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制限時間

自由な旅をしているはずなのですが・・・

 なぜか旅人には制限時間が付きまといます。

 誰かと会う約束をしているとか、何かのお祭りを見に行くからとか、そういった自分が主体的に設けた制限時間というのもあります。

 他には、たとえば、1週間に一度しかない列車に乗るためとか、人気の路線でなかなかチケットが買えないところを運良く2日後の切符が買えたなど、交通機関の都合上発生する制限時間。

 そして、一番ばかげていて、かつ、人工的で、押し付けられ型の制限時間。
 
 


  ビザ


  

 今回、こいつのおかげでずいぶんと苦労をしそうな予感です。

ベトナムは日本人の場合、15日までビザ無しでの滞在が認められています。
 しかし、ビザには1ヶ月、3ヶ月、6ヶ月とあるらしいのですが、これがのきなみ高額で、とても払ってとる気にはなれません。

 ところがベトナムは南北に長く、首都のハノイから、南の大都市、ホーチミンまで約1800km。もちろん、15日で走りきれるような距離ではありません。

 はじめから、河口ーハノイを走るのに1週間残りの1週間はハノイでゆっくりして、自転車をハノイに置いたまま一回河口に戻って、中国南部の元陽などを観光して、もう一度ベトナムに入り、ここでまた15日をもらって、ハノイまでバスで帰って、ハノイから800kmにあるフエという町で、さらにもう一度ビザクリアーのためラオスに行って帰ってきます。
 それから、1000km、ホーチミンまで15日で走るか、どこかでもう一度ビザクリアーをするかと考えていたのですが。

 ハノイの町でビザが30ドルくらいで取れるという情報がガイドブックに書いてありました。

30ドルで1ヶ月のビザが取れるなら、いちいちビザクリアーのために出国するよりはぜんぜん楽だなぁと思って、昨日旅行代理店を回って探してみたのですが、のきなみ1ヶ月70ドル。3ヶ月にいたっては120ドルなどなど、とんでもなく値上がりしていて、しかも、ビザを作るのに5日とか、イミグレーションではサルが働いてるのかと思うほどのスピード。

 ばかばかしいので、やっぱり中国に一度戻ることにしました。

ところで、やっぱりハノイに自転車を置いておくのはやっぱりこころもとありません。なんだか信用の置ける宿も見つからないし、帰ってきたら、またいくらか請求されて、見たいなことになりかねません。
 それに元陽の観光なんてしていたら、最低でも1週間はかかってしまいます。

 そこで、河口のほうに戻るとどうしてもいくだけで1日かかってしまうので、もうひとつの中国との国境のほうに行こうと思います。
 
  バスで2時間程度だそうなので、ビザをクリアーして、戻ってきたら、次の日にはハノイを出発する予定です。

 そして、800km先のフエでまた、同じことをします。

問題はフエから先です。
フエからホーチミンまで約1000kmあります。
そして、ホーチミンからカンボジア国境まで確か200kmくらいでしょうか。

2週間で、フエからホーチミンを経て、カンボジアまで行こうとするとほとんど毎日走らないときついはずです。ぜんぜんホーチミンに滞在できません。
フエからホーチミンまでは自転車を置いて、バスでも手軽にいける国境もなく、かといって、南のほうでビザクリアーをするとなると抜けるのはカンボジア。
 しかし、カンボジアは日本人だろうと入国にはビザが必要で、約30ドル。

 ビザクリアーをして、ベトナムに戻るだけで、30ドル払わないといけません。

そうでなければフエからひた走りに走って、ホーチミンもほとんどスルー、自転車でカンボジアへ。そうすれば30ドルのビザ代も無駄にはなりません。


と、こんなことを毎日考えているわけですが、こんな制度がなければ全然悩まなくていいことですよね。

 全くばかばかしい。
しかも、ビザ代で稼ごうとしているなんて、とんでもなくみみっちい政府だと思いませんか。
 インドだって、20ドルくらいなのに・・・
 アフリカだって、多くの国はだいたい50ドル前後だったのに。

 こんな政府にお金を落とすくらいならわざわざ交通機関にお金を払って国境までビザクリアーに行ったほうがいいって、思ってしまいます。
 ビザ無しでも入国できる日本人だからできるわけですが。

 それにしても、考えれば考えるほどばかばかしく腹立たしいですよね。そのために国境まで行って、いちいち別の国に入ってはすぐにまた引き返してくるなんて。

 ビザなんて制度をなくすか、100歩譲ってもビザ代を取り締まる公正取引委員会みたいなものを設置してほしいものです。ビザなんて何のためにあるんですかね。

 ビザ代100ドルって一体なんだ!? バッカじゃないの!?

 旅行者からそんなことで金巻き上げようとするなよ。政府のすることじゃないよ。
 こんなの軽くやくざみたいだよ。

ところで、ここ3日ほど毎日食べ放題のお店に行ってました。
 いい加減はくかと思うほど食べ過ぎているうちにどうも胃のほうも拡張気味です。
それにしてもこれだけ食べても対応してくれる強靭な胃には感謝しています。
大体、今まで、どんな現地の料理を食べても、生水を飲んでもほとんど体を壊したことがありません。そのことには本当に感謝です。

 ベトナムでは宿のある旧市街地区ではどこでも安心して食べることができないので、馬鹿みたいにぼったくられて食べるくらいなら、3ドル払って、イタリア料理の食べ放題のほうがぜんぜんいい、と考えて、ついつい食べ放題のお店に行ってしまいます。
 でも、おとといは15ドルのかなり高級そうなベトナム料理のビュッフェに行ってしまいました。突然出てきた話だったので、直前にフランスパンのサンドイッチを2個も食べてちょっとおなかがいっぱいになっていた自分を呪いましたが、ビュッフェでは炭水化物を避けて肉料理とナスに焦点を絞って、3皿食べたので、15ドルの元は取ったかなと満足でした。

 体を壊さないことに感謝しています。


 またまた、余談ですが、昨日"バッカじゃないの!?”Tシャツを着て町を歩いていたら、後ろから"トントン”と肩をたたかれて
「これ、大好きだよ」
って、声かけられました、白人に、日本語で。

 ちょっとびっくりしました。

 もう2,3日、ハノイでゆっくりしたら、制限時間をリセットして、フエに向かいます。

 ああ、面倒くさい。
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by fuji_akiyuki | 2008-10-20 19:20 | ベトナム

経済とは・・・

一日走ると砂埃で、真っ白になります。
 どこも大体舗装されていた中国とは異なり、ほとんどダート道のラオカイからハノイでした。
ほとんどダートというのは、行程のほとんどがダート道だったと言うより、一応舗装してあるようだけど、ほとんどダート道と変わらないという表現のほうがあっている木がします。

 道は細く、両端には砂がたまり、そこをひっきりなしに行き交うダンプやトラックが砂埃を舞い上げます。熱帯の暑さに噴出した汗にその砂埃がまとわりつきます。

 ラオカイからハノイまではそれなりに幹線道路らしく、交通量はかなりの量です。
 それに比較すると道路の舗装、整備状態は悪く、結構面倒な道のりでした。

 ラオカイから、ハノイまで、紅河という大きな河が走っているのですが、道はそれには沿っていません。紅河の北にさらにもう一本川が走っていて、グーグルマップを見ると、それに沿って、ハノイまでの道が続いているように見えました。

 川沿いに走る道ならそれほど起伏もなく、あまり苦労することもなくハノイまで到着できるのではないかと思っていたのですが、話はそう簡単ではありませんでした。

 まず、峠が多すぎ。

左にきっと数キロいったらハノイまで下る川があるはずなのにそれには沿わずに支流を登っては峠を越え、そして、また別の支流を下ります。どちらの支流も左にある川に注いでるはずなのですが・・・

 この感じ、ガボンでもおんなじ様な体験をしました。

そして、トラックの上げていく砂埃、道が細いせいでしょうか、自然、走る車も道路の状態のいいところへと寄ってきます。結構すれ違ったり追い越したりしていくのにすれすれです。
 しかもそこにバイクが加わるので、トラックをうまくやり過ごしたと思ったら、トラックと私の間にバイクが入ってきたりとかなりハラハラしました。

 久しぶりに発展途上国全開です。
 なんかこの砂埃の感じといい、熱帯の日差しといい、まとわりつく空気の粘っこさといい、ちょっとアフリカを思い出します。

 最近、ベトナムの企業の株があがっていると注目されているそうですが、実際ベトナムを走ってみるとこんな発展途上国全開の国の株がいいなんてチャンチャラおかしいという感想を持ちます。ただ、インドの株も注目されているようで、やっぱりどう考えても勢いを感じなかったので、株価と国の発展とはあんまり関係ないんだろうかと、かんぐらずに入られません。そして、そんなことを総じて経済とはいったい何なんだろうとどうせ知りもしない経済についてちょっと考えてみたりしましたが、やっぱり私は経済には興味を持てそうにはないということだけがわかりました。
 
 だいたい、国の発展の度合いと、その国の経済と、株価にどういう相関関係があるのか全く見出せません。ふぐの心拍数とその年の偏西風の強さとの間に見出せる相関関係と同じくらい、株価と国の発展には相関関係が無いんじゃないかと思うくらいです。
 ベトナムの株がいいというなら、道だけとってみるとジンバブエのほうが全然道がきれいだったから、ジンバブエの株を買ったほうがマシなきもしてきます。ジンバブエは10億だか100億のデノミをするそうですが。

 まあ、私は全然興味の無い話ですが。

ところで、 

ベトナムというと最近はどうしてもボッタくるというイメージがあるせいか、どうも疑い深くなって、なかなか買い物ができません。

 ハノイに来て、一日たちましたが、いまだにフランスパンのサンドイッチとインスタントラーメンしか食べてません。
 ベトナムはおいしいなんていううわさはどこ吹く風、わびしい食生活を送っています。

 値段と商品の納得がいけば別にいくらでもいいのですが、ボッタくられてると思うとバカバカしいし、馬鹿にされているようで、どうもものを買う気になれません。
 実際、9年前にきたときと比べるとぜんぜん高くなってるし、まあ、当たり前なんですが、でもそれが、その値段が適正なのか、ボラれてるのかもわからないから、どうしても疑心暗鬼になってしまいます。

 たとえば、フランスパンのサンドイッチなら、5000ドンくらいで食べられるとものの本には書いてあったりします。

 ほんの情報はすぐに古くなるし、実際いくらが適当なのか、ちょっとわかりません、
そこで、実際にサンドイッチを売ってるところにいって値段を聞いてみます。

まず、「10,000ドン」といわれます。
 まあ、これで、70円くらいのものなので、納得して買うと、
 ああ、あいつはバカだなぁ、5000ドンのサンドイッチを10,000ドンも出して、喜んで買っていった。
って、後から思われるのは癪でしょうがないわけです。
 だから、最初っから、10,000ドンと屋台に書いてあればきっと何の疑いもなく買っていくのですが・・・

 別に一生懸命値切ってみんなより安く買いたいと思ってるわけではありません、だから、屋台に10,000ドンと書いてあればきっとそのまま買っていく人が普通で、値切る人のほうが奇特と考えて、別にそこまでして値切らなくてもいいのですが、
 ああ、あいつはバカだなぁ・・・
 って思われるのが癪だし、本当にバカみたいなのでいやなわけです。
 

 そこでそれは高い、相場も知らずに本で見た5000ドンにしろといっても
なかなかそこまで負かりません。
 ただ、サパでは5000ドンで買えたので、きっとどこかでは5000ドンで買えるだろうといろいろと探しても全然ありません。そこで、サンドイッチを買うこともできなくなるわけです。

 価格の指標がないから困って、スーパーを探しても、どこも個人商店の域を出ない小さな商店しかなくて、そんな商店でも細かくボッてきます。

 いや、実際ぼってないのかもしれませんが、前に買ったときより高いとぼってるんじゃないかと疑心暗鬼になって、店の店主の言うとおりに買うのが癪になるわけです。

 たとえば、ある町で2000ドンで買ったインスタントラーメンが、ハノイのある商店では3000ドンといわれます。それはないだろうと、一生懸命探したら、2,300ドンでちゃんと値札をつけて売ってる商店を見つけました。

 ある町とハノイでは物価が違うわけだから、3000ドンがハノイでは適正なのかもしれないと思っている矢先の話だったので、やっぱりボッて来てたんだと思うわけです。

 でも別に商店によって同じ商品でも値段が違うのは当たりまえの話なので、少しくらいなら気にならないんですけどね。でもやっぱり3000ドンは高いと思うと、もうその商店では買い物をする気になれません。

 サンドイッチも買えないので、自分で作ろうかと思って、市場に行ってみました。
まずは値段の様子を見るために何軒かに聞いてみました。
マヨネーズが30,000ドン、でも隣の商店では25,000ドン。
きゅうりはどこでも大体1kg10,000ドン
トマトは1kg15,000ドンから20,000ドン 

 で、肝心のパンが見つからなくて、ようやく見つけた一軒で、一個5000ドン。
さすがにそれはないでしょう。サパならその値段でサンドイッチが買えます。
あんまりいやになったので、もういいやって立ち去ろうとしたら
3000ドンと値下げしてきたのですが、それでも普通2000ドンくらいのものだし、別に3000ドンでもいいんですけど、先に5000ドンとか行ってきた人から買うのが癪で、やっぱり買えなくなります。

 だまされてるって思って買うくらいなら、どうしても癪だから買わないという行動に出てしまうため、どうもハノイではうまく買い物ができません。


 ハノイに来るまで、4泊したのですが、うち2泊は民泊で、2泊はホテルでした。

 一泊5ドルまでに抑えたいと思うので、ラオカイでは泊まらなかったのですが、旅行人の地図しか持っていない私はラオカイからハノイまで、ひとつしか町が載ってないので、どこで泊まったらいいのか皆目見当がつきません。
 初日は70kmくらいのところで町があったのですが、ホテルは一軒しか見つけることができず、10ドル近くしたので、パスして、走ったら、結局ホテルを見つけることができずに街道沿いの民家に軒の下を貸してもらってテントで寝ました。

 2日目はやっぱりどこに町があるのかわからないので、夕方、雨が降ってきてもしのげそうな軒を見つけて、そこの人に頼んだら、隣の家に紹介されて、隣の人の家で寝かせてもらいました。

 3日目はやっぱり人の家は気を使うのと、ちょっと後ろめたい気もするので、まあ、2泊分浮いたし、ホテルに泊まろうと、6ドルほどのホテルに泊まりました。

 4日目はやっぱりどこかで軒下でも借りようと思っていたのですが、もうハノイの近くで、そんなのどかな感じでもなかったので、とりあえず入ったホテルが5ドルほどだったのでそこで寝ました。

 ところで、3日目のホテルは部屋を見せてもらうと、テレビもなくて、もちろんシャワーもトイレも共同でした。しかも、ベッドにマットがありません。ただ、初日と2日目にとめてもらった家にもマットは無いみたいで、ござの上のようなところに寝ていたので、そういうものかと思って寝たのですが、硬くてなかなかよく眠れませんでした。
 朝、別の部屋のベッドにはちゃんとマットがしいて自分の案内された部屋だけにマットが用意されていなかったのです。しかも隣の部屋にはマットが余っていました。

 そうでなくてもベトナム人より多分高い料金を払っているはずなのに、そんな田舎町で部屋がフルになるはずも無いのに、それで、一番悪い部屋に通そうとするその根性を思うとかなり腹が立つし、してやられたと憎しみがこみ上げてきます。しかも、最初はその部屋で最初8ドルくらいの料金を言われました。
 そんな仕打ちをしなくてもお金は払っているんだから、普通の部屋に通してくれればいいのに。バカにされているようで、硬いベッドで苦しみながら寝た一晩があんまりバカバカしくて腹が立ちます。
 あんまり腹が立ったので、シーツで鼻をかんでおきました。ささやかな抵抗です。



 でも、4日目に泊まった宿はかなり清潔で、ちゃんとマットもあって、テレビもついていて快適でした。料金も吹っかけたのかどうかは知りませんが、最初から80,000ドン(5ドル)とかなり良心的でした。でもあんまりすんなり承知したせいかあとから、やっぱり100,000ドン(6ドル)といわれてちょっと悲しくなったのですが。払ってませんけど。
 
 ただ、初日と2日目に泊まった家はとにかく親切にしてくれました。
夕飯は頼んでもいないのに(でもこれはちょっと卑怯ですけどね、その場にいて、一人のけものにして食卓を囲むほうが無理というものです)家族の食卓に一緒に招じ入れてくれておいしい料理をご馳走になりました。前にフォー(ベトナム風うどん)をご馳走になったと思ったら10,000ドン請求されたという過去もあったので、またいくらか請求されるんじゃないかとちょっとどきどきしましたが、二家族とも笑顔で、送り出してくれました。
 そうなると、今度はなんだか突然押しかけて、泊めてもらって、何もお返ししていないことに後ろめたい気持ちになるんですよね。

ハノイまで、走ってる途中には全然ボッてない人もいたし、それどころか、こんなに安くていいのってくらいの価格でコカコーラを売ってくれた気のいいおじさんもいたけど、悲しいかな、まず、疑ってしまうんですよね。
 せっかく好意でとめてくれているのに後から何か請求されるんじゃないかと気が気でなかったり。

 信用すると後で高く売りつけられたことを知って悔しくなったり、疑うといい人だったりして、非常に面倒です。
 こういう気持ちになるのって、嫌なんですけどね。好意は素直に受け取りたいし、やなやつには気持ちよく怒鳴り散らしたいです。後から悔しかったり、ああ、疑って悪かったなぁ、って後悔しないですむように旅がしたいものです。

そんなハノイでも大通りを一本またぐと結構いい感じのとおりがありました。成都でボランティアやってがんばってたやっぱり自転車のりの旅人さんに教えてもらったところですが。
 明日はそこで思い切ってご飯を食べてみようと思います。
 
 それにしてもハノイ、大きなスーパー無いんですかね。とりあえず価格の基準がほしいです。

 それと一人じゃ何にも面白くありません。

 ああ、誰か日本人いないかなぁ。
 
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by fuji_akiyuki | 2008-10-15 20:37 | ベトナム

地獄坂

小樽に小樽商科大学、略して樽商と呼ばれる大学があります。
 小樽は海に面した港の町、陸地が沈降して、海岸線が入り組んだ天然の港。つまり坂の町です。

 この樽商もそんな坂の上にあるのですが、あまりの急勾配に小樽の町からこの樽商を結ぶ坂道に地獄坂という名前がついています。

1.5kmのこの地獄坂が25km続くどうなるかというと、







 自転車で2日間の行程になります。

 中国最後の町河口を一昨日後にして、成都でボランティアをしていた元サイクリストの旅人さんがビザクリアーのためにラオカイを訪れたので、一緒に食事をして、ビアホイを飲んでお昼にラオカイを出発。

 サパにいく道に入ってまず、サパまで33kmのキロポストを確認。そこからサパまで25kmのキロポストまでは順調だったのですが…

 そこから始まった坂道地獄。

 ラオカイが標高80mに対し、サパは1500m。約1400mUP。

 登る、登る、登る。

 登る。

 まだ登る。

 カーブがあって、まだ登る。

 あ、あそこら辺で坂が終わってる?

 いや、ちょっと勾配がゆるくなっただけ、でも登る。

 それから・・・登る。

 いいかげん、そろそろ、少しぐらい楽になってもいいんじゃないのか?

 いや、まだ登る。

 こんな感じです。まったく手加減なしの急勾配続き。


それでも勾配がもう少し小さければ、そして、もう少し涼しければ、いや、あの雨さえ降らなければ、その日のうちにつけたはずなのに・・・

 登り始めたころはやたらと暑くて、それなのにほとんど水を持っていなかったので、影に入って休憩をしては道路にせり出したがけを伝い落ちる水を大量に飲んで、水をかぶって、ずぶぬれになってもそれでもオーバーヒートした体は暑さを訴えてきます。
 
 だましだまし、何度も休憩を入れて、時間をかけて登っていくと、だんだん標高が増し、太陽も西に傾いて、刺す様な陽射しもなくなってくると幾分楽になってきます。

 ようやく10km手前、日が暮れるまで後2時間半くらい。そして平均時速、約5km/h。
 何とか休憩挟んでも日が落ちて暗くなる前に町までつけるだろうか…

 と、甘い考えをしていたところ、

 突然、熱帯特有のスコールにやられてしまったのです。

 まさに青天の霹靂とはことの事だと言わんばかりにあれよあれよという間にたたきつけるような大雨、大粒の雨が地面を打つたびにアスファルトの上に一瞬だけ白い王冠が出現しては消えてゆきます。
 そのうちにあたり一面王冠だらけ。

 一瞬でずぶぬれになって、一番近くの商店に逃げ込みました。

 昼間はいくら水を浴びても一向に涼しくならなかったのに今度は一転して、冬のように寒くて仕方がないくらいでした。

 雨は夜までやまず、結局動くこともできなくなって、その商店の軒下にテントを張らせてもらうことに。

 テントの準備をして、シュラフにもぐりこんで、5分。商店の主人がバイクで帰ってくると、何の躊躇もなく、家の中に私を招じ入れてくれて、しかもベッドまで貸してくれました。
 
 ラオカイから坂を上っているときも思ったのですが、結構ベトナム人、感じいい人が多くて、よく声をかけてくれたり、手を振ってくれます、なんか冷やかされているようないやな感じじゃなくて。

 この商店のおばさんもいい感じで、雨宿りをさせてもらっているときから笑顔で迎え入れてくれたし、主人もいい感じでした。

 しかも翌朝、インスタントだとは思うのですが、フォー(米の麺のラーメン)を用意してくれました。
 
 ベトナム人って、結構いい人なのかも。

 と思っていたのですが、出発するときにちゃっかりフォー代を結構ふんだくられてしまいました。

 サパの町についても人はみんな愛想がよくて、結構親切だったりするのに、どこの商店もひどくふっかけてきます。
 たまに値段をつけてある商店があるので、そこで値段の確認をするのですが、言い値がいきなりその値段の倍以上だったりする商店もざらです。

 交渉で値段を決めるのはそこまでいやじゃありませんが、なんかこういうあわよくば、2倍で売りつけようみたいな、いやらしいことをされると私の場合、交渉以前にもうここでは何も買いたくないという気持ちなってしまいます。だからだんだん買い物ができなくなってくるわけです。

 なんか違和感を感じます。もともと人はいいのかもしれないけど、ふっかけるのが当たり前。そんな感じなのかもしれません。

 サパという観光地に着たからかもしれません。

 ここは、毎日バックパッカーが自分で町を探検するでもなく、すでに決まったバスターミナルから、宿の客引きに連れられて、ほとんど自分の自由意志というものをむしりとられて、宿まで連行されていくのを目の当たりにします。

 かく言う私もバイクに乗った女の子に声をかけられ、3泊10ドルのやどを教えてもらったのに、探すのが面倒で、その子とちょっと交渉をして、1泊5ドルで宿まで連行されてしまったのですが。

 景色は綺麗かもしれないけど、小洒落たバーやレストランが並んで、観光客のために作られた町、西洋風に作られた町。バスを降りてから全てがサパの観光客相手の商売人たちに操られてまるで遊園地の中で遊ぶかのごとく出来上がった町を自由な旅を目指したはずのバックパッカー達が闊歩してる感じです。

地獄坂の上にあったのはこんな町でした。

 東南アジアの観光地ならどこにでもある風景なはずなのに、とんでもなく放任主義の中国から来た今、この感覚にどことなくなじめなくて、ベトナム人も優しいんだかいやらしいんだか判別がつかずに、なんだか混乱気味です。
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by fuji_akiyuki | 2008-10-06 12:08 | ベトナム