アルゼンチン人は赤ワインがお好き。

アルゼンチンの通貨はペソで、昔は$1us=1ペソの固定レートで、やたらに物価が高かったのですが、そんなことやってたらいつか経済崩壊するだろうなって思ってた矢先に見事に崩壊したんですよね。

で、いまは$1us=4ペソくらいで、ペソの下にセンターボってのがあります。100センターボが1ペソです。セントみたいなものです。



宿から歩いて3分くらいの所にちょっとしたスーパーマーケットがあります。
なんか知らないけど、アルゼンチン、スーパーが少ないんですよね。
メンドーサは結構大きい街のくせして、散歩して歩いてみても本当にスーパー見ないんですよ。
だから、近くに一軒あるのは助かるんですけど、このスーパーがまたいけてません。
100ペソ札も50ペソ札も受け取ってくれないし、シエスタだ、日曜日だとすぐに店を閉めるし。肉は殆ど変色して新鮮さに欠けるし、野菜は売ってません.
何で稼ぎを自分から拒否するような営業形体なのか知りませんが、近くにもう少しまともなスーパーがあれば金輪際行きたくないようなスーパーなんです。
でも、残念ながらアルゼンチンにはシエスタをしないスーパーなんてほとんどないし、近くにはそのスーパー以外今のところ見つからないんですよね。
こうやって選択肢がないから仕方なくそこで買うってかんじで、お客が来るからどこのスーパーもどうにかやっていけてるんだろうなって感じがします。
メンドーサはちょっと大きな街なので、外資系の大きなスーパー、カルフールが1km位歩いたところにあります。
で、もちろんシエスタはしないし、日曜も開いてるし、高額紙幣も受け取ってくれます。こういうスーパーが増えたらアルゼンチンのスーパーは全部潰れるだろうなって思います。

そんないけてないスーパーですが、一つだけいいところがあります。
それはワインがやたらに安いんです。
っていうか、多分安い銘柄のワインを置いているというか。
1リットルの紙パック入りのワインなんですが、日本にもある牛乳パックなんですけど、一般的な上が三角屋根みたいなった細長いやつじゃなくて、ずんどうで、長期保存可能って触れ込みの方です。そういう形の紙パックに入ったワインがどこに行っても一番安くて、探すと1リットルでだいたい5ペソくらいで見つけることができます。

でもこのスーパーの一番安いやつは、白で3.99ペソ、ロゼが4.99ペソで特価になってるんですよ。何故か赤は値引きされてなくて5.49ペソ。

アルゼンチンのワインはどこの銘柄もだいたい赤、白、ロゼくらいはそろえていて、だいたいどれを見ても赤のほうがほんのちょっと高かいか、同じなんです。
1リットル5ペソくらいの安いワインになると赤と白の差は50センターボもないくらいなんですけど、白の方が好きな私としてはちょっと得した気分になるわけです。

でもこのスーパーで一番安いのは白ワイン。特価でたったの3.99ペソ。
そして赤ワインは値引きされておらず5.49ペソ。
その差は1.5ペソで、もともと4ペソだの5ペソだのの値段に対してはバカにできないと思うんですけど、赤ワインが飛ぶように売れていて、白はたくさん売れ残ってるんです。

そんなに安売りしてもやっぱり白は買わないで赤を買うんですね、アルゼンチン人って。

ただ、左から白、赤、ロゼの順に並んでいる棚の下に書かれた値札はなぜか赤、白、ロゼの順になってて、
白ワインの下に"赤ワイン、5.49ペソ"って値札があって、
赤ワインの下に"特価!!白ワイン、3.99ペソ"って値札がありました。
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# by fuji_akiyuki | 2011-01-17 04:01 | チリ・アルゼンチン

アルゼンチン医療事情

要するにですね。タダより高いものはないってことなんですけど。
事件当日(4日)のことは"事件概要"に書いたとおりで、本当に良くしてもらえて警察と病院には大感謝だったのですが。。。
翌日(5日)、警察が迎えに来てくれて病院に連れていくという約束でした。
宿の人にも8時から11時に迎えに来ると言い残していったにもかかわらず。
来ない、待てど暮らせど、全く来ません、午後1時まで待って全然ナシのつぶてなので、自分で勝手に病院へ行ってみました。
前日(4日)診てくれた医師がなんかメモを書いて説明してくれたところによると、
5日は警察と一緒に来て破傷風の予防接種を打って、指の方の次回の予約をしよう。
数日後にレントゲンを撮って骨がずれてなければ手術は必要無いとだろうということでした。
渡してくれたメモは二枚で、一つは破傷風の予防接種のことで、もう一つは良く分からないけど、多分指に関係することが書かれているようでした。
つまり、"この患者は怪我をしたので破傷風の予防接種が必要です"って書かれたメモと多分"この患者は指の骨を骨折してます"みたいなことが書かれたメモを渡されました。
でも病院内はほとんど英語を解する人がいないし、ひとりで行っても事情の説明のしようがないので、警察が来てくれるのを期待していたし、そう言い残してい去っていったはずの警察が全く来ませんでした。

で、とりあえずメモは持ってるので、まあ、これを見せればどうにかしてくれるだろう。全然相手にされなかったらもう一度警察に行ってみようと思ってひとりで病院に行ってみました。

なぜ先に警察に行かなかったかというと、病院が歩いて2分、目と鼻に先にあって、警察のオフィスはどこにあるのかよく分からなくて調べなければいけなかったから面倒だなって思ったからなんですけど。

で、病院で訳も分からず受け付けの人にメモを見せると、破傷風の注射はいとも簡単に打ってくれて事なきを得たわけですが、指の方はどうすれば良いのか分からず、メモにあったサインを指さしてこの先生に会いたいんですけどと言うことを伝えると。
月曜日じゃないとこの先生は来ないから次の月曜日、朝7時に来いっていわれました。
事件があったのは4日火曜日、病院にひとりで行ったのがその翌日の5日水曜日で、次に来いと言うのが10日月曜日って。。。
確かにその先生は自分はこの病院で働いてない。緊急医療でここに居るんだみたいなことはいってたからもしかしたらそういう変則的なシフトなのかなぁと思ってとりあえずその日は次の月曜日に来るということで帰ったんです。


で、10日月曜日、朝から病院に行ってまた案内みたいなカウンターの人にメモを渡してみると
この列に並びなさいといわれて窓口の前にできた長い行列に並ばされました。
窓口は患者の予約を取ってあっちに行けとかこっちに行けとか、患者を振分けているようでした。
ああ、これで自分も普通の患者と同じように振分けられるわけだな。前回は救急だったからこれで良いのかなって思っていました。
列は2つあって、案内みたいな人が並べといわれた方に並んでいたのに、自分の番が来てメモを見せた途端、もう一つの列に並べっていわれました。
なんだそれ、今案内にこっちに並べっていわれたのに。って不満を言ったところでストレスが溜まるだけなので我慢して、もう一つのさっきの列より倍くらい長い列に並び直しました。
患者を振りわけるだけだからそんなに時間はかからないようでした。
みんなそれぞれ私と同じメモをてにして、窓口で予約表みたいな物を渡されてあっちに行け、こっちに行けと指示を受けてます。
で、私の番が来たのですが、今度はいきなり20日の7時30分に来い、と言われて予約表を渡されました。チーン

事件から16日がすぎて、ようやく2回目の診療になりそうです。
警察は来ないし、いつまで立っても医者には診てもらえません。
もうなんかどうでもいいような気がしてきました。

ただ、過去骨折歴2回、今回で3回目となるベテランとしては骨折なんて医者に見てもらったところで固定する以外にすることなんてないってことは知っているので、心配なのは骨がズレてないかどうかなんですよね。
だから早めに2枚目のレントゲンを撮ってもらってズレてない事を確認したかったのですが。。。
まあ、事件からすでに10日、あれだけ力いっぱい引っ張って、多分麻酔がなければとんでもない痛みを伴って直した骨の位置がズレるようなことがあればきっとそれなりの痛みを伴うだろうし、そんなに激しく何かにぶつけたりもしてないし、折れた部分に激しい痛みを感じたこともなかったから大丈夫だろうと思っているんですけど。

とにかく 20日もう一度病院に行ってみるつもりです。


アルゼンチンの公立の医療機関は医療費が無料だそうなんですけど、それだとなんでもない人も病院に押し寄せるんじゃないかなぁって思ってたら、やっぱりそういう現実があって、なかなか診てもらえないそうです。
しかも設備や医薬品も乏しかったりするようで、お金のある人は私立の病院に行くそうです。
タダで、貧しい人でも病院に行けるのはいい制度だけど、どうでも良いことで病院に押し寄せるようになると本当に治療を必要としている人がなかなか治療を受けられないという事態も出てくると思うんですよね。

自賠責ってことでほんの少しでも取るようにした方がいいのかと考えると、今度はそれを払うのも躊躇してしまうような貧しい人は症状が相当悪化するまで病院に行かなかったりするかもしれないし。

一長一短かもしれないですね。

まあ、私が考えることじゃないんですけど。
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# by fuji_akiyuki | 2011-01-16 07:19 | チリ・アルゼンチン

違うんだよ!!

強盗に遭い、病院に行って警察に行って、ようやくホステルに2,3泊して少し落ち着いた頃でした。
オーストラリアに住んでいるという白人のおじさんがにこやかにこんな話をしてきました。

「私も何度かスリやケッチャップ強盗にあったけど、それはお金を取りやすいポケットに入れておいたのがいけなかったんだよ。我々外人はそれだけで彼ら(強盗を示すものだと解釈したのですが)のまえににんじんをぶら下げれているようなものなんだ。大事なものはしっかり肌身離さず持ち歩いて隙を作らないようにしなければ。そうでなければ盗まれてもそれはあなたの落ち度(your fault)なんだよ」









違うんだよ!!



こういうこと、わけしり顔で、分別くさく、説教じみて、まるで出来の悪い生徒に「地球は丸いんだよ、当然だろ!?」みたいにとくとくと言って聞かせる奴なんて糞喰らえなんだよ!!
全然違うよ!!大間違いなんだよ!!




どんなことがあったってさぁ、盗む方が悪いんだよ。100パーセント!!
だます方が悪いし、殺す方が悪いんだって!!

もし、深夜に泥酔して道端で寝込んじゃって財布をすられたって、すられた方は、ま、あんまり利口とはいえないけど、悪くないんだって、悪いのは絶対100パーセントすったほうなんだよ。

隙とか、落ち度とかの問題じゃないんだって、人のものは盗んじゃいけないんだって!!当然だろ!?
それともお前んとこじゃ隙があったら人のものは盗ってもいいのか!?

って、言ってやりたかったんですけどね。
そんなこと苦労してどこの馬とも知れない同じホステルで顔を合わせたというだけのおじさんと英語で議論したって疲れるだけで、何の得にもならないし、おじさんに悪意もなければ私を責めてる風でもなくて、蒸し返すのも面倒なのでやめておきました。

でも、こういうこと、良く言われますよね。
自分の身は自分で守らなければならないとか、油断や隙があるから狙われるんだとか。

長いこと旅行してると、スリや盗難や、強盗にあった人に実際に会うこともあるし、そんな話を聞いたりブログやミクシーの日記で目にしたりします。

 で、そういう人を前にして、こんな所に財布を入れたから悪かったんだとか、バスターミナルでちょっと荷物から目を離したからいけなかったんだ。みたいな被害者の落ち度を指摘する人がいたり、被害者本人も「僕が悪かったんです」とか、「私がいけなかったんです」とか、「勉強になりました」みたいに反省しちゃったりしてるけど。

 それも確かに一理ある、というか、なるべく被害に遭わないために出来ること、旅人の処世術ではあると思うんですが。

なんか、その前に大事なこと忘れてません?

東から昇って西に沈む太陽を見ているうちに地球が動いていることを忘れて本当に太陽が動いてると信じ込むように、この処世術を重んじるばかりに”盗ろうとする方が悪い”という常識から、いつの間にか”処世術を怠った方が悪い”という間違った(少なくとも私は間違ってると思いますが)常識の方が幅を利かせてきてるように感じます。前述のおじさんのように疑いもなく信じてはばからない人もいるし。コペルニクスも嘆いちゃいますよ。
特に長期旅行者の中に、旅に長けたものの間にこっちが常識として広がってるように感じます。

 過去にイラクやアフガニスタンに旅行者が行って殺されたという事件がありました。日本では「そんな危ないところに行くから」と非難されていたようですが、悪いのは旅行者じゃないんです。確かに軽率だったかもしれません、でも悪いことなんて何にもしてないんですよ、絶対に悪いのは殺した方なんですよね。どう考えても。

つまり、こんな考え方が常識みたいになってること自体が犯罪を助長してるんじゃないかって思うんです。
隙を作った方が悪い。油断した方が悪い。
そんな常識、糞喰らえなんです!!こんな考え方じゃ、犯罪者に寛容になってしまうじゃないですか。
盗った方が悪いし、傷つけた方が悪いし、殺した方が悪いんですよ。絶対に。100パーセント!!

そして大人になってもそんなことすら分からないで人のものを盗ろうとするような奴なんてこの世にいりません。

今回、悪意を向けられ、暴力を振るわれ、踏みにじられる者の無念さとか、悔しさとかを噛みしめることになりました。死刑って有って然るべきだなって思いました。ま、今回は捕まっても絶対に死刑になんてならないですけど。
 
 もし私が車に乗って強盗事件の目撃者になったら犯人をひき殺してでも捕まえてやるって心に誓いました。こんな悪意は許しちゃいけないんです。
私は、旅行をするうちにいつの間にか悪意には抵抗して、刃向かうんだって気持ちになってました。
お釣りを返そうとしない悪意、外人料金を設定して高くとろうとする悪意、国境で何もして無いくせにやたら人を待たせようとしたり、ワイロを払わせようとする悪意。消極的だけどとんでもなく客が並んでるのに新しくレジを開けようとしない悪意・・・というか怠慢。各種窓口の不誠実で不案内な対応とか、悪意を感じるものにはどうしてもニコニコ笑ってこういうこともあるよ。なんていい子にはなりきれませんでした。
 どちらかといえば悪意に曝されたら絶対に抵抗して、刃向かって、相手に不快であることを伝えてきたつもりです。

 でも、今回私に向けられた悪意は強烈で衝撃的でした。

だから、やめようよ、悪意を許すような常識。
隙を作ったから悪いんじゃない。油断してたから悪いんじゃない。違うんだよ!!
盗るほうが悪いんだよ!傷つける方が悪いんだよ!!殺す方が悪いんだよ!!当然だろ!?

 
 
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# by fuji_akiyuki | 2011-01-12 13:37 | チリ・アルゼンチン

事件概要

バケツをひっくり返したような大雨に打たれながら、無残に倒れた権兵衛(自転車の名前)を起こすことも出来ず、ただ、絶望に打ちひしがれながら、立ち尽くしていました。
止まること無く流れ続ける頭からの出血は私に死への恐怖すら与えました。
ここで旅は終わるのか?
あと3300km走りきれないのか?
人生すらも幕を下ろすのか?
また中途半端に?


 その日の始まりはメンドーサまで後80km、チリからアルゼンチンへ、年末年始を休まずに峠を越え、ちょっと大きな町、サンファンに泊まらずにスルーしたことによって、予定より一日早くメンドーサに着けそうでした。
しかし、その日は朝から空一面雲で覆われ、強い向かい風の中、今日は辛い一日になりそうだと思いつつ、テントをたたんでメンドーサに向けてペダルを踏み出しました。
向かい風のせいで思うようにスピードが出ず、朝のうちは10km/hもでませんでした。
やっぱり今日はちょっと辛いけど、80kmだからどうにかなるだろう、ととにかく風に向かって悪戦苦闘していました。

 何度目かの休憩で、ようやくメンドーサまで25kmというところのガソリンスタンドまでこぎつけました。
ガソリンスタンドでしばらく休んで出発すると、ちょっと雲行きが怪しくなってました。

 
後20kmか15km辺りから雨がぱらつき始め、だんだんと雨脚が強くなってきました。
ああ、いやだなぁもう少しなのに、誰か乗らないかって声かけてくれないかなぁ
なんて思ってました。
まわりには雨宿りが出来るようなところもありません。
メンドーサまで後10km、左手に空港が見えてきました。
その頃には雨脚も強く、強風に吹かれて横殴りの雨になっていました。
空港を越えた辺りにいくらか建物が見えました。
空港を越えたら雨宿りのできるところも見つかるかも。
10km行くにはこの調子だと1時間はかかるし、とりあえずは雨宿りに出来るところを見つけよう。
っていうか、誰か乗せてくれないかなぁ、
と思っているところでした。

空港を越えた最初の交差点はT字路で左に曲がると空港ターミナルに続いてるようでした。
そのT字路の向こう側を2人の若者が木の棒を手になんかのろのろと道路を横断していました。

私が通りかかるとその調子でのろのろと車道に出てきて、私の行く手にフラフラと出てきます。
その様子は行く手を阻もうという意思があるというよりはむしろ酔っ払って、間違って車道にフラフラと出てしまったという感じでした。
しかし、彼らには私を襲おうという意思があったのです。

なんだこいつら、気持ち悪い。
と思ってどうにか二人を避けて行きすぎたときでした。

バシン!!
右側頭部に激痛を感じました。
え!?一体何??

と思ったときには第2の衝撃をまた同じ右側頭部に感じました。
あいつらか、暴漢か?ひどいことするなぁ、耳までキーンとするよ。
でも頭を強打すると星が見えるとか言うけど全然見えないけどなぁ、
とにかく逃げよう

ペダルに力を入れて、逃げようと試みたのですが、木の棒でやたらと殴られて堪らずに道路の真ん中で転んでしまいました。
転倒した瞬間はこのまま袋叩きに遭うのだろうかという恐怖に身の凍る思いでしたが、一度倒れると後に続くと予想された攻撃が襲って来ません。
ふと見ると二人の若者のうち一人が権兵衛を引きずって持っていこうとしている最中でした。
ただ人に暴力を振るうだけが目的の暴漢ではなく、強盗だと気がつきました。

そのとたん、殴られたことにも、権兵衛を盗もうとする二人にも言いようの無い怒りが沸々と湧き上がってきました。
権兵衛は確実に60kg以上あります。自転車は車を転がすもので、引きずって奪おうなんて不可能なのに、引きずろうとしているおろかな姿を目の当たりにして、飛んでもなく頭の悪いやつらだと思いました。
白昼堂々と、しかも結構交通量のある幹線道路で自転車旅行者を襲おうなんて考える自体あんまりにもあさはか過ぎます。
相手がバカだと思うとその愚鈍でずさんな犯行の被害に遭った屈辱と悔しさが更に怒りを抑えがたいものにしました。

片手で権兵衛を引きずるのは無理だと思ったらしく、私が見たときには武器の木の棒を捨てて両手で権兵衛を引きずろうとしていたので、私は捨てられた木の棒を拾い上げて殴りつけるべく、それこそ殺してやろうという、確実な殺意を持って襲い掛かりました。
しかし、襲いかかってきた私を見た若者二人は一目散に逃げて行ってしまいました。

少しだけ追いかけようかと思ったのですが、手負いの自分の状況に思い至り、立ち止まり、周りを見回してみました。
片側2車線道路の真ん中に権兵衛は無残に倒れ、後ろから着た何台かの車が立ち往生していました。
こいつら、みんな見てたのに助けてくれなかったのか、何で犯人を車で追ってくれないんだろう、ひき殺してもいいから、いや、むしろひき殺してくれればいいのに。
こうやって突然見ず知らずの人の悪意に曝され、突然の暴力によって傷つけられることがこんなにも悔しいなんて思ってもみませんでした。

そして、痛みに頭を抑えた手についた真っ赤な血。何時殴られたのか、激痛を感じる右手の人差し指は無様にひしゃげ、腫れ上がり、確実に骨が折れていることが分かりました。
少しずつ冷静になってくると自分の身体の被害状況を確認し始めました。
この二つ意外には大きな怪我は無いようでした。でも、指の痛さは尋常ではなく、権兵衛を起こすことも出来ません。
頭の傷は何時までも血を噴き出し、止まる気配を見せません。降りしきる雨で血が固まらないのかもしれません。
頭の方は痛みはそれほどでもなかったのですが、止まらない血は私に恐怖を与えました。

 無残に横倒しになった権兵衛、何度ぬぐっても真っ赤に染まる左手、眉を伝って目の前を零れ落ちる血、そしてその全部にたたきつけるように、あざけ笑うように、容赦なく冷たい雨が濡らしていきます。
感じたものは深い絶望でした。

後ろから来た車のうち、一台が携帯で警察に連絡をしてくれたようです。
道路の真ん中で待つようにいわれたのですが、降りしきる雨は雨脚を強めて私の体温を奪っていきます。

 道路の真ん中にたっていることが出来ず、周りを見回して、道路わきにキオスクを見つけ、キオスクは閉まっているようでしたが、その店先に風にたなびく布製の庇を見つけました。
周囲に雨をしのげそうなものは他には見当たりませんでした。
私は寒さでたまらなくなってその庇を目指して走りました。その庇は風にたなびき、もしかしたらその下に入っても全然雨は防げないかもしれません、どうみても風は防いでくれそうにありません。
溺れる者は藁をもつかむ、そんな藁みたいに頼りない救いでした。でもその時の私には見渡す限り唯一の藁にすがるしかありませんでした。

 ただ、幸運だったのは藁だと思った救いがちょっとした大型船くらいに化けてくれたことでした。
キオスクを併設している家のおばさんが救いを求めて走る私を見てキオスクのすぐ隣の扉から私を家の中に招き入れてくれました。
暖かい家の中に入れてもらって、着替えを貸してくれて毛布を上から掛けてくれました。
救急車を呼んでくれて、血だらけの頭をタオルでぬぐってくれ、寒さに震える腕をさすってくれました。
人のぬくもりがこんなに暖かいと(比喩ではなく)感じたのも初めてでした。
程なくして自転車もその家に運び込まれて来ました。

「今コーヒーを入れるからね」
と、コーヒーを待っている間に救急車がやってきたので、結局コーヒーは飲み損ねてしまったのですが。

 突然ですが私はレスキューダイバーの資格を持っています。
スキューバダイビングのときに不測の事態が起きた場合、いろいろと自分や人を助けたりするための講習を受けます。
そのレスキューダイバーの講習には緊急事態が起きたときの初期対応みたいな講習(E.F.R. Emergency First Response っていうんですけど)も含まれていて、そこでこの3つが全てはいならこいつはとりあえずすぐに死ぬことは無いという条件を習いました。

1意識がある。
2呼吸がある。
3大量の出血は認められない。

このうち一つでもいいえなら、もしかしたら死ぬかもしれないってことになるわけですが、私はこの3番に当たるのだろうかとこの出血は大量といえるのだろうかと判断がつかづに恐怖におののいていましたが、家の中に入って雨に打たれなくなると出血はかなり少なくなったようで、救急車が到着した頃にはもう滴り落ちることは無くなっていました。

 ただ、頭を強打した場合、その日は大丈夫だと思っていても翌日以降に容態が急変するとか、そんな話も聞くので、心配は残っていました。
でも、救急車に乗ったとき、救急医療?のおばさんがガーゼにジェル状のアルコールをたっぷり染み込ませて傷口に当てながら
「目まいはあるか?」「耳は違和感が無いか?」
というようなことを聞いてきました。
ああ、つまりこういう症状があるとやばいわけだ。
目まいは全く無いし、殴られた瞬間こそ耳はキーンとしたけど今は大丈夫だなぁ、
そうかんがえると、明日死ぬことも無いのかなぁ、と少し安心しました。

生涯2度目の救急車の中ではベッドで寝かされることはなく、イスに座らされて簡単な治療を受けながら病院へ向かいました。
ちなみに初めて救急車に乗せられたのは16のときで、残念ながら意識がなかったので記憶はありません。飲みすぎでした。

 死の恐怖が一応去ると今度は今後の旅の予定と指の骨折の具合と、病院での治療とその費用が気にかかりました。
人生で過去2回骨折は経験があるので、痛さからいくと、多分頭の方は骨には異常はなさそうな気がしました。
指は角度がおかしかったので確実に骨折しているのは見て取れたのですが、これが元に戻るのかどうかは心配でした。
骨折してると約一ヶ月はギプスで患部を動かすことが出来ません、指を動かさずに自転車を運転することはちょっと難しいし、もちろんテント立てたり、自炊したりも無理なので約一月の足止めは余儀なくされます。
折れ方によっては手術が必要だったり、治っても上手く動かなかったりすることもあるということも知っていました。
とにかく少なくともひと月動けなくなりそうだということは分かりました。ギプスが取れてもひと月固定されていた指が動くようになるまではリハビリも必要です。
その他、左の脇の下のちょっと下あたりと左の腿と腰が比較的強く痛むのと右ひざ、左のスネ、左の肘が少し痛むのが分かりました。
でも頭と指意外は大した傷ではないなという直感もありました。
ひと月+リハビリ期間動けなくなると今シーズン中にウシュアイアまで行くのは難しいだろうということも気にかかりました。
一年延長するなら予算も問題が出てくるし、第一この傷の治療費はどうなるんだろう、保険なんてとっくの昔に切れてなくなっています。

病院に着くまでにいろんな心配が頭の中を駆け巡りました、そしてこれだけ考えられるなら頭を殴られたわりにはそれほどバカにもなってないだろうと考えることが出来ました。この思い付きは私に少し安心感を与えてくれました。

病院に着いて、当然歩くものだと思っていたら車椅子といか、キャスター付のイスに座らされての院内の移動となり、これは非常に楽ちんでした。

 それでも色々待たされたり、質問されたりが最初でなかなか治療には移行しませんでした。
身元を聞かれ何があったのかを訊かれ、最初はスペイン語で全く話が通じなくて、英語がしゃべれる人が来て同じ事をまた訊かれました。
警察の簡単な事情聴取があり、ようやく治療が開始されました。
 最初はレントゲンで殴られた頭と指の写真を撮りました。

レントゲン写真を前にして医師の診断を言い渡されました。
レントゲン写真に映し出された私の指の骨は無残に折れてあるべき位置から完全にずれていました。
指の具合はあまり芳しくない、このままだと骨がくっついても指は動かないだろう。
治療には手術が必要だ。すぐに日本に帰るなら日本で手術することも出来る、日本には何時帰る予定だ?
と訊かれました。

まだ日本に帰る予定は無いけど、手術なんてしたらきっと治療費も馬鹿にならないし、それ次第ではもう旅なんて続けられないかもしれないから
その質問に即答することは出来ませんでした。
 逆に、ここで手術をするならいくらくらい掛かるのか?と訊いてみました。

 この病院では手術できない、これを治すためには私立の手の専門の病院に掛かる必要がある。費用は病院次第だが、1000ドルくらいは掛かるんじゃないだろうか。
という話でした。

 今いる病院は公共のホスピタルセントラルというところらしく、すぐ近くの裏手にその手の専門の病院があるらしいことも言ってました。

とにかく、これから麻酔を打って痛みの無い状態にして指を引っ張り、骨を入れなおしてみる。これだけずれてるとあまり見込みは無いがうまく行けば手術は避けられるかもしれない、もう一度レントゲンを撮ってダメならすぐにでも手術の予約を入れよう、一週間以内に手術が受けられるようにしよう。
頭の方は骨にも異常は無いし、後で縫っておこう。
と医師がいいました。

 医師の言う指を引っ張るという荒療治に手術回避の一縷の望みを託すよりありませんでした。

指に打つには多すぎるだろうと思われる大量の麻酔液を注射器に入れ、そうでなくても腫れ上がっている指に骨まで深く突き刺し、薬液を注入しました。
指は更にふくらみ内側からはじけ飛んでしまうんじゃないだろうかと思うほどふくらみ痛みを感じました。
注射のあと、2,3分で、医師が治療を開始すると言い出しましたが、まだ指の感覚はあり、このままやられたら失神するほど痛いんじゃないかという恐怖で待ってくれ、まだ感じるんだけど。と訴えてみると皮膚では感じてももう骨には麻酔が効いてるはずだ、とにかくやってみよう。
といって、力任せに私の指を引っ張り始めました。確かに不思議と全く痛みを感じません。指は力いっぱい引っ張られてそれは感じてるんだけど、折れて激痛をともなっていたはずなのにこんなに手荒く扱われても全然痛みを感じないのはちょっと不思議でした。

その後、別の医師が頭部の縫合をしてくれたのですが、ちょっと麻酔の効きが悪かったらしく縫われるたびにチクリチクリと痛い思いをしました。

 もう一度撮ったレントゲンを見た医師に言わせると、パーフェクトだそうで、確かにあれだけずれて無残に折れていた指の骨が今ではどこが折れているのか分からないほどきれいに戻っていました。
これで手術は一応今の時点では必要ないといわれました。ただし、指は絶対安静。言われなくてもそうするつもりですが。

翌日に破傷風の予防接種をうちに来るように言われて病院から解放されました。気になる治療費ですが、取られませんでした。
後で分かったのですが、アルゼンチンの公共医療施設は無料だそうで、これも私にとって非常にラッキーでした。
こういうの、悪運が強いって言うんですかね。

 病院から警察の車で警察署に行ってもう一度事情聴取を受け、ポリスリポートを作成してもらいました。
助けられたキオスクの家に置き去りにしてきた権兵衛も警察が持ってきてくれてました。
更に警察の車でホステルまで自転車ともども送ってもらいました。翌日迎えに来て一緒に病院に連れて行くと約束をして去って行きました。

翌日、警察は来なかったのですが・・・

こうして最悪の一日は過ぎて行きました。


皆さん、あけましておめでとうございます。
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# by fuji_akiyuki | 2011-01-10 00:26 | チリ・アルゼンチン

ここで

ウッソぴょーん
って言ったらみんなおこるだろうな。














































残念ながら事実なのですが。
大きな被害は右側頭部を殴られて4針縫いました。
頭蓋骨には異常ありませんでした。
あと右手人差し指の多分複雑骨折でした。
昨日は病院で頭部の縫合と麻酔を打って指の骨の位置を直してもらいました。
指の骨は最初手術しないと動かなくなると言われました。
ダメ元で、骨の位置を直してみようという医師の表情ではあまり期待できない感じでした。
が、この治療をしてレントゲンを取ったらどこが折れているのか分からないほど綺麗に骨の位置が本に戻っていました。
このまま骨が動かなければ手術は必要ないだろうといわれ、30日間人さし指の絶対安静を言い渡されました。
その他、何カ所かいたむところもあるのですがこれは今までにも何度か経験したことのある打撲位のものだろうと勝手に判断して医師にも言ってないのですが。。。

一応近況報告でした。
やっぱり片手だと打つのがつらいです。
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# by fuji_akiyuki | 2011-01-06 06:33 | チリ・アルゼンチン