music addicted@クエッタ(パキスタン)

360°の地平線に囲まれるとまるでそこだけが円形に世界から取り残された錯覚に陥ります。
視界に入るのは空と太陽と地平線まで続く大地。そして地平線まで続く黒く光るアスファルトの道。
風が吹き付けて、砂が舞い、朝、赤い太陽が南東から昇り、だんだんと位置を南に変えるとともに黄色、白色に色を変えて、南中してからは西に傾き出し、色も朝の逆をたどって、南西に沈んでゆきます。
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Photo: FUJI Akiyuki(南米:チリ)

世界はかくも単調に、シンプルなルーチンだけを何億年と繰り返してきたかのように、ただ、ただ、静寂のうちに一日を繰り返します。

アスファルトの上をペダルを踏みながら進んでいても変化のない景色と、いつまでたっても届かない地平線が私に進んでないような印象を与えます。

世界は切り取られた円盤だけになり、いつまでもそこから抜け出すことは出来ない。どこに向かって走ってもきっと地平線まではたどり着くことが出来ない。そんな恐怖にも似た感覚に取り付かれそうになります。

地平線は実はたったの4~5km程度。つまり、自分を中心とする半径5kmの円の中に何もなければ地平線に囲まれた大地は完成し、さらにその周りにたかい山や丘がなければ地平線の向こうにみえるものありません。

しかし、実際に地平線の先まで何もみえないと世界がそこで終わってるような錯覚を起こし、進んでも進んでも世界の縁までたどり着かないと、まるで円形に取り残された不思議な世界に閉じ込められてしまったような何ともいえない不思議な感覚が湧いてきます。

自転車のサイクルメーターのみが自分が確実に進んでいる事を保証してくれています。それがなかったら心細くて走れるかどうかかなり疑問です。

朝早く出発し、行き着けるかどうかわからない次の村を目指してペダルを踏み続け、昼間は灼熱の太陽に耐えて走り、影を見つけて逃げ込んで、つかの間の休息を取るとまたペダルを踏み出す。日中はこの繰り返しです。

目的の村についたときには疲れ果て、すきっ腹を抱えて、トラックの運転手やバスの乗客相手に生業を立ててる食堂で食事を取ってそのままベッドも何もないただござを敷いただけの部屋にいくばくかのお金を払ってそのまま眠りこけます。そして次の朝にはまた走り出します。

イランのザーヘダーンという町から約90km、国境を越えてパキスタンに入るとそこから600km、砂漠を横断して、クエッタという町まで大きな町もなく、村と村の間隔も長くなります。
村といってもそこは大体長距離を移動するトラックやバスにのる人を相手に食事などをだして生業を立ててる小さなサービスエリアのような場所でしかありませんが。

この辺りはバルチスタンと呼ばれるトライバルエリアで、一般には外国人は入らないようにとされていて、噂には自転車で走ることは出来ないと聞いていました。警察に止められて車に乗せられると聞いていて、私もそのつもりでいたので、走れてしまったことにはビックリでした。いや、実は楽できると思っていたのでがっかりだったのかもしれません。

しかし、実際走ってみると、なんとも久しぶりにサイクリングを楽しんでいる自分がいました。砂漠の真ん中を走るのですが、次の村までは100km以上はなれていて、たどり着けるかどうかわかないし、昼間は殺人的な太陽が照り付けるし、自然環境は決して楽なものではないのですが、景色と、かぜと、空気と、開放感を体全体で感じる事が出来るのは自転車ならではの旅だと久々に思いました。どことなく、西サハラを走ったときを思い出しました。こういう所は長く居れないのもいいのかもしれません。

初めの3日はそんな砂漠の中で、4日目は風が吹いて、砂が舞い、まるで道路の上を濁流が流れているように砂が流れて、ひどいときは100m先が砂煙の中に消えていく始末でした。
しかし、幸運だったのは大半にして風が味方してくれたことでした。今は冬で、日が短いので走れる時間が限られてしまうのですが、風が大体追い風だったので、大体一日のうちに目的地までたどり着くことが出来ました。

一応危ないといわれる地域なので、今回もテントは避けることにしていたので、もし、向かい風なら何度か車を停めることになっていたでしょう。

警察に乗せられたのは昨日、最後の日だけでした。しかもなぜか峠だけは自転車で走らされましたが…。

結局6日かけてクエッタという町に到着しました。
ここに2、3日はゆっくりしようと考えています。


イランを出て。

イランでは結局いい思い出しか残りませんでしたが、ちょっと気にかかる事が一つだけ。

ある家に泊めてもらったときのことですが、そこの主人が
イランは核兵器を持たなければならない。
と言っていたことでした。彼はmustという言葉を使っていました。

私は居候という立場もあって、その時はお茶を濁してしまったのですが…。

やはり、世界で唯一原爆投下を経験した日本人としては世界中からの核廃絶を訴えるべきだったのかなと思いました。ま、しかしそんなことで泊めてもらっている人と言い争ってもなんにもならないしとも思って、結局あいまいにお茶を濁しただけでしたが…。

ただ、中東に入ってから、アメリカやイスラエルに対して反発のデモだったり、ちょっと暴力的な抗議行動が目に付いたり、シリアではヒズボラの旗が所狭しとはためいていたり、テレビではそんなヒズボラの兵士が戦闘をしている映像を流してはそれが英雄のように見えるような作りになっていたり…。
なんかちょっと。戦争をある意味正当化しているような面を垣間見せられてしまった気がします。

何よりも恐いと思ったのが、それが当然のことのように民間の市民が受け止めていることでした。

アフリカの内戦後のどうしようもなくなっている国をたくさん見てきた私としては、戦争なんて破壊するだけで何も生み出しはしないのに。と思わずにはいられませんでした。

戦争を悪いことと思わない。敵をやっつけるためには武力を行使してもよい。そんな考え方が浸透して、当たり前になっている世界に恐怖を感じずにはいられませんでした。

イランがなぜ核兵器を持たなきゃならないのか私にはサッパリわからないし、どうしてアメリカがイランの核開発にちゃちゃを入れることが出来るのかも理解に苦しみます。自分は核兵器を持っているのに。

イスラエルの様な銃を持って修学旅行に行くのも異様な光景だし、武装して、隣人を脅しながら自分の平和を勝ち取らなきゃならない世界のどこがいいのか、全く理解が出来ません。

何よりも恐ろしいのはそんな状況を異常と思わないこと。敵を打ちのめすために戦争をすることが当たり前という考えが染み付いていること、自分を守るために銃を持つことが自然であること。新聞もメディアもそれに疑問の一石を投じないこと。それどころかそれを助長するような報道がなされてそんなこんなに一般市民が疑問を持たないように思想を統一されているのではないかと思われること。

中東。イスラエル。アフリカを見てきて、「あいつらは悪いやつだからやっつけなきゃいけないんだ」みたいな考えをしている人が多いのに疑問と恐怖を感じました。


食事情

パキスタンに入って、どんな貧しそうな食堂からでも結構美味しい料理が出てくるのに感動。
アジアにきたんだなあ、実感させられる瞬間でした。

アフリカも東に入ってから味はほぼすべてトマトベース。中東に至っては焼いただけの肉に塩コショウだけみたいな単純な料理ばかりで、トマトベースのソースすら手に入れるのが困難になり、トルコで、ちょっとましなものも食べられたけど、たいしてうまいものはないなと思っていました。 メニューがどうして、チキンとミート(牛かやぎの肉らしい)くらいしかないのか疑問でした。

ところが、ようやくパキスタンに入って、カレーや野菜のスープや、ビリアニが普通に手に入るようになり、ちょっとしたものでもちゃんと味がついていて、とにかく、ただ肉をやいただけみたいな人を馬鹿にしたような料理が少なくなったことには大歓迎です。

ただ、ダブルクリームチーズはなくなってしまったようですが。

それとちょっと残念なのは、ごみ箱が町から消えたこと。町はどぶの匂いが立ち込めて、ごみがそこらじゅうに散らばっていて、非常に不潔に感じます。イエメン辺りからごみ箱が見つけやすくなったのにまたごみを持ち帰らないといけなくなってしまったのでちょっとわずらわしいです。


music addicted

こうなるとは思ってました。もう結局毎日3本は消費してます。ほとんど一日中ずっときいています。

初めてウォークマンを手に入れたとき、イヤホンから流れてくる音楽が、頭の中で鳴っているようでちょっと違和感があったのですが、それに慣れるとそれこそやっぱり一日中聞いていたのでこうなることはなんとなく分かっていたので今回はそういう物を持たずに出てきたのに・・・

MP3をかって、旅行者に音楽を分けてもらってからというものもう手放せなくなってしまいました。今も聴きながらかいてます。

この調子だと充電器と充電池も買うはめになりそうです。

ああ。もっと曲がほしい。
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by fuji_akiyuki | 2006-11-12 16:30 | パキスタン1
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