D7とアメリカ入国

なんだか、アメリカに入ったとたん、いろいろあって、書こうと思っていたことを書きそびれてしまったので、ちょっと過去にさかのぼりますが、書いてみようと思います。

 まず、D7ですが、覚えているでしょうか。 D7(http://fuji99.exblog.jp/9674687/)
で書いたのですが、タイのセブンイレブンで売ってる缶コーヒーです。
缶コーヒーが好きで、タイにいたときにはよく買っていたのですが、中でもこのD7がほかよりちょっとだけ安いので、よく飲んでました。
D7には赤い缶と緑の缶の2種類が有るのですが、どちらを飲んでも同じ味しかしないように感じるとかいたと思います。
そこで、タイを出る前に絶対飲み比べてやろうと思って、同時に2本買ってみました。

よく見ると、緑の缶にはextra rich 赤の缶には〜〜rostとか書いてあります。
一応違うものみたいですが・・・

飲み比べてみたら、きっと味の違い分かるだろうと、まず、赤の缶から。
うーん。いつも通りの味です。そして、緑の缶。
今赤を飲んだばっかりだからきっとその味の違いに驚くだろうと期待して・・・ん・・・いつも通りの味???

じゃ、もう一回赤を・・・ん、同じ?


もう一回緑を・・・えええ、同じじゃん。

結論。D7は赤も緑も中身は一緒。でした。

 赤いきつねと緑のたぬきは違うのに・・・


そして、もう一つ。
アメリカ入国のエピソードを。

 知っての通り、最近アメリカ入国、かなり厳しくなってます。
そのために往復チケットを買ってきた私ですが、イミグレで、何というか、いろいろ考えた結果、やっぱり嘘はつかずに正直に言った方がいいんじゃないかと思いました。結局嘘をつけば面倒なことになりかねないし、別に悪いことをする訳でも、働くつもりでも、オーバーステイするつもりでもないし、私は正直者で、嘘はつけないので、正直に話すことに決めました。

そして、自分の番が回ってきて、イミグレのカウンターにたちました。
私の前に座っている入国審査間はちょっと色の黒い多分混血の眼鏡をかけたおばさんでした。

入国審査間『アメリカに何しにきたの?』
私『旅行です』
入『アメリカの次はどこに行くの?』
私『南米です』
この答えが悪かったのかもしれません。でもパスポートを見たら、日本出国のスタンプもないし、いきなり、アメリカ1ヶ月でバンコクに帰りますもかなり不自然で、そこを突っ込まれるとどうしようもないと思ったので、こう答えました。
入『南米に行くチケットは?』
ゲゲゲ
私『自転車で行くのでチケットは持ってません。』
入『自転車で南米に行くの?』
私『はい』
入『じゃ、南米に行くチケットは?』
私『いや、だから、自転車で行くからチケットはないんです』
入『出国のチケットがないとアメリカには入国できません』
私『それなら、バンコクに帰ります、そのチケットなら有ります。』
入『あなたいま南米にいくって行ったじゃない。』
私『そうですけど・・・』
入『じゃ、南米に行くチケットは?』
私『自転車だから、飛行機には乗らないんです。』
入『じゃ、どうやって南米まで行くの?』
私『だから、自転車で・・・』
入『アメリカは南米と接してないのよ。』
私『まず、メキシコに行きます。』
入『それで、南米に行けるの?』
私『メキシコから、ガテマラ、それから、いくつか国を通って、パナマまでいきます、パナマの運河あたりは船か飛行機に乗って、それから、南米です。』
入『ふーん、あ、あなた、パキスタンに行ってるわね。』
私『はい』
入『パキスタンに何しにいったの?』
私『世界一周中だから、いろんな国を通るんです。』
入『ふーん、で、あなた、どのくらい旅行してんの?』
私『この間5年経ちました』
入『あら、そう』ちょっとあきれたという顔をしながら、スタンプを用意してくれました。
入『じゃ、指紋とるから、そこに指をのせて、』
そして、両手の指紋を採り終わって、顔写真をとるときに
入『後どれくらい旅行するの?』
私『後2、3年です』
そこで、ようやくおばさんからわずかな笑顔が漏れて、
入『フーン』といって、パスポートを返してくれました。
最後まで、無愛想でした。
でも結局帰りのチケットなんて、ぜんぜんチェックされませんでした。
なくてもよかったのかなぁ。

 そして、荷物をとって、税関に行くと、係員の人が、パスポートをちら見しただけで、『おまえはもういいよ』ってノーチェックで通してくれました。

長ねぎを組み立てて、荷物を積むとまず最初に、マクドナルドでハンバーガーを食べました。ダブルクォーターパウンドバーガーセットを頼んだら、10ドルくらいしました。
 おそろしや。アメリカ・・・

長ねぎ、無事に帰ってきました。
しかも、私を轢いたのは黒人の青年でしたが、逃げることなく、今日、自転車屋さんで待ち合わせをして、修理代はすべて持ってくれました。
そして、黒人の彼と自転車屋さんに連絡を取って、ことがスムーズにいくようにいろいろ動いてくれたのが、ホストファミリーのお母さんでした。
私を轢いた黒人の青年はマークというのですが、マークは
『君の5年間も走り続けた、ワールドトリップをここで終わらせるわけにはいかないよ』っていって、快く修理代を払ってくれました。
結局、ハンドルと後輪が、新しくなって、ブレーキシューとブレーキワイヤーまで、交換されていました。
パキスタンのときは逃げられてしまったし、現地の人は誰も助けてくれないし、孤独だったので、今日はそれだけで幸せな気分になりました。
アメリカ・・・ちょっと好きになりました。
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by fuji_akiyuki | 2009-05-29 16:36 | アメリカ
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