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『ー』@トルファン(中国)

かねがね思っていたのですが・・・
日本語って便利だと思いませんか?
今中国にいます。もちろんすべて中国語。つまり漢字です。
すべて漢字です。
これ、結構不便です。
チョコレートもミルクティーもサイバーカフェもテレビも
すべて漢字が当てられます。
しかし、漢字にはすべてに意味があります。
だからむやみに漢字を当てることもできないみたいだし。
意味をとって漢字を当てるとぜんぜん違う音になるし、音だけとるにしても結構無理があるみたいだし。
まあ、意味をとってくれた場合、日本人の私たちにはなんとなく想像がつくのですが。

 日本語にはひらがなとカタカナという強力なツールのおかげで他言語からの言葉の輸入が意図も簡単になっています。
 しかも日本語のひらがな、カタカナはほぼ完全に音と表記が一対一対応してるので、ある表記に対して別の読み方が生じることもなければある発音に対して別の表記が生じることもありません。
 
 英語を例に取ると英語なんて表記と発音がまったく一致しないので、つづりで単語を知っていてもうまく発音できなかったりします。

 たとえばaddictという単語。
私はアディクトと発音したのですが、エイディクトと発音する人もいました。確かに『a』は『ア』と呼んだり『エイ』と読んだりします。
art,an,a,apple,camp,candy,about,sad...etc
なんかはカタカナ表記したとき『ア』になりそうですが、
take,cake,make,lady,...etc
などは『エイ』と発音しそうです。
しかし、
sun,son,curry,run,...etc
なんかは『a』ではないのに『ア』という発音に近い気がしますよね。
さらに
all,walk,mean,saw,autumn,austraria...etc
などの『a』は『ア』という発音からは遠いような。


細かい違いは結局発音記号に頼ることになるので、発音と表記はあんまり関係ないのでは。特に
enough,foreigner,knightとか
この辺になってくるとほとんど常軌を逸しているんじゃないかと思うくらい表記と発音に食い違いが出てきます。
発音を聞いても単語を知らなかったら多分書くことはできませんよね。
英語に関していえばもう最初っから発音記号を文字にしてしまえばよかったのにって思うくらいです。


フランス語はこれに比べると随分ましになります、なじみがないと難しいかもしれませんがフランス語は単語を見れば大体正確に発音することができます。ただし、フランス語は最後のc,r,f,l以外の子音を発音しないので、発音を聞いただけでは最後の子音がわかりません。
ルイビトン(louis vuitton)とか、モンブラン(mont blanc)のように。
また、『h』も発音しないことがしばしばですが。
ただ、フランス語は『r』の発音とか、気をつけると初めての単語でも何とか通じさせることができます。

そしてスペイン語、これはほとんどローマ字読み。かなり表記と発音が一致していて、しかも発音が本当にローマ字に近いので結構日本人にはとっつきやすいかもしれません。

アラビア語、これはもう問題外です。まず、基本的な母音が3つしかありません。『ア』『イ』『ウ』だけです。
だから『オサミビンラディン』は間違いで『ウサマビンラディン』
と発音しなければならないそうです。
『モハメッドアリ』も間違い、『ムハンマドアリ』が正しいそうで。
『メッカ』は『マッカ』が正しいそうです。
アラビア語に関していうならば
『ウ』という母音はほかの音などとの兼ね合いから『オ』と聞こえることがあるなど。日本語でもたとえば『東京』は『トウキョウ』と書くけど『トオキョウ』と発音するような違いだそうです。
同様に『経済』を『ケイザイ』と表記しておきながら『ケエザイ』と発音するような感じで、表記にない発音が出てくるとか何とかで、かなり不可解です。
その上普通母音は表記されません。だから読む人によって好きなように読めてしまいます。

きっとそこから方言がたくさんできて、シリアとエジプトとイエメンとモロッコのアラビア語に違いがるなんてことになるんだろうなって想像できます。

とにかく、日本語ほどほぼ完璧な音と表記の一致が見られる言語はあまりないと思います。
よくは知りませんが、韓国語とエチオピアのアムハラ語は実は結構音を忠実に表す表音文字なんじゃないかと思っているのですが…

韓国語に関しては14の子音と10の母音があるそうです。全部で24の部品があって、それを2つから4つほどまとめてひとつの文字が出来上がってるそうで、14の子音と10の母音の組み合わせだけでも140も文字があることになるのですが、表音文字としてみた場合、これはかなり厳密な対応を感じるので使いやすいんじゃないかなと想像できます。

アフリカはエチオピアと北側のアラビア語を除くとほとんど文字がありません。

日本語は50音といわれるくらいだから50個なのかと思いきや、濁音や半濁音、小さい『ゃ』『ゅ』『ょ』のおかげで、80くらいの音を表記できます。
 ほかの言語に比べるとぜんぜん少ないようですが、とにかく日本ではそれでなに不自由なく事足りていますよね。

 何でこんな話をするかというと、中国人。英語しゃべれる人が少なすぎます。で、こんな中国人が英語をしゃべろうとするとどうなるんだろうって考えたわけです。

 中国語はカタカナがないから英単語に振り仮名がふれません。中国語とアルファベットをつなぐのはピンインと呼ばれる漢字の読みをアルファベットで表したものくらいじゃないかと思うのですが、ピンインも限られているので英語をまず発音することが難しそうだなって思ったわけです。
しかも中国語にある四声は英語にはないし。しかも、英単語にピンインで音を表記したらどっちが単語なのかわからなくて混乱しそうですよね。かといって、最初に発音記号をすべて覚えるなんてそのほうが現実味がないです。最初の取っ掛かりはどうしたらいいんでしょうね。

 中国人でも英語をしゃべれる人もいますが、中国人の英語は最後の音を落としてることが多くてわかりずらい時があります。
 
 まあ、中国人に言わせると日本人は子音だけの発音ができないというのですが・・・たとえば『side』,日本人は『サイド』と発音しますが、それはおかしいといわれたことがあります。でもその人は『サイ』と発音していたのでぜんぜんわかりませんでした。
 まあ、確かに日本語にはそういう表記がなく無理やるするなら最後の『ド』を小さく書くとかそのくらいでしょうか。でも完全にとってしまったら今度はなんていってるのかわかりませんよね。『side』なのか『size』なのか、『site』なのか…などなど、

 中国語では、あまり知らないのですが、チョコレートが『チョコリ』だったりして、ちょっと似てるけど、やっぱりちょっと違うなって思う当て字が使われていたりするのでそのあたりの影響なのかもしれません。

まあ、つまり、中国語でほかの言語を表記するのは難しそうだなってことです。

で、日本語の場合。日本語なら聞こえたとおりにカタカナで表記しておけばかなり近い発音まで表現できるんじゃないかと思うわけです。

日本語は発音自体少なくて、あらわしきれないように感じますが、韓国人は『モッツァレラ』ってなかなかいえません。『モッチャレラ』になるし、どこの国の人もなぜか私の名前『フジ』がなかなか発音できないようで、『フュジ』とか『クジ』とかひどいのになると『ブジ』と発音されます。つまり、多少の発音の違いを大目に見ると日本語の表記力はかなり絶大じゃないかと気がついたわけです。

大体、英語では『円』を正しく表記できません。決して日本の通貨の単位は『イエン』ではないですよね。でも『エン』と正しく万人が発音できる表記を持っていないらしく、仕方なく『YEN』としたそうです。『en』と表記すると半分くらいの人が『アン』と読んでしまうとか・・・

高々『エン』ですよ。そんなのもの正しく表記するすべを持ち合わせないなんてなんてかわいそうな言語なんだろう。って思ったわけです。

そこで、いろいろ考えて見ると、『ー』これ、伸ばす棒です。この『ー』がかなり曲者というか、カタカナでの外来語表記の裏の立役者だということに気がついたわけです。これと一緒に『ッ』もすごいんですけどね。

今日は疲れたので、その秘密については明日また書きます。多分
 
 
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by fuji_akiyuki | 2007-11-30 20:29 | 中国2

コルラ@コルラ(中国)

今コルラという町にいます。
コルラに来たので町をコルラしてきました。

めっきり寒くなった中国ですが、まだ雪が降らないのだけが救いです。
雪が降ったらもうだめです。多分バスかヒッチで何とか成都を目指そうと思っています。

ところで、ここは新疆ウイグル自治区。
ウイグル料理って思ってたんだけど・・・

ウイグル料理。単調で飽きました。
ウイグル料理といえばラグ面(うどんにトマトベースのソース)、ポロ(ピラフ)、ケバブ、とまあそんなところなのですが、田舎に行くとどこに行ってもラグ面ばっかり。

メニューもなく、周りを見ても食べてるのはラグ麺だけ。
このラグ麺。うまいです。おいしいことは認めます。
面は腰のあるうどんのような麺。日本の変なうどん屋に行くより断然おいしい麺を使っています。

しかし、ソースが…

トマトソースのみ。

アフリカ、中東と旅してきて、味がついてるとすれば大抵このトマトソースでした。世界で一番単純なソースがトマトソースではないかと思うのですが、とにかくこればっかりです。さすがに飽き飽きしてきました。

あんなにおいしいめんを使っているんだからほかにいろいろ試してみればいいのにどの店に行ってもトマトソース。トマトと羊肉とピーマンが定番。

なぜ?ウェイシェンマ?

中国にあるのにこの味の単純さは何だ!!とちょっと怒りまで感じてます。

よりによって、トマトソースだけって!!しょうゆも味噌も黒酢も中国にはあるのに。

と、言うことで走ってるときはなるべくウイグル料理を避けてどうにか漢民族のやってる中華料理屋を目指してしまいます。

また前のムスリム批判につながってしまうのですが、やっぱりウイグル人もムスリムだから中華料理は食べられないんだろうなって思います。中華は豚も使うし、同じなべで料理するとなれば豚の使ってない料理だって食べるわけには行かないんだろうなって事なんでしょうね。

でもあまりにも視野が狭すぎると思いませんか?せっかく隣で何十もメニューを用意した中華料理屋があるのにラグ面しか食べないなんて。
 
もうちょっと勉強してほしいと勝手ながら思いつつ、ウイグル料理を避けて通る毎日です。それでもその村にウイグル料理しかないときは食べるわけですが、ちょっと損した気分になります。

また愚痴ってしまいました。


久しぶりに走ってます。が。そろそろ限界を感じています。

寒い・・・

でも食事は最高です。おいしいし、ビールも飲めるときてはまあ、天国です。久しぶりに楽しい国に来てるなって気がします。
結構中国好きかも知れません。 
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by fuji_akiyuki | 2007-11-24 20:23 | 中国2

つい・・・払ってしまいました@アクス(中国)

前回の日記。
いろいろコメントありがとうございました。
特にまじめに書いてくれた方、感謝しています。

今、アクスという小さな町にいます。といってもカシュガルより大きいんじゃないかと勘ぐっているんですが。とにかく冬も迫っているので、さっさと出る予定です。

と、言うことでコメントの返事まだかけてませんが必ず書くのでもう少し時間をください。これからも前回の日記に何かご意見くだされば必ず返事を書くのでいくらでも書き込みお待ちしています。


とにかく、今日はウイグル人の緑のおばさん?にしかられてしまいました。下校時間だったのがいけないんでしょう。ウイグル人だからスカーフで顔を隠してるのもいけなかったです。

2回わたるのが面倒でちょっと斜め横断しようとしたらいきなり笛を鳴らされてちゃんと歩道を歩けって言われてしまいました。

でもあんなの不意打ちです。笛をくわえてるのが見えたら注意したのに…


まあ、そんなことはともあれ。

昨日アクスという町に到着しました。カシュガルを出て5日間、風呂なし、シャワーなしで、ようやく大きな町です。

 「やった、シャワーを浴びれる。」

と思ったのですが、そこは安宿、お湯なんて出てきません。
というわけで、銭湯を探すことになるわけです。

しかし、中国にある銭湯のようなところは大概いかがわしいお店です。

そこで、銭湯を電子辞書で調べました。
「藻堂」というそうです。
そういえば郊外でそんな字も見かけたなぁとおもいつつ。

とにかくそれをメモして、宿のレセプションにいつも陣取ってるおばちゃんに聞いてみました。きっとこの宿に泊まる人はみんな銭湯を必要として、何度も聞かれてると思ったからです。

そこで教えてくれたのが目の前の「洗浴中心」

確かに風呂屋のようだけど・・・
看板は赤で、ボンボリも2つついています。でも中国、別に赤はいくらでも使ってるし。

恐る恐る近づいてみます。


入り口は寂れていて、いかがわしいような雰囲気はないような・・・

って、さらに近づくと、誰もいないし、ほとんど廃墟じゃん。





おや。なんかしたに下る階段が・・・


ここは勇気を出して。

階段を下りるとなんか豪華なホテルのレセプションみたい。
でもそんなにいかがわしいような感じもなく。結構きれい。
でも普通の風呂屋ではない。


あれ!?

で、聞いてみると

「150元」

ああ、きた。やっぱりそうか。
でもここで引き返しても風呂にはありつけない。
何でもいいや。とりあえず風呂だけ入らせてもらえれば

と思って、その旨をどうにか伝えると。

「20元」


・・・高い・・・


でも、その異様な雰囲気に飲まれてか、怖いもの見たさか、
しかもここで逃げてもどこに行っても
値段の違いはあれ多分同じ。
なぜか交渉する気もうせて、しかもほかでも同じような
ことになるような気がとてつもなくして。

負けてしまいました。

ついつい、20元も払ってしまいました。


部屋は、って、いきなり部屋に通されてびっくり。

何で部屋?

ベッドと無意味にでかくてなんだか
かなりすわり心地のよさそうなソファー。
そして、照明はピンク。

怪しい雰囲気満々の部屋です。


そして部屋の奥にお目当てのシャワーと・・・トイレ。

まあ、お湯は出るし、湯船もあるからためてやろうと思ったけど。
湯船があんまり大きすぎてぜんぜんお湯がたまらないので
それはあきらめました。

シャンプーもボディソープもあったので遠慮なく使わせてもらったのですが、なぜかボディソープはアーモンドみたいな甘ったるいにおいがぷんぷんするので気分が悪くなりました。

シャンプーは2回使って、今ではサラサラになりました。


湯上りに気がついたのですが、ベッドの上には上に向けたコの字型の鉄パイプが2本取り付けてありました。平行棒とかできそうな感じです。
いったいあれをどう使うのでしょう?

今の部屋にあったら洗濯物を干すのにいいな。と思ったのですが。


変な汗もかきつつ。とりあえず、5日ぶりにシャワーを浴びることができました。

でもこれから安宿に泊まったらどこに風呂に行くかが問題になりそうです。
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by fuji_akiyuki | 2007-11-15 22:11 | 中国2

神さま@カシュガル(中国)

あなたは神を信じますか。

 私は神の存在を信じています。
 というより、神の存在の確実さに疑いをさしはさむ余地など微塵もありません。
 
 そう、私は神の存在を確信し、神の存在を感じ、美しく、巧妙で、壮大で、微細で、誰一人まねすることのできない神の仕事の痕跡を目の当たりにしてきました。


 おかしくなったわけではありません。
つまりは神というものの定義の問題です。


 今回、ちょっと宗教についてまじめに書いてみようと思います。

 まあ、結論的にいえば宗教なんて完全否定派だし、特にイスラム教とヒンドゥー教はなくなったほうがいいという話ですが、今回、パキスタンを出て、これ以降ムスリムともヒンドゥーともなかなか絡む機会がなくなるので、今のうちに書いておこうというわけです。

今日は辛辣に宗教を否定するつもりなので、お読みいただく上で、気分を害する方もいらっしゃるでしょうし、辛辣に批判される方もいらっしゃるでしょうが、それは覚悟の上で書かせていただきます。

そもそも神とは何でしょう?

 キリスト教の神も、ユダヤ教の神も、イスラム教も神も、ヒンドゥー教の神も天地創造の主であり、この世の事細かな森羅万象を司るものと定義するならば、神の存在を否定すること自体がナンセンスだと思いますが。

 その神は決して、人間の形をしたものではないし、牛が神聖だとしたり、豚が不浄だとしたりするような短絡的な存在ではありえません。

 曲がりなりにも自然科学というものに接し、自然界の森羅万象、すべての事象に美しいまでの秩序と神業というべきからくりや、驚くべき共通性を目の当たりにしてきた私には、それらすべてを作り上げたはずの神というものの存在を否定することはできません。

 しかし、神はひいきもしなければ差別もしません。すべからくすべての生き物に生き物に限らず、すべての物質に、整然とした、まったく同じ法則に従う世界に放り出したに過ぎません。

 神の目から見て、特殊な動物は皆無で、特殊な物質も皆無です。すべては等価、同じ価値を持つもの。たとえば
 E=mc2
 であらわされる質量に応じたエネルギーに換算されるとか、そこに物質の違いは存在しない、質量がmならそのエネルギーは絶対にmc2で換算される、ダイヤモンドだろうが、路肩に落ちている石であろうが。

 つまり、自然科学というのは森羅万象、この世のすべての事象、すべての物質をまったく主観の入らない、平等な目で観察し、この世の中をつかさどる物の理や法則を理解しようとする学問なわけです。

 自然科学を知れば知るほど、その神の巧妙さに、そして、美しい相似や共通性に感嘆させられることもあり、また、一見複雑に見える現象の裏にシンプルで美しい数式が隠されていたり。

 『博士の愛した数式』
 
 という本を読みました。
 この中で、『神の手帳を覗き見る』のような表現が出てきます。そこにある神は私の言う神で、非常に共感を覚えました。

 そんな風に神を認識している私には、宗教に出てくる神は大体どれもいびつで、醜悪な形に見えてきます。

 神は一日5回の礼拝を強要しない。
 神は断食月を押し付けない。
 神は7日で世界を作ることはできない。
 神は意思をパンには変えないし、血をワインには変えない。
 神は女性に黒い衣装を強要しない。
 神は牛を申請と位置づけない。
 神は豚を不浄と位置づけない。
 神は人間を自分に似せた形には作らない。
 神は人間を階級に分け隔てない。
 神は禁酒を強要しない。
 神は戦争を奨励しない、別に平和を奨励するわけでもない。
 神は善悪を分け隔てない。
 神は原因に応じてしかるべき法則によって結果を与えるだけの存在である。

 というのが私の確信する神であり、別に戒律を守ることによって神がどうこうするなんてことはまったく皆無であると思っています。
 
 宗教は否定するのは真剣に信じている人もいるので結構タブー視されがちですが、その宗教の違いで憎しみが生まれるならこれほどおろかなものはありません。別に迷信だらけの宗教ではなく、科学を信じればそれでいいんじゃないのかと思います。

 なので、私は宗教を否定します。

 キリスト教は地動説を提唱したコペルニクスを破門しました。聖書と違うという理由だけで、そして、ダーウィンの進化論さえ否定しました。
 地動説は天動説を信じたティコブラーエという科学者の精密な天体観測とその観測結果を元にケプラーの研究により、力学的論理と証拠を提示され、広く受け入れられるようになったと聞きます。

ケプラーの法則は今でも惑星の軌道を計算したりするときの基本法則となっています。

ティコブラーエは自身では天動説を信じ、それを証明するために精密で、客観的で、誠実な天体観測を続けたため、ティコブラーエの意思とは反し、天動説ではなく地動説の裏づけとなる貴重な資料を提供することになったと聞きました。
でも彼は偉大な科学者です。もし彼自身が自分の観測結果を吟味する時間があった(ティコブラーエは自分の観測結果を吟味して、研究することができずになくなったそうです。)なら、間違いを認め、地動説を受け入れることができたと私は信じます。

イスラム教もキリスト教もエジプトはアレキサンドリアにある王立図書館を異端として焼き払ったことがあるそうです。

人間が時間をかけて蓄積した知識の宝庫をあろうことか何千年も前の人間が作り上げた空想の神と言っていることが違うという理由だけで。

科学とキリスト教は血で血を洗うような闘争を続け、今では表面的には、キリスト教が科学に言いがかりをつけるようなことはなくなってきているように感じます。

しかし、イスラム教はまだそれをしていないように感じます。

ここまでの旅行ではイスラム教に接する機会も多く、何度も疑問と怒りを感じてきました。

なぜ、お祈りの5分前に料理を出して、お祈りだからって食べ終わってもいない客を追い出そうとするの?
 
 イスラム教徒ですら旅行者はラマダン中に食事をしてもいいはずなのにまったく関係ない私が食べていると言いがかりをつけられるの?

イスラム教の男はイスラム教の女性には手を出してはいけないけど、異教徒の女性には痴漢してもいいの?

そもそもイスラム教では異教徒を尊敬しない、異教徒を差別しています。

ちゃんと火を通さずに豚肉を食べると寄生虫によって時には死に至ることもあり、豚肉を食べるときはちゃんと火を通しましょうってことがわからないのはイスラム教のあなたたちだけですよ。

隣で、中華のおいしい料理で舌鼓を打っているのに、バリエーションの少ない料理しか食べられないのは、ハラルミートしか口にしないというイスラム教の差別的排他的狭い考え方の結果ですよ。

お酒はだめだけどマリファナは吸っていい。イスラマバードは本当にマリファナ畑、よくお酒とマリファナではマリファナのほうが健康にいいとか言う人がいますが、四六時中、役人が勤務時間にも吸ってラリってるようではまともな国になるはずがないです。

 イスラム教の国ではお酒は厳しく取り締まるくせに、マリファナについてはゆるい国が多すぎます。

 イスラム教は人には戒律を押し付けるくせに結構自分たちは影で酒を飲んだり、ネット屋さんでアダルトサイトを見たり(アダルトサイトのアクセス数は群を抜いてパキスタンからが多いという資料もあるそうです)、ラマダン中に影で食べたり、異教徒の女性には痴漢してみたり、手を出してみたり。

 何のための戒律かわかったものではありません。

 もともとの理由を聞いても納得できるような理由が帰ってこないのにさらに戒律を破る人が続出するならもともとなくたっていいんじゃないかと思います。

 イスラム教は非常にいびつで、醜悪に見えます。自然の姿からどんどん遠ざかっていってる気がします。

 しかもイスラム教徒はイスラム教を否定されると議論ではなく暴力に訴えてきます。
 アフリカですらイスラム教徒とは話にならないといわれています。

 まったく論理的でない。

 なぜ豚肉を食べないの     イスラム教徒だから。
 なぜ手で食べるの       イスラム教徒だから。
 なぜ男も座って小便するの   イスラム教徒だから。
 なぜトイレの後神を使わないの イスラム教徒だから。
 
 バッカじゃないの!? はい、本当に話になりません。

 そのくせ、イスラム教の批判をすれば暴力に訴えるし、挙句の果てにはジハードとか言って、戦争も辞さない。聖戦なんて言葉はありえません。

 自分の意見が通らないなら何してもいいみたいな宗教じゃないですか、こんなものほっておいたら大変なことになるに決まってるじゃないですか。世界中でテロが起きてるのはほとんどイスラム教の国じゃないですか。こんなの人間の癌です。

 本当になくなってほしいと切に願います。
 
 イスラム教の神は私の信じる神の姿から遠くはなれて、いびつで醜悪でわがままで自己中心的にしか見えません。

 イスラム教からは戒律ばかりで、教訓めいたものがまったく見えてきません。ずいぶんイスラムの世界にいましたが、ぜんぜん共感できるような感動できるような話は耳にしません。
 
 その戒律も、自分たちが守るだけならまだしも、イスラム教じゃない人にも押し付けて、イスラム教以外を徹底的に差別しているように見えます。
 
 イスラム教徒結婚するときはイスラム教徒に改宗しなければならなかったり、イスラム教が一国の法律になっていたり。政教分離すらできていません。

 何とか、イスラム教って撲滅できないですかね。


 そしてヒンドゥー教。

 これはまさに狂ってます。しかし、インドを旅行して、ヒンドゥー教が理由でいやな思いをしたというか、実害をこうむったことはあまりないのですが、
 一番気になるのはカースト制度です。法律的には廃止されてるようですが、私の言う神が人間を生まれながらにして、階級差別なんてことはしないし、それによって苦しんでいる人がいるのにそれをほうっておくのはあまりいい気持ちがしません。

 よくこの話をすると知りもしないのに、とか、インドの社会はそれで成り立っているから、よそ者のわれわれがとやかく言うことではない。
 なんてたしなめられることがありますが、実際にカーストがいやで改宗している人もいるわけです。すべてのカーストの人々が喜んで受けて入れているわけではない宗教なんてなくってもいいじゃないんですか。
 まあ、カーストはなくす方向に動いてるようですが。

 あと、ヒンドゥー教は牛をあがめるのをやめるべきだと思います。牛はおいしいし、もともと雑食の人間をむりやり草食に変えるのはやっぱり不自然で、いびつにゆがんだ教えであるように見えます。

 宗教が心の糧となるのなら、それは精神の問題であり、道徳的な教えのほうがよっぽど役に立ちます。
 他人の状況よりも形だけの戒律に縛られて、人にやさしくできないのならそんな戒律を押し付ける神なんて、クソッタレ以外の何者でもありません。

 イスラム教では一応女性一人では旅ができないことになっています。でも女性一人で旅している人に女性一人は泊められないとホテルが宿泊拒否をしたらその人はどうなるでしょう。

 何で、人の気持ちになって考えることができないのか。戒律なんかより、人を助けることを優先できないんでしょうか。

 こんな宗教本当になくなってほしいです。
 
 宗教で言われる神も最初は自然の不思議を解き明かす科学だったに違いないと思います。しかし、経典は何千年も前に書かれ、科学が進歩するにつれて、神の正体に近づくにつれて経典とはかけ離れ、自然科学と宗教は次第に別の道を歩むようになってきたように感じます。

 何千年も前に書かれた経典は現在の自然科学的な目から見ると間違いだらけで、不自然で、いびつに見えてきてしまうの仕方のないことだと思います。
 それでも何かいい教訓や道徳を教え、人間が生きていくうえで、周りと共存し、平和的に生きていくための心の糧とか、考え方、精神の安定を提供するものであればそれはいい宗教なんだろうと思います。

 そして、科学は最先端を進み、一番神に近づいている生きた学問です。学べばそこから、神のすばらしさも、教訓も、道徳も、哲学も見出すことができるはずです。

 特殊を排除し、平等で、等価で、客観的な目で世界を眺めることで神の存在を、偉大さを、巧みさを、芸術性を、美しさを感じることができるはずです。

 もちろん。
 神は象牙のはんこを持った人を特別扱いはしません。
 神は数珠を持って熱心に祈る人を特別扱いはしません。
 神はマニ車を回した人をひいきにはしません。
 神はお布施の額によってご利益を与えません。
 神は絶対に壺を売りつけたりしません。
 神の前に人を含め生きとし生けるものはみな平等です。
 
 変な新興宗教にも気をつけてください。
 世界の創造主の神はわれわれに手を差し伸べることも罰を与えることもありません。ただ、あるがままに、原因に対して結果を与えてくれるだけです。

 ちょっと神という言葉は胡散臭くなってしまいますが、適当な言葉がなかったので。
 ちょっとニュアンスが違うような気もしますが、神というところを自然と言い換えてもいいかなとも思いました。

 最後に、ちょっとフォローを。

 イスラム教やヒンドゥ教という宗教を憎んでいるので、イスラム教徒やヒンドゥ教徒すべてを憎んでいるわけではありません。イスラム教徒やヒンドゥ教徒の中にはいい人もたくさんいるし、いろいろお世話してくれた方もいます。まあ、それでもイスラム教徒やヒンドゥ教徒のほとんどは好きになれませんでしたけど。
 イスラム教撲滅はイスラム教徒の排他ではなくて改宗させてイスラム教をなくせばいいのにということです。

 長い文章お疲れ様でした。ここまで読んでいただきありがとうございます。
 
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by fuji_akiyuki | 2007-11-07 17:58 | 中国2

もち肌になりました。@カシュガル(中国)

カシュガルのよく乾燥し、冷え冷えとする空気の中、
裸足にサンダルを履いて数日間。

かかとが見事に鏡開き前のもち肌になりました。
 
あかぎれが痛くて最近は靴下にサンダルを履くようになりました。
無理やりはいているので、靴下が変な形になりつつあります。

それにしてもカシュガル。感動するほどおいしいです。
食材の豊かさに驚かされます。

まず、ほかの国では見かけないような食材がわんさかあります。
たとえばたけのこ、のり、こんぶ、豆腐、れんこん、大豆、八宝菜、わかめ、もやし、くり、きのこ類も豊富です。
しいたけ、まいたけ、えりんぎ、マッシュルーム、なめたけ、なめこ、きのこの山、その他もろもろ名前の知らないものまで。
 
何で中国以外の国にはこういった食材がないのでしょうか?
上に上げた食材なんてほぼ完全に見ることができません。きのこは唯一マッシュルームを見ることができるくらいです。隣のパキスタンにすらありません。
何で隣であんなにおいしいものを食べているのにパキスタンにはカレーしかないんだろうって、不思議でしょうがありません。

本当に中華料理、万歳です。

カシュガルで思ったのは漢民族はウイグル料理を食べに行くのに、ウイグル人が中華料理のお店で食べているのを見たことがないってことです。
 
ウイグル人はムスリムなので豚肉が食べられないし、豚肉を料理した調理器具を使って作られた料理は食べられないってことなんでしょう。

それにしても同じ町で、しかもすぐ隣で世界最高級においしい料理に舌鼓を打つ漢民族の隣で、大してバリエーションのないウイグル料理しか食べられないなんて、本気で人生半分以上損してると思います。

ウイグル料理もおいしいんですけどね。
でもラグ面とポロとケバブだけじゃ、3日が限度です。
 
宗教の戒律のためにこんなおいしいものが食べられないなんて、なんてかわいそうなんだろうと思います。

まあ、宗教については次回あたり書くとして、今回はカシュガルと食について。

今まで旅をしてきて、これはおいしいと思えるローカルの食事にありついたのは、タイと中国だけでした。

逆に何でこんなに食が単調なんだろうと考えたことはしょっちゅうでした。

その単調さの中に大いに影響してるのが食材だと思い当たりました。

野菜とか、本当に限られたものしかありません。たまねぎ、トマト、なす、きゅうり、にんじん、ジャガイモ。白菜も大根もほうれん草もキャベツですらあったらメッケ物の部類。たけのこなんて竹が生えてるところならどこででも手に入りそうなものなのに、多分それを食べられるということ自体、知らないんでしょうね。

そういう意味で、食に対して保守的で、とても貧しいといわざるを得ないと思うことが多かったです。

アフリカなんかではとうもろこしの粉をなべに入れ、火をかけながら水を加えてかき混ぜ続けるとできるもちのようなウガリという料理を主食に食べますが、本当にこればかりです。
しかもほかの料理を味あわせてももう、おいしいといいません。
子供のころからずうっとそればかり食べているとほかの料理をおいしいと感じることができない舌になってしまうのでしょうか?

もうこうなると新しい食材を使ってみようとか、周りの国の料理を真似しようとか思わなくなるんでしょうかね。 
 
となりで、おいしい料理を作っていてもマサラが入ってないと気がすまないインドとか、トルコや、パキスタンではまあまあ、味のついた料理を食べているのに全然味のないケバブとナンをひたすら食べるイランとか。

そう考えると日本ってすばらしいと思います。
大体どんな料理でも取り入れて、日本人の口に合うアレンジを加えて、いつの間にか日本食のラインナップの中に加えてしまう柔軟性を持っているし、もともとの日本食というのも決してまずいものとは思えないし。

そんな柔軟な日本に生まれた私には飽きもせずに毎日同じものを口にして、新しいメニューを開発しようとしない国の人を見ているとこっけいで、おろかで、かわいそうにすら思ってしまいます。

じゃあ、中華料理がそんなに柔軟性があるのかというとそうでもない気はするのですが。少なくともバリエーションが多く、一月くらいは毎日違うものを食べるくらいのメニューがあります。

特にカシュガルは中国各地から移民してきているようで、中国を旅した人は中国各地の料理が楽しめるといっていました。

中華料理って、ほとんどが炒め物です。
でも食材さえそろっていれば3分くらいで大体の料理は出してくれます。
しかもおいしい。

朝からホイコーローでも問題なく出てくるところが中華料理の偉大なところです。

しかし、多くのほかの国は朝はこれ、昼はこれ、夜はこれかこれ。位の選択肢しかありません。しかも時間をはずすとなべの中身がなくなっていて、食いっぱぐれることもしばしばでした。

食に対する時間と、味を含めた固定観念というか、本当に不自由さを感じないときがないくらい、今までの旅行では苦しめられましたが、カシュガルでは深夜と早朝を除けばおいしいものがたらふく食べられました。

何が言いたいかというとつまり、もっと世界中で中華料理を見習えばいいのに。ということ。
 
中華料理、絶対簡単にできるはずなのに。こんなに簡単にできて、こんなにおいしい料理があるのに何で世界中の人々は気がつかないんだろう。不思議じゃありません?

もち肌は靴下を着用するようになってから次第に治りつつあります。
時の流れに逆行して、鏡開き前の持ちはだからつきたてのもち肌に近づきつつあります。

なんちゃって。
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by fuji_akiyuki | 2007-11-06 21:26 | 中国2

尊敬する来賓 喀什色満ホテールにいらっしゃいませ。@カシュガル(中国)

今泊まっている色満ホテルの利用規約のようなものに日本語訳があり、とてつもなく面白かったのでがんばって写してみました。

『尊敬する来賓』 
 
『喀什色満ホテールにいらっしゃいませ。
我がホテールをお泊りに選ぶことに嬉しいです。我がホテールのみんなはできるだけ良くて来賓に満足させるサービスを提供しております。

我がホテールは地理位置もいいし、施設も完全だし、サービスも熱情で周到ですが、閣下の旅行、商務、会議などの理想な泊まりで、家外の家です。
 
閣下は何かサービスがほしい時、このサービスガイドをんでください。何か質問があれば、ホテールのマスター・ステーションはいつも答えることもできます。

閣下が泊まる間に心身が楽だということを祈りますが、再来店に期待しております。』


『ホテール』ってホテルじゃないの?
『お泊りに選ぶことをに嬉しいです』回りくどいし、たぶん文法的に間違ってますよね。
いきなり『みんな』ですか、『できるだけ良くて』?『来賓に満足させる』とにかく強制的に満足させられなくてはならないんですかね。

『完全』言い切った。
『熱情で周到』どんだけすごいんでしょう。
『閣下』ずいぶんへりくだってますね。あとで、『君』とまで下げられますが。
『家外の家』なんとなく言いたいことはわかるんですけど・・・

ひとつずつ突っ込んでるときりがないので、ここからしばらくじっくりお読みいただくため茶々は入れずに面白いところをひたすら抜粋させていただきます。


『賓客注意事項』

『1 お客さんは有効証件を示してホテールに住み込んで[チェックインのことだと思われます]ください。
2 人数変化、あるいは人が代用の時、まずマスター・ステーション(総合)の応接部で手順をしてください。自分で人数変化して、代用さないでください。フロントの収銀処で家賃を計算してください。引っ込む時[チェックアウトタイムと思われます]は正午12時前、12時のあとは半日の家賃を算入しますが、夜6時以降は、一日として家賃を算入します。
3 公共安全衛生を保障するために、ベット、危険物、鉄砲刀具や、有毒、有異味の品物を持っていなくてホテールに入ってください。
4 金銭、真珠と宝石、貴重な品物をホテールのチェックが提供した無料保険箱あるいは部屋の保険箱に入れてください。そうしなければ、紛失することがあれば、我がホテールが責任を担当しません。
5 部屋の設備、客室部から借りた設備を包含して、は損壊、紛失あるいは改装しないでください、そうしなければ価格によって、賠償してください。部屋の中で火をおこして料理することも、自分で電線や電源をやることもしないでください。
6 部屋を離れた時、よく錠をおろしてください、引っ込む時もホテールを離れるときも鍵をチェックに出してください。
7 泊まる期間に満ちますが、お客さんはホテールとある事項をしなくて、ホテールはお客さんが自動引っ込むことを認める権利を持っています。屋内の荷物などは、ホテールは暫く保管しますが、何か損壊があれば、我がホテールが責任を担当しません。
8 客室は泊まりだけ利用されますが、賭博及び他の中国法律を違反する行為をしていけません。
9 毎日深夜11時あと、朋来のお客さんは客室に泊まらないでください。親友は来訪して、客室に泊まる必要があれば、有効証件を持って、マスター・ステーションの応接部で手順をしなければなりません。自分勝手とまる人は公安局の規定によって処理されます。
10 ホテールは以上の条例の部分改める権利を持っていますが、他の知らせをしないことをにすみません。』


『ルームサービス』
『応接部
応接員はやさしくお客さんのルーム種類や費用についての問題に答えてもらいます、それに住み込み、部屋を調整などの事務をやってもらいます。本ホテール内に茶バー、民族家坊、レストラン、民族特色花園、博物館、民族特色馬的、"沙馬尓"民族舞があります 』

『引っ込む時間』
『正午12時を限界にします。オーバータイムとして、18時になると、半日として家賃を算入しますが、18時の後は一日として家賃を算入します。』

『火事がある時』
『"8000"をかけて応接部に火事位置を知らせてください。
火事部分の近くの窓とドアを閉めてください。
火事部屋のドアが熱いかどうか検査します、熱ければ、ぜひドアを開けない。湿タオルドアの底部に沿ってよく詰めます
熱くなければ、すぐドアを開けて直接に最近の緊急出口に行きます、消防階段を通して、地下一層に行きますが。出口が渋滞すれば、他の消防階段を利用してください。
閣下の安全を保障するために、色満ホテールは次の措置を用います。
緊急の状況で、まず落ち着いてください。たとえば、私達の保安部は24時間に専門警衛人員及び専門消防人員が当番をします。一旦火事があれば、全部の信号はコントロール・センターに伝えられます、有閑人員は消化を始めて、お客さんを安全地帯に案内します。
部屋に入ると、次の点を覚えてください。
ドアの後の見取図を見てください、その図の上に君の部屋から緊急出口までの路線があります。ぜひ、その路線を覚えてください、少なくとも、二つの緊急出口の位置を覚えてください。ベットでタバコを吸わないでください、それにタバコの灰を灰皿にしてください。部屋を離れた時、全部の電気設備を閉めてください。
何か電気装置や設備が不完全だと感じれば、客質部に電話をかけてください。勝手修理はしないでください。
お体は何か損傷があれば、フロントに教えてください。
火事を発見したとき、次の点を覚えてください。
すぐ"8000"をかけて客務経理を呼んでください。
火が蔓延しないために、部屋を離れた時、ドアを閉めることを忘れないようにして、鍵を持ってください。
それは一旦疏通線が中断すると、自分の部屋に戻ることができるようです。
隣のお客さんに知らせてください、
他の部屋のお客さんに知らせましたが、私達に教えてください。
火事の中にいる時、次の点を覚えてください。
火がない緊急防火階段に面して、壁に沿って、腰が曲げて、頭を垂れて、あるいははって進みます。
焔と火に燻しないように湿タオルで口と鼻をぴったりと覆ってください。
屋根に逃げる時、風に向かうところで救助を待ってください。
君の部屋を出ることができないとき。
湿タオルやシーツでドアのスロットを塞いて、救助を待ってください。
すぐタブで放水して、全部の燃えやすい物を湿らせて下さい。部屋の窓を壊れないでください。
お客さんの安全は第一位ですから、緊急項目の一部分として、私達は火事や地震についての訓練を続けています。
緊急の時、お客さんの合作は人員や財産の損害を最低にされる必要な要素です。
我がホテールの安全問題について何か意見や要求があれば、客務経理に連絡してください。 』


面白すぎて避難するの忘れそうです。

それにしてもどうして中華ってこんなにおいしいんでしょう。
この間、まったく予想だにしない物をメニューから選んで食べてみようってことになったのですが、まったくはずれ無しでした。

何注文してもおいしいものばかりです。
何でこんなにおいしいものしかないのか、不思議でしょうがないです。
中国でこれは食えなかったというものがあったらぜひ紹介してください。
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by fuji_akiyuki | 2007-11-03 17:33 | 中国2