「バチェラー」と答えることにしています。バチェラーは学士、マスターが修士、ドクターが博士だそうです。多分パキスタン人はわかってません。
「ああ、そう」って言いながらその後まったくその話には触れようとしないので。
で、この文章を書こうと思ってこの qualification って単語を調べてみたら、資格とか、そんな意味なんですよね。
ちなみに学歴は手元の辞書で調べてみると
 academic(educational,school) background.
何でこれで学歴を聞くことになるのか意味不明。
しかもろくすっぽ学校なんていってないやつらに何で学歴を聞かれなければいけないのかも腹が立ちます。

4. What is this?

走ってる私を見て、いきなりWhat is this? って?
いったい何が訊きたいの?
訳せば"何これ"じゃ、その"これ"って何?
って聞き返したいけど。英語で言うと混乱しそうだし、結局無視。意味不明の質問に答える義務はありません。

なんだか突っ込みどころ満載のパキスタンです。

そんなパキスタンに長くいるとやっぱりフラストレーションもたまってきます。

日本にいるときはどんな文化も尊重しなくてはいけないんだって考えていました。

しかし、こうやって、自分勝手な考え方ばかり押し付けてくる人たちの中にいるとだんだん、こんな文化どうでもいいんじゃないかって考えるようになってきます。
そして、私はどうしてもこの文化には従いきれない部分で反発する決心をしました。

 私は左利きです。

しかし、ムスリムは理不尽に左手を不浄の手と決め付けて右で食事をするように強要してきます。はじめのうちはそれが文化だと、彼らの文化を尊重するために。そう思って、無理に右手で食べるようにしていたのですが、このごろは左利きを尊重しない人に迎合してなんで私が彼らの文化たるものを尊重しなければいけないのか、何で私が不自由を強要されなければいけないのか。

私はこの左手をメインに30年以上生きてきました。

私にとっては大事な大事な左手です。それを不届きにも不浄の手などと決め付けるような輩とは一生判り合えなくったっていい。

と思って、最近はどんなに注意を受けようと、どんなにいやな顔をされようと私は左手で食べることを決心しました。


ちなみにトイレで使うのは右手です。右手ではうまく水を流せないので。


と、まあ、こんな風にいろいろ愚痴ばかり並べてきたのですが、ここ中国は天国です。
そんな話を出会った日本人と話していました。そしたら、そんな中国を上海から2ヶ月かかってカシュガルに昨日到着したという、自転車乗りの青年に出会いました。

彼いわく
「中国なんて最低だ。ウイグル人なんてもっと輪をかけて悪い、まったく信用できない。」

パキスタンから来たばかりの私から見れば文明に触れ、おいしいビールと食事に囲まれ、天国にしか見えない中国も長くいるとやっぱりいろいろいやなこともあるんだろうなとちょっと感心しました。

まあ、それにしても私にとっては今のところ中国は天国です。もっと楽しみたいと思っています。

それにしても2人で話して同感したことは

「自転車乗りはほかの旅行者に比べて、長いせいか、旅行者のあまりいないような田舎に行くせいか、悪い印象を持ちやすい傾向にある。」

ということでした。

そんな自転車乗りがよかったというところはきっと本当にいいところなんだと思います。

ところで、今日メールを開いたら先行する自転車乗りからメールが届いていました。

 「カイラスなんてウンコ。コルラなんてする価値無い。」

彼も世界を長く走った自転車乗り。きっとそれが本音なんだろうなと素直に受け止めましたが、これから行くのにそんなにけなさなくても、と思ったのも事実。
しかしチベットも多くのサイクリストが絶賛する場所。ということは何かあるはず。

これから自分で行って確かめてきます。

ところでここは中国。

漢字、漢字、漢字、漢字で、あふれかえってます。
そして、私たち日本人には漢字は親しみ深く、言葉が通じなくても読み書きはできるので、旅行は楽です。
 
それこそ私のような漢字倹定4段のつわものにしてみればもうまるで、何がなんだか、さっぱり…。















白状します。







漢字検定4段。














ウソです。
っていうか、漢字検定に段なんてないと思います。

実は漢字、大の苦手です。
ぜんぜん知りません。よく“短”という字を“豆矢”と書いて生徒に指摘されてました。
書き順に至っては言及しないように生徒に言い聞かせる始末でした。

本当に漢字、苦手で、困ってます。
どうしよう。

とにかく、漢字、勉強します。
そしてカシュガル。早く出られるように努力します。

でもビールはうまいし、食事もうますぎ。
ああ、沈没したい。
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by fuji_akiyuki | 2007-06-30 22:32 | 中国1

パキスタン脱出。@カシュガル(中国:新疆ウィグル自治区)

ようやくパキスタンを脱出することに成功しました。

土砂崩れは結局全然復旧の見込みがなく、 結局バスで現場まで行って、道路の寸断されたところは自転車を担いで、山道を20分。さらにまた、荷物を担いで20分。そんな感じで、2往復程して、土砂崩れ現場を越えて、バスで中国に入国しました。

もともと、自転車でクンジュラブ峠を越えて中国に入国することは出来ないのですが、パキスタン側は峠まで走るだけならできるはずだったので、最初の予定ではクンジュラブ峠まで自転車で往復するつもりだったのですが、土砂崩れのせいで、それもできませんでした。

パキスタン側はイミグレが峠の手前80kmくらいのスストという町になります。中国側はクンジュラブ峠からタシュクルガンという町まで自転車の走行(たぶん旅行者の自由旅行)は禁止されているため、中国に入国、つまりパキスタンを出国するためには専用のバスに乗ります。

スストでスタンプを押してもらうと強制的にバスに乗ることになり、逆に言えばバスに乗らないとパキスタンの出国スタンプはもらえません。 だから峠まで走りたいだけの人はその旨を警察に申し出て、出国スタンプなしで、峠まで行って帰ってきます。その後中国に行くなら、バスに乗るのが普通のコースだったのですが。

今回の土砂崩れのせいで、それをすると土砂崩れの現場まで走って、荷物をとって、寸断された部分は山道を、自転車と荷物と別々に何往復かして運んで、またパッキングしなおして、峠をめざし、峠から帰るときも土砂崩れの現場まで走って…無理です。 こんな手間のかかることはできません。

どうもパキスタン。相性が悪いみたいです。

バスに乗ってもその土砂崩れの現場は自力で荷物を運ばなければならなかったので、かなり面倒でした。 なんかかなり不本意ですが、今回クンジュラブとは縁がなかったと思ってあきらめました。

8時30分に出発するというススト発国境越え、タシュクルガン行きのバスは毎日運行しているはずなのにいろいろ問題が有ったようで、4時間も待たされて、12時30分くらいにスストを出発しました。

土砂崩れの現場では大変な思いをし、タシュクルガンでは厳しい荷物検査を受けて中国入国でした。

荷物検査は本当にすべてあける勢いでした。 実際、私の前にいたオランダ人はバックパックの小さなポケットもテントも出して、中にあるペグの入った袋まで開けられて検査されてました。

私はザックだけでも6個持っています。

ああ、これ全部やるのか!?

と思っていたら、始まりました。
本当に全てあけます。

こりゃ大変だ。と最初のうちは思っていたのですが、中国人の係員の人が結構愛想のある人で、ごめんね、とかいいながら、ぜんぜん横柄な態度ではなかったので、なんとなくこっちも協力的になってしまって、最後のほうでは3年間もほとんど開けたことのないバッグから何が出てくるのかこちらのほうも興味深々で、ああ、こんなものも持っていたんだなあ、とか、こんなのもっと早く捨てればよかったとか、結構自分自身も楽しんでしまいました。

それでも1個目で、係員もかなり疲れたらしく、2個目以降のバッグはかなり適当でした。でもこれまで、3年間で、一番厳しい荷物チェック。係員に殊勲賞を上げたい気持ちになりました。

結構厳しいチェックだった割には、係員の人たちの態度が横柄でなかったので、結構気持ちよく入国をすることが出来ました。

そして、入国して初めてしたことは。

そう、ビール。
骨身に染み渡るおいしい味でした。

そして日が暮れて、タシュクルガンでまず夕食をと思って入った小さな食堂でラーメンを注文しました。 どうもラグ麺というものらしいのですが、まず感動したのが割り箸、箸で食事ができるのも幸せだったのですが、食卓の上に載った割り箸立てと清潔な割り箸に涙が出そうでした。
そして、ラーメンの中に入っていた長ネギ。 長ネギの味が口の中に広がったとき、懐かしいような、自分に近い文化圏に戻ってきたというような、うれしさみたいなものがこみ上げてきて、勝手に泣きそうになりました。ビールのせいもあるかもしれませんけど。
 

おととい、200km近く走ってカシュガルに到着しました。

いま、カシュガルにいます。
すごい。都会です。感動です。興奮です。鼻血でそうです。
 
ここで少しゆっくりして、チベットに向かいます。
今日はこんなところで、失礼します。
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by fuji_akiyuki | 2007-06-26 22:04 | 中国1

この世の楽園!?@フンザ(パキスタン)

書きたいことはいっぱいあります。
ちょっとメモを取っただけで、B5の用紙一杯になってしまったのですが、ここはパキスタン。いつ何時停電がおきるかもしれません、いつ何時、接続が切れるかも分かりません。

ということで、カラシュバレーとシャンドール峠についてだけ書きます。

チトラールに到着して、次の日。
洗濯とネット(この日に前々回の長い文章を書きました。4時間ネット屋さんにいました。)。
それで、1日休憩して、カラシュバレーへ。

カラシュバレーは20kmほど来た道を戻ってから分岐を折れてわき道に入ります。
知っていたら、チトラールに行かずに直接行っていたのですが、とある某ガイドブック旅○人の地図によればチトラールからカラシュの分岐まで、約10kmに見えます。そう思っていったのでちょっと損した気分でした。

分岐からわき道に入るとすぐにアユーンという村があって、ここから上る上る。
レソトとか、スワジランドを思い出すありえないほどの勾配。もう物理的に上れなくなる寸前。タイヤと地面の摩擦係数が足りなくて、タイヤがずるずる滑り落ちてしまうような坂です。
でもそんな坂だからこそ、ひと漕ぎひと漕ぎごとに高度を増して、眼下に見えるアユーンの町が少しずつ遠くなります。 そんなことに快感を覚えたり、あまりの坂の急さにたまには理不尽に腹を立てたりしながらようやく旅○人の地図によると(サイクルメーターをなくしているので正確な距離が分かりません)約5kmほどきたところで、ポリスのチェックポイント。

実はここで、チトラールに先に行っておいたことが功を奏します。

カラシュバレーに入るには、ここのチェックポイントで、レジストレーションというのを見せて、入場料を払わなければならないのです。入場料って、動物園ですか!?って感じもしますが。
そのレジストレーションというのが、チトラールのポリスステーションでしか手に入れることが出来ず、私はチトラールの宿に着いたとたん、宿のスタッフに訳もわからず取りに行かされていたので、このチェックポイントではスムーズに事が進んだのです。 ま、なくてもちょっと何か言われるくらいで、何とかなるそうですが。

そんなことよりショックだったのが、カラシュバレーの村まで、12kmと書かれていたことです。
旅○人の地図によると5kmもないはずなのに。

一歩一歩…いや、押してない、押してない。ひと漕ぎひと漕ぎごとに高度を上げていくと、もう嫌、もう駄目。と思ったくらいで、村が出てきます。

いくつかあるカラシュの村でもブルーンという村に行きたかった私は人に会うたびに

 「ブルーンまで後何キロくらいですか?」
 
と訊くわけです。しかし、答えは決まって、

 「あと1km」
 
 絶対ありえない。たまに
 
 「あと5分」

という答えもありました。が、「それは車でだろう!!」と突っ込みたい気分です。

結局後1分を60回くらい繰り返して、目的の村に到着しました。

カラシュはムスリムと違って、女性が綺麗な民族衣装に身を包み、顔出して、ちゃんと会話もしてくれます。 挨拶もしてくれるし、笑顔も覗かせてくれるので、ちょっとほっとします。
 衣装は黒地にスカートの裾と襟、袖に原色系の刺繍が施させていて、袖とスカートの丈は長く、頭に貝やビーズや小さな鈴をあしらい、後ろに垂れ流すような飾りのついた派手な帽子を被っています。

男のほうはというと全然ムスリムと見分けがつきません。

そして、ここに来た最大の理由。
そう。おチャケ
これが今回カラシュの最大の目的。
このためだけに20km戻ったり、これでもかという勾配の坂を上ってきたのです。

一月ぶりのお酒。うまい。本当。うまかったです。

そしてそれをフラスコ(金属製のちょっと曲がった入れ物、よく酔っ払いが持ってるウィスキーとか入ってそうなやつ)に詰めました。シャンドールでいっぱいやるために。

カラシュバレー(ブンブレッド谷)、上り詰めると最後にムスリムの村があります。この村、かなり綺麗でした。 谷の合間にちょっと開けた場所で、緑のじゅうたんの敷き詰められたように草が茂り、ところどころに木もあり、しかも水が懇々と流れていて、本当に楽園のようでした。

しかもまたその水の管理の仕方も凄い。一見無造作な水の流れも辿っていくと木をくりぬいた水路を橋にして、別の流れの上を渡っていたり、谷に降りていく道の横に作られた水路は流れを制御するためか、道を歩く人の頭より高いところに水面があったりとか、途中に水車があったり、とにかくグーニーズに出てきそうなカラクリいっぱいの水の流れが沢山あったり。

上まで歩いてよかったと満足して、カラシュバレーを後にしました。


ま、実際カラシュにいても歩けそうなところは歩いたし、後は宿でゆっくりするくらいしかやることもなくなったわけでして、それでもお酒があれば何とかなりそうですが、これも安いものでもなかったので、退屈して、カラシュを出たわけです。

チトラールも小さいくせに結構車が多くて、ひっきりなしに村のメインロードを車が行き来していて、あまり居心地が良くないので、スペアタイヤだけ買って、すぐにシャンドールに向かいました。

チトラールを出て、40kmほど行ったところでしょうか、ペシャワールでは替えたばかりの後輪のタイヤが駄目になりました。 やっぱりインド製は駄目です。最悪です。タイヤが磨り減る前に横が切れて使い物にならなくなります。ちょっと専門的に言うとリムとあたる部分が弱すぎます。 そして、たった一本しかなかったスペアをいきなりここで使うことになって、かなり心細くなってしまいました。

自転車のトラブルで言うなら、もう少し深刻なトラブルが起き始めていました。
チェーンが伸びて、ギアの歯とうまくかみ合わなくなってきていました。大きなギアから使えなくなっていきます。 このときすでに後ろの一番大きな歯(一番軽い)は使えなくなっていました。

1日目はブニという村。ここまで舗装。

で、ここからが凄かったです。2日目からずっとダートになるのですが、ある村ある村が全部風の谷。ナウシカに出てきそうなむらばっかりです。

荒涼とした山肌に突如谷が広く割れて、緑の宝石のような村が、点在します。所々にポプラが植わっていて、村に入ると綿毛が飛んできます。何か、本当に夢の中にいるようでした。

ただ…子供達は私を見ると
 「pen,pen,pen!!」
と叫ぶのが残念でした。


一歩間違えば谷底に真っ逆さまみたいな危険な難所もあったり、急流の上にかかる危なっかしい橋を越えてみたり、谷底に流れ落ちる水の流れが道路を横切っていたり、千差万別の顔を見せる峠道を一歩一歩…いやいや、ひと漕ぎひと漕ぎ、高度を上げて上っていきます。

途中、そんな緑豊かな村で休憩したり、木陰で休んだり、沢の水で喉を潤して、上り坂や照りつける太陽と戦いながら上っていきます。 高度を上げるにつれて、酸素は薄くなるようだけど、空気は澄んで、涼しいものになり、すがすがしさを実感できるようになります。

なんかやっぱり自転車でよかったと思います。バックパッカーの皆さんには申し訳ないですが、バスや車で越えるよりきっと100倍気持ちがいいです。 本当に、これは自転車の醍醐味だと思います。

マスツージという村で一泊して、峠を目指します。

3日目、マスツージから峠まで42km、でもこれがつらい。
30kmのところにソーラスプールという村があるので、そこで1泊することも視野に入れながら、上ります。

この日、いきなりスポークに挟まった拳大の石が前輪のマットガードをグニャグニャにしてしまいました。 何とか、走れるくらいに修復しておいて、ソーラスプールに着いたら12時30分。 残り10km。 このまま行けるだろうと、ここで昼食をとって峠まで行ってしまうことにしました。

で、昼食。おじいさんに
 「いくら」
と訊くと
 「40ルピー」
といわれて、注文して、食べ終わると子供が出てきて、
 「70ルピー」
と言い出した。
来たよ!ここはアフリカかっつうの!!
 「40ルピーって言われたんだけど。」
 「70ルピー」
ちょっと怒って見せると
 「50ルピー」
下げる気はないようなので、無視して払わずに出発。

さすがに子供もビビって追いかけてきて、
 「40ルピー」
と言い出した。
 
勝った。
 
でも私は50ルピー札しか持ってません。そして子供はおつりを持ってません。

 「40ルピーはいいよ。でもおつりの10ルピーがなきゃ払えないじゃん。」

子供は困った顔をして、
 「50ルピー札くれ、お釣りは後で持ってくるから。」
もし、50ルピー札があれば近くの商店で両替をしてもらえるからそう言っているのは分っていたのですが、
 「いやだ、お前に50ルピー札渡しても、お釣り持ってくるかどうか分らないじゃん。現にもうお前はうそついたし、信用できない。10ルピー札持ってこなければ払わない。」

信用がないんです。

つまり、元手の50ルピーがなければ誰もこの子供に10ルピーを貸してくれないのです。だからまず、お客からお金をもらっておかないと困るわけですが、ご近所さんなら貸してあげればいいのにと思う所です。よくアフリカでもありました。

子供は泣きそうな顔で走って帰って、10ルピー持ってきました。

そこから10kmひたすら上りです。しかも空気が薄くて、全然自転車が漕げません。
いつもなら難なく上るはずの勾配も全く上れません。すぐに息が続かなくなります。

どうも3000mを超えてくると呼吸がつらくなってくるようです。激しい運動をするとすぐに息が上がります。頭痛や吐き気は多分4500mくらいからみたいですが。
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とにかく上れない。だんだんもうどうでもいいやと思って、自転車を押して上り始めました。
10kmくらい何とかなるだろうぐらいの勢いで、押したのですが、サイクルメーターなし、時計もなし、で、かなり来ただろうと思ったところで、峠まで5kmのキロポストが…。

やばい。まだ半分。しかももう、太陽は山の陰に入りそう。シャンドール峠の高さは3720m藤さん、あ、もとい、富士山と大差ない高さ、こんなところで、日が暮れたら寒くて死んじゃうよ。と、そこからは死に物狂いで、自転車に乗ってみました。何度も息継ぎのために自転車を止めることになりましたが、最後3kmほどは平地で、シャンドール峠につくことが出来ました。

そう、シャンドール峠は上が平らになっています。むちゃくちゃ綺麗です。3700mの高地に緑のじゅうたんです。 しかも峠のレストランのそばに湖があります。
この湖の青を見たとたん泣きそうになりました。
 
まさに楽園です。
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Photo: dlouhyjan

水は豊富で、周りを取り囲む5000m級の山々から雪解け水がその青い、青い湖に流れ込み、牛が豊富な緑を食んでいます。 空の青は群青色に近く、雲と、雪は純白、岩肌の露出した山々は赤や灰や黒の彩があります。

まさに楽園です。

シャンドール峠には2泊しました。峠は自前のテントなら無料で泊まれました。

着いたその日は、5時30分。ソーラスプールを1時半に出たとしても10kmに4時間もかかったことになります。時速2.5km何も出来ません。
次の日。雲ひとつない快晴でした。雪解けの冷たい水を飲んで、その水で、洗濯をして、湖を見に行きました。

湖にはおたまじゃくしがうようよ。何か春でした。しかもあんまり警戒心がないらしく、すぐに取れます。そこら辺に飛んでるトンボも蚊もなんかすぐに捕まえられます。タニシは仰向けに水面に浮かんでるし、ヤゴ(トンボの幼虫)逃げるということを知らないみたいでした。

何か平和な湖を見て、昼寝して。ゆっくりと空の青を見てすごした一日でした。

そして、太陽が沈むと空はだんだんと明度を落として、山の頂の雪の白だけが浮かんで見えるくらいになる頃、空の主役は太陽から星へと移り変わります。

長くはみていられなかったのですが、さそり座が東の空から上がってくるところでした。久しぶりに天の川を見ました。

こんな世界が富士山と同じような高さにあるなんて。それだけでも驚きでしたが、でも逆にやっぱり、ここまでこなければこんな清涼感あふれる空気の中で、こんなに綺麗な景色を見ながら、すがすがしい気分にはなれないのかな。

でも、本当に自転車でよかった。感動、や体感した空気は言葉では語りつくせませんが、自転車であったからこそ、100パーセント堪能できたと思いました。

まさに、楽園でした。

で、昨日ギルギットまで降りてきました。 
 
暑い。

暑い。

暑い。

手元の温度計で、34℃ありました。
なんか物価も高いし、もう嫌です。出ます。
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by fuji_akiyuki | 2007-06-12 02:30 | パキスタン2